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ひとひらの書 第13話 『女生徒』 上

    Ron B
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      A 7 gif   第13話・・・『 女生徒    

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      A 15 gif ひとひらの書 第6 女生徒 太宰




      この本を読んだ時、男がいつまでも三四郎でいるわけにもいかないと思った。

      あさ、眼をさますときの気分は、面白い。お部屋のお掃除をして朝ご飯を食べて学校に行くと、美術の先生にモデルになってくれなんて頼まれる。こんな心の汚い私をモデルなんかにして、先生の画はきっと落選だ。家に帰ると客がいて、母親のためにいい娘を演じていやいやお料理。お風呂に入ってお洗濯を済ませたら、布団にどさんと倒れ込む。眠りに落ちる時の気持って、へんなものだ。おやすみなさい、私は王子さまのいないシンデレラ姫。
      と、いう具合である。

      さて、起床から就寝までがこのようである。
      三四郎なら驚くわけだ。
      これは太宰治得意の独白体で綴られた、14歳の女生徒の起床から就寝までの物語。大人と子供の真ん中である14歳の頃に、誰しも抱いたあのときのモヤモヤが見事に描かれている。
      男が、そのモヤモヤ感を理解するには、これほど好都合な一冊はない。先に女性に読まれてはならない本であったことを自覚した。だがそれはもう遅い。小生がこの一冊を初めて手にしたのは遠に30歳を越えていた。表題からまず放棄していたのだが、侮れない佳作の太宰がいた。
      走れメロスや人間失格しか読んだことがないという人にぜひ読んでもらいたい作品であろう。太宰治へのイメージが大きく覆ることになる。

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      だざい太宰治 女生徒 9 W500H180

      小生はこの一冊(砂子屋書房)を古書店で初めて買った。
      以来、新装が新しくされる度に買い求めている。最初の読了後にそうしたくなった。読了してみて妙な重さが胸の隅に溜まっていた。それは男性であることのプレッシャーであった。
      小生だけではなかろうが、普通の男性は、女性にはなれないという人間最大の欠点がある。さて、それをどう克服するか、と考えた挙句の結論であった。
      おかげで同一の作品を色合いよく順番に並べるようになった。
      この『女生徒』は、着せ替えてみると、そのつど内容の一新する至極便利な本である。
      今、小生の書棚には、色々な太宰の女生徒が寝起きしている。
      世の中には、そうしたい、しておきたい不思議な本がある。
      女性の涙を忘れないためにも、小生はこの蒐集を怠れない。

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      だざい太宰治 女生徒 11 山崎剛平 W500H312

      本というものは人間に不思議な行動を起こさせるモノである。
      小生が初めて手にした太宰の『女生徒』が砂子屋書房の古本であった。
      砂子屋書房といえば、詩人の田村雅之さんが昭和56年(1981年)に設立した出版社の砂子屋書房は、小さいながらも多くの俳人や歌人、詩人などにその名を知られる。
      昭和初期にも同じ名前の出版社が存在していた。
      現在の砂子屋書房は、昭和初期の砂子屋書房創業者から許可を得てその名を継いでいる。もともと、砂子屋は山崎家の屋号だった。
      歌人の山崎剛平が昭和10年(1935年)から18年(1943年)まで営んでいた砂子屋書房は太宰治をはじめ当時の新進小説家や歌人などの本を出し、その丁寧な装丁でも評価されていた。
      現在の砂子屋書房は神田駅近くの内神田にあるが、かつての砂子屋書房は上野桜木町27にあった。
東京藝術大学美術学部の通りを隔てた北側に、上野桜木会館がある。その隣、現在の地番では台東区上野桜木1-6に位置する。
      昭和9年(1934)年に上野桜木町に居を定めた山崎剛平はその地で翌年から昭和18年(1943年)まで砂子屋書房を営み、昭和20年に出身地の兵庫県赤穂郡に戻った。そして平成8年(1996年)にその地で亡くなられている。
      小生が古本を手にした後、20年を経たときの他界であった。
      一度、古本の住所である台東区上野桜木1-6(かつての上野桜木町27)を訪ねた。その時分にはすでに砂子屋書房の面影すら現地にはない。その後に、消息を知ることになる。そして他界まで親しいお付き合いをさせて戴いた。卒寿を迎えられて喜んでいたのだが、その5年後の7月8日のことであった。
      太宰治は、日本人の中で最も太宰を愛した山崎剛平を小生に紹介してくれた。

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      太宰治といえば誰もが真っ先に名を挙げるのは「走れメロス」「斜陽」「人間失格」あたりだろう。
      確かに太宰という名を文学史上において不動のものにしたのはこれらの傑作群だし、それらが代表作として扱われることについては異存はない。だが、それはあくまでも文学史を語る上での話。
      はっきり言って斜陽や人間失格なんてジメジメした読んでいて鬱になるような自殺願望小説群より、ずっと大衆的で面白くて、生の輝きに満ちあふれた作品を太宰は他にいくつも残している。
      そんな太宰の多様を知れば、今回取り上げるある少女のたわいない一日を少女の独白という文体で捉えた「女生徒」という短編も、間違いなく太宰の最高傑作の一つと呼ぶに値する名短編である。
      朝に目を覚ますときの気分から夜眠りに落ちるときの気分まで、とにかくこの「私」は一日中ベラベラと解説しっぱなしなのだが、それがもう気持ち悪いくらいリアルなのだ。
      女の子ならではの物の考え方、気分の機微が実に的確に捉えられている。
      たとえば新しい下着につけた小さいバラの刺繍が上着に隠れ、誰にもわからない、となぜか得意になる感覚。たとえば電車の中にいる濁った目をしたサラリーマンたちを見て「ここで私がにっこり笑ってみせるだけで、ずるずる引きずられて結婚しなければならぬ羽目に陥るかもしれない、恐ろしい気をつけよう」と思う感覚。
      あるいは厚化粧のババアを見て女は嫌だ、洗っても落ちない雌の不潔さ生臭さがたまらないからいっそ少女のままで死にたくなる、と思う感覚。
      なるほど、女の子が読めばどれもこれも「うん、その気持ち、わかる」と頷いてしまうに違いない。
      太宰という小説家は、小生にとっては「乙女心の極意」を極めた男性小説家として君臨しており、その一点においては尊敬しているし、追いつき追い越したいと思えてくる。
      なぜなら太宰は今でも一部の女性読者に圧倒的に支持されているではないか。
      まあそんな感じでこの「女生徒」は、一人の乙女がどんなことを考えて一日を過ごしているのか、の完璧なケース・スタディである。これはすなわち全編が非常に今流の萌えである。
      なにしろお風呂で窓を開けて「空には星がキラキラ。なんど見直しても、キラキラ」だ。さすがの小生もお星様キラキラは恥ずかしくて書けそうにない。発想が奇抜、さらに奇形ですらある。普段の男に、太宰先生の領域に達するまでは、まだまだ修行が足りなさすぎるようである。
      よくぞ男性のコンプレックスを引き出してくれる。
      ちなみに太宰の小説で何が好き? と聞かれれば、小生はこの「女生徒」ともう一つ「雪の夜の話」という短編を迷わず挙げる。これも「女生徒」と同じ少女の独白文体の短編で、雪の日に妊娠中の義姉のためのお土産にもらってきたスルメを道に落として失くしてしまう話だ。
      なにしろ雪が積もっていて見つからないので、この美しい雪景色をたくさん瞳にたくわえてお腹の赤ちゃんのために瞳を覗かせてあげよう、スルメなんかにこだわるのは卑しいことだ、そうだそうだと一人勝手に納得して帰る女の子の気持ちの動きがとても生々しいのにとても幻想的、というわけのわからない短編なのだが小生はこの話が太宰作品の中では一番好きだ。
      そんな気にさせた初動が『女生徒』であった。
      太宰だけを語れば、それらが小生が理想とする小説の一つや二つとなる。興味をもたれたかたはぜひ一読を。「斜陽」なんてつまんないから読まなくていいですよ。なんてことまで、言えるほどに傑作であることは過言ではない。
      それが過言でないことの査証に次の場面がある。

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      お風呂場に電燈をつけて、着物を脱ぎ、窓を一ぱいに開け放してから、ひっそりお風呂にひたる。珊瑚樹の青い葉が窓から覗いていて、一枚一枚の葉が、電燈の光を受けて、強く輝いている。空には星がキラキラ。なんど見直しても、キラキラ。仰向いたまま、うっとりしていると、自分のからだのほの白さが、わざと見ないのだが、それでも、ぼんやり感じられ、視野のどこかに、ちゃんとはいっている。なお、黙っていると、小さい時の白さと違うように思われて来る。いたたまらない。肉体が、自分の気持と関係なく、ひとりでに成長して行くのが、たまらなく、困惑する。めきめきと、おとなになってしまう自分を、どうすることもできなく、悲しい。なりゆきにまかせて、じっとして、自分の大人になって行くのを見ているより仕方がないのだろうか。いつまでも、お人形みたいなからだでいたい。お湯をじゃぶじゃぶ掻きまわして、子供の振りをしてみても、なんとなく気が重い。

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      これなどは、男の小生には、もう暗記するしか手立てがない筆の運びだ。
      なんとなく気が重い、という太宰の気心がもはや天文学としての重力である。昭和初期女学生の群像からこの重力が算出でき得るところが、まさしく太宰なのである。
      アインシュタインの想像力とはまた別世界の天才技なのだ。
      時空を超えて、現在の女子生徒に重なり落ちる配剤が魅惑ではないか。
      後編(下)にて、この重力の算出力について、その詳細を語りたい。



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      太宰治(1909~1948)
      青森県津軽に生まれる。本名は津島修治。18歳で芥川龍之介の自殺に衝撃を受けて以降、計四度の自殺未遂を繰り返す。帝大仏文科に入学するも授業料未納で除籍。人間の偽善と虚無を描く自虐的な作風で「無頼派」と呼ばれ、戦後文学の第一人者となる。39歳で玉川上水に女と投身心中。他の代表作は「斜陽」「走れメロス」「人間失格」「津軽」「グッド・バイ」など。

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                        読了記  第14話に続く・・・連載

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Sotarou Miuma
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