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ひとひらの書 第9話 『日本橋』 上

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      A 7 gif   第9話・・・『 日本橋    

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      A 15 gif ひとひらの書 第4 日本橋 鏡花




      前回は武原はん一代にて花柳界に少し触れた。そこで今回は泉鏡花である。

                           武原はん 顔写真 W120H125

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      鏡花にはまた多様な著作があるのだが、その中、迷わずに新派でも馴染みの『日本橋』にした。白羽の矢を当てるこれには小生の、ちょっとしたワケが四つほどある。
      その一つは、『日本橋』には芸者の気っ風がずらりと並んでいることだ。
      芸者は、鏡花にとっては母であって、山霊であり、雛であり、他人のものであって二十五菩薩でもあり、妖美でありながら清廉であるような、夜叉であって、かつ形代(かたしろ)であるようなものなのであるからだ。その芸者のことを読み通し、鏡花の芸者を書いておきたかった。
      二つめのワケは、読了前にさる夢をみた。
      個人的なことだが、その夢があったから日本橋を手に取ってみたくなった。
      三つめのワケについては、あとで書く。そこはちょっぴり小生の事情にかかわっている。いや、芸者への思いも、小生の何かの事情にかかわっているのだが‥‥。
      四つめのワケは、そう、いつかハイデガーをもう一度読み、読了として書きたいからだ。ハイデガーは散々読んだつもりだが、歳相応に書き加えたくなっている。

      いずみ泉鏡花 10 日本橋

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      いずみ泉鏡花 18 白糸 W500H258

      さて、夢の話から始めることにする。
      騒音の洪水にまみれ、うんざりしていた小生がある日、深い静けさの空間で一場の夢を見た。東京は日本橋の三越劇場。舞台上の金沢の夜は、夢幻の世界。この地へ行こう。思いが募った。
      劇団新派が10月に上演した「滝の白糸」。水芸の芸人、白糸を歌舞伎役者の市川春猿(しゅんえん)が演じた。その女っぷりに心が奪われた。女形に惑う。放蕩(ほうとう)の極みである。
      白糸が、学問を貧しさゆえに断念した青年に援助を申し出る「卯辰橋(うたつばし)の場」。金沢の浅野川。卯辰橋で白糸は言う。「お前さんだから貢ぎたい」「生涯、親類のようにして暮らして下さいな」。女のいじらしさ、愛情の深み。胸が詰まる。
      夢の後、そうして加賀の浅野川に立っていた。

      いずみ泉鏡花 20 浅野川 W500H375
      左は「滝の白糸」で男女が語り合う「卯辰橋」。本来の名は天神橋。右は鏡花自身が下絵を書いて示したという、小村雪岱による「ゆかりのおんな櫛笥(くしげ)集」の口絵。
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                      いずみ泉鏡花 22 金沢 W200H273

      金沢駅から、カニなどの魚介類が並ぶ近江町市場のある武蔵ヶ辻を経て、商人の街、尾張町の通りを浅野川へ。橋場という交差点近くに「泉鏡花記念館」が立つ 。芝居の原作は、鏡花の小説「義血侠血(ぎけつきょうけつ)」。1894年(明治27年)に読売新聞に連載した。翌年、川上音二郎が初演している。
      「生家は火事で失われましたが、記念館の地で鏡花は生まれ育ちました。明治期は繁華街で、白糸が浅野川沿いの小屋で水芸を見せたという設定も自然です」と 、記念館の穴倉玉日(あなくらたまき)学芸員はいう。
      「中高年の来館者が多かったのですが、最近は鏡花の本を装丁した小村雪岱(せつたい)ファンの若者が目立ちます」と。
      「私も春猿さんの芝居を見ました」という穴倉さん。「今も鏡花作品は、新派や坂東玉三郎さんたちの手で上演されます。芝居があってこそ、鏡花文学は今も愛 されているのでしょう」と、また。
      生家近くの神社を抜け、狭い急な階段を下り、密集した木造の建物の裏手に。浅野川沿いの主計町(かずえまち)の茶屋街。和の文化に浸る喜びがある。
      橋を渡り、山を背負った「ひがし茶屋街」へ。

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      いずみ泉鏡花 21 東茶屋街 W500H250

      左右に木造の茶屋が軒を連ねる光景は壮観。数年前の訪問時は、料亭組合の格子にもたれかかっていたら、三味線の稽古(けいこ)らしく、糸をはじく音が空から降ってきた。外観は同じでも土産物屋や喫茶に衣替えした茶屋が増えた。時は過ぎる。
      茶屋街から再び川に出て上流に向かう。
      木造の梅の橋を過ぎ、鉄橋の天神橋に着く。ここが劇中の卯辰橋だ。
      卯辰山に向かう道が通るから、その名が付いた。芝居のように静かで、空間に落ち着きがある。梅の橋の近くに「滝の白糸」の碑があり、水芸を披露する白糸の像が散歩者を見つめる。明治以来、多くの人々の心を揺さぶった白糸の愛。異性に何かを託して「貢ぐ」行為は、今なお不滅。愛の形は、容易に変わらない。
      兼六園、金沢城公園、長町武家屋敷跡、寺院群、にし茶屋街……金沢の観光資源は豊かで、鏡花の小説に出る土地はたくさんある。
      その回は卯辰橋がお目当て。 苔こけむす緑の護岸堤から橋の下を眺め、心の中で、春猿の白糸をそこに置いてみる。初冬の曇り空の下、遠くの空で雷が鳴る。間もなく雪の季節のことであった。芝居が虚構であっても、一途(いちずな)女の心を思うと、心が締め付けられる。旅愁が涙腺を緩くした。

      いずみ泉鏡花 23 浅野川灯籠流し W500H260
                              浅野川灯籠流し
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      日本橋を読み直し、鏡花について想い噛みしめて書くのは、思えば35年ぶりのことだ。若書きが羞かしいその小文は書斎のファイルに収録してあるが、そのときは、「あたしはね、電車が走る街にお化けを出したいのよ」「お化けは私の感情である、その表現である」と言ってみせた鏡花の、「一に観音力、他に鬼神力」ともいうべきを覗き見た。
      そのころの小生は、何やら泉名月(いずみなつき)さんの回顧談を読んだせいもあって、オキシフルを浸した脱脂綿で指を拭いているとか、お辞儀をするときは畳に手をつけないで手の甲を向けていたとか、ナマモノは嫌なので料亭でも刺身を細い箸で避けていたといった、過度の潔癖美学を全身に張りめぐらせていた鏡花が、そのように“見えないバイキン”を極端に怖れているのに、その対蹠においては、変化(へんげ)しつづける見えない観音や、人を畏怖させる鬼神をあえて想定したことに、関心をもっていた。 そういう鏡花の実在と非在を矛盾させるような「あはせ」と、見えるものと見えないものを交差させるような「きそひ」とが、おもしろかったのだ。

                          いずみ泉鏡花 31 泉名月 W150H138
                    泉鏡花の弟・泉斜汀の娘で、鏡花のめい。(故・2008年7月)
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      当時は鏡花の大変なブームがおこっていた。
      身近な例をひとつ出すのなら、小生の下宿に転がりこんできた久我君という青年が、他にはろくに本をもっていないくせに、新装再刊が始まっていた岩波の鏡花全集だけはせっせと買っているというような、そういうことがよくおこっていた。そこで感心させられたことは、二、三度、質草(しちぐさ)になったものの、だが終いには全集そっくり本棚に戻したことだ。背に腹を返さない久我君に感心した。
      小生のころ未だ質屋と文学は同義の世界である。質屋の蔵は小生の古書が間借りしていた。読みたい本を引き出すには一時的ではあるが質屋の軒下で靴磨きをした。一人、二人かの紳士靴を磨くと蔵の一冊が引き取れたわけだ。久我君はさすがに靴磨きなど無縁な男であったが、しかし今思い出せば、たしか久我君の故郷は金沢ではなかったか。泉鏡花は金沢の浅野川畔に生まれた。鏡花文芸の源泉はその浅野川にある。

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      舞台や映画でも、ジュサブローや玉三郎(なぜか二人とも「三郎」だった)が、しきりに『夜叉ケ池』や『天守物語』や『辰巳巷談』を流行らせていた。
      昭和50年代だけで、玉三郎は15本以上の鏡花原作舞台に出ていたはずだ。
      『日本橋』も入っている。また、これより少し前の三島由紀夫も五木寛之も、鏡花復権を謳っていた。金沢には泉鏡花賞もできて、半村良やら唐十郎やら澁澤龍彦やらが鏡花に擬せられた。 鏡花の幻想世界のアイコンをプルーストやユングやバシュラールふうに読み解くというのも、そこらじゅうに散らばっていた。
      曰く、あの水中幻想の奥には火のイメージがある、曰く、鏡花には「無意識の水」が湧いている、曰く、鏡花の蛇は自分の尾を噛むウロボロスというよりも多頭迷宮なのではないか、曰く、奇矯な破局を描くことが鏡花にとっての救済だったにちがいない、曰く、鏡花の緋色や朱色には処女生贄への願望がある‥‥。ほんまかいなというほどの散らかりようだった。
      たしか、メアリー・ダグラスの『汚穢と禁忌』さえ持ち出して、鏡花の汚辱の美にみずから埋没していった評者もあったかと憶う。よくぞまあ、クリステヴァのアブジェクシオンまで持ち出さなかったものである。
      あれから35年がたった。
      小生の鏡花イメージもずいぶん変成(へんじょう)し、あのころはほとんど知らなかった鏡花の短編を啄むようになっていた。
      そこで感じた印象は、もはや鏡花の潔癖美学から遠く、ましてユングやバシュラールからはすっかり遠い。新たな印象は、そのころさまざまな日本の職人芸に魅せられていたのだが、そういう工芸象嵌の感覚に近かった。しかし、たんなる象嵌(ぞうがん)なのではない。

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      鏡花における象嵌細工は、仕上げは凄いのに、どこか現実とも幻想とも食い違うようなものになっていて、しかもそういう精緻なものがわざと投げやりに、また意想外に、どこかに邪険に放置されているというような、そんな印象なのである。
      というだけでは、わかりにくいだろうから、『歌仙彫』という短い作品を例にする。
      この話は、矢的(やまと)某という、技術は未熟なのは承知していたが矜持はすこぶる高い青年彫刻家がいて、その将来の才能に援助する夫人が遠方にいるという設定になっている。
      ところがいい彫刻はなかなか作れない。これは青年に憧れの夫人を表現したいという羨望が渦巻くせいか、焦燥感のせいか、それとも実は才能がないせいなのか、そこは定かではない。そんなあるとき、久々に夫人が工房を訪れた。
      夫人は、桔梗紫の羽織をその場の材木にふわりと掛けた。
      その羽織のかたちが美しい。
      以来、青年は、その羽織のかかった材木をそのまま展覧会に出したいと思い、ついでは目黒の郊外を連れ立って歩いたときの夫人の声をそのまま彫りたいと思ってしまっていた。
      が、そんなことを思えば思うほどますます作品は手につかない。 夫人は、私、体が弱いので、菖蒲の咲くころには、と言う。青年は苦しんで酒を呑み、金がなくなると小遣いかせぎの六歌仙の小ぶりの人形など作って、一つできれば、出入りの研ぎ屋のじいさんに金にしてもらうようになっていた。
      それが二つ、三つと出来上がるたび、じいさんは必ず代金をもってきてくれる。 礼を言うと、「わしが売ってるのじゃない、別の人じゃから」と言う。誰が買ってくれるのか、じいさんの住処が深川あたりと聞いて、そのへんをぶらついてみるのだが、見つからない。
      そんな深川の昼下がり、近くの冬木の弁天堂で休んでいると、とんとんと若い娘が額堂に入ってきて風呂敷包みを開いた。なんと、そこには自分の人形がいる。業平、小町、喜撰、遍照‥‥。 思わず駆け寄って、「研ぎ屋さんから手に入れたのですか」と尋ねると、「いえ、姉さんに‥‥」。
      青年がその姉さんに是非会いたいと言えば、妹は、ちょうど近くで用足しをしておりますので、では連れて参りますからと行ってしまった。待つうちに日が暮れて、弁天堂の真っ黒な蛇の絵が浮き出して、こちらを睨んだかに見えたとき、堂守から声をかけられた。
      そのお堂にいる所持のない場面を、鏡花はあの独特の文体で、こう書いた、「時に、おのづから、ひとりでに音が出たやうに、からからと鈴が鳴つた」。とたん、「勁(うなじ)の雪のやうなのが、烏羽玉の髪の艶、撫肩のあたりが、低くさした枝は連れに、樹の下闇の石段を、すッと雲を掴むか、音もなく下りるのが見える」。 これでついに一切の事情が明かされるかと思うと、そうではない。鏡花はにべなくも、「かうした光景(ようす)、こうした事は、このお堂には時々あるらしい」、と結ぶばかりなのである。

      いずみ泉鏡花 33 雨談集 6 W500
      この小村雪岱装幀の作品『雨談集』には、歌仙彫、紫障子、時雨の姿、新通夜物語、人魚の祠、柳の横町が収録されている。
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      この不思議な感覚の消息は、ユングやバシュラールでは解けまい。観音力・鬼神力も適わない。鏡花は、何も説明していない。はたして姉が夫人なのやら、その姉の正体が何であるのかも、説明していない。
      それでいて、われわれはここに一匹の夫人の妖しい容姿が君臨していることを知る。また、この青年の彫塑の感覚が並々ならぬものであり、青年はただただ夫人の感覚を想定することによって、世のたいていの力量を凌駕できていることを知る。青年は桔梗紫の羽織すら、きっとふわりとしたまま木彫できるのだ。 けれども、その一匹の夫人をかたどった精緻な細工物ができあがったとしても、それはなぜか現実にも幻想にもそぐわず、どこか別世界に放擲されるのだ。
      小生が新たに近づいていった鏡花とは、このように、精緻でありながらもどこかの「あてど」に放擲されるという印象なのである。
      この感覚は、かつて小生が、「ほか」とか「あてど」とか「べつ」として言及したものとも近い。ハイデガーを論じてもほのめかしたことだ。ここが鏡花の真骨頂なのである。
      この「あてど」は鏡花の「黄昏」をめぐる思想にも裏打ちされている。
      鏡花はあるところで、「たそがれの味を、ほんたうに解してゐる人が幾人あるでせうか」と書いて、「朝でも昼でも夜でもない一種微妙な中間の世界があるとは、私の信仰です」と言っていた。
      さらに、「善と悪とは昼と夜のやうなものですが、その善と悪との間には、そこには、滅すべからず、消すべからざる、一種微妙な所があります。善から悪に移る刹那、悪から善に入る刹那、人間はその間に一種微妙な形象、心状を現じます。私はさういふ黄昏的な世界を主に描きたい」と。
      これが「ほか」「べつ」の、あてどのないところへの「投企」というものなのである。
      しかし、印象はこれだけでは終わらない。鏡花にとってはさらに大事なことになるのだが、この「ほか」「べつ」「あてど」には、異性というものに託した一切本来が、たえず刻々に変成しているということである。 これは最初に言っておいた、鏡花にとっての異性は、芸者であって母であり、夜叉でも菩薩でもある形代なのだということに、つながっている。
      そもそも鏡花はウツリの人だった。ウツリは移りであって、映りであって、写りというものだ。 鏡花は大変な多作に加えて、長編もない。自身、代表作を書きたいとも思っていなかった。まるで川の流れのように、一雙の舟にのって流れていた。
      そんな鏡花から一冊を選ぶのが難しいのも、このせいである。 そこで、こちらの感想も書きたいことも、一作ごとに浮沈し、変化(へんげ)する。目移りする。また、そうさせたいのが鏡花だったのである。

      いずみ泉鏡花 32 鏡花全集 W500H251

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      小生自身のこれまでの目移りをいくつか例にしても、なるほど、視点はいつも蝶のごとくにひらひらとし、舟のごとくに揺れていた。
      たとえばのこと、『歌行燈』の恩地喜多八が身を侘びて博多節を流すあたりも書きたいし、湊屋の芸妓お三重こそを鏡花の憧れともしてみたい。『高野聖』では、その鏡花アニミズムの朦朧画のような気味もよく、旅の説教僧が参謀本部の地図を広げる冒頭や山の女との出会いについても、言ってみたいことがある。
      いや、もっと目移りは激しくて、『照葉狂言』のフラジャイルな少年貢の感覚や仙冠者の描写、『天守物語』の第5層にひそむ母性原理と軍事力の重合も捨てがたい。加えて、『星の歌舞伎』という小品はずっと以前から映画にしたいと思ってきたし(このことは黒澤明監督にも映画にしませんかと喋ったことがある)、『草迷宮』の霊をめぐる球形幻想や、それにまつわる繭の中のエロスのような雰囲気も書いてみたいことではある。
      そういうこととは一転して、『風流線』の村岡不二夫の「悪」を考えるのもおもしろい。 これは風流組という乞食行にやつした一種のテロリストたちを描いたもので、その悪魔主義に人妻がみずから犠牲を提供するという物語になっている。村岡は哲人めいた悪、いわば“哲悪”だった。
      いつか色悪についても書きたいと思っていたので、これはさしずめ「鶴屋南北から泉鏡花へ」という短絡でも考えてみるべきことである。 あるいは小生の「Dr,Books」では紅葉を『金色夜叉』にしたのだから、鏡花はお蔦主税の『婦系図』も、いい、あの清元「三千歳」が流れてくる場面に触れない手はないなどなど・・・、左見右見(とみこうみ)迷っていたのだった。
      こんなふうだから、ま、何を選んでも、鏡花は止まらない。動いていく。移っていく。本質がウツロヒなのである。それならば、小生は小生で、鏡花という羽織をどこかにふわりと掛けて、これを皆さん方が鏡花の展示だと見てもらえるようにすべきなのである。そう努力したい。
       ところで、日本橋芳町(葭町)には小生も一度住んだことがある。その家の裏が校庭と一緒になっていた。そこで末の妹が生まれた。
      その芳町は、さすがに貞奴をルーツとする芳町芸者、明治の小唄を作詞作曲してみせたあの芳町芸者たちは、戦前のようには復活していないようだったが、それでも三味線の音はときどき流れていた。
      家の隣りは伊香保湯で、いつも裏から入った。その裏が蓬莱屋という佃煮屋で火事になった。近くに寄席の人形町末広亭があって、ほぼ毎週土日のどちらかに母に連れられて笑いに行っていた。そんな芳町から人形町の小学校に通った。そう、そう、小学校は背の高い川瀬先生だった。「ようこそ先輩」は、したがって、この小学校でもよいわけだ。
      そういうことを思い出してみて、そうだ、鏡花はやっぱり『日本橋』にしようと思ったのだ。冒頭に書いたちょっとしたワケとはこのことである。また、この程度のワケがないと、鏡花の日本橋は選べない。
      続き編の(下)にて、日本橋を渡ることにする。


      いずみ泉鏡花 28 日本橋 W500H753
      いずみ泉鏡花 29 日本橋 W500H281


                        読了記  第10話に続く・・・連載

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