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ひとひらの書 第1話 『中世歌論集』 上

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      A 7 gif   第1話・・・『 中世歌論集    

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      A 15 gif ひとひらの書 第1話 中世歌論集(心敬)正


      人間は枯れるほどに肌の湿りを求める。これは一樹と同じだ。ココロの湧水が枯渇しないよう努力する。紙には、枯れた指先で感じる適度な保湿がある。これこそが読書の効能ではないか。枯れるほどに紙による活字セラピーが欠かせなくなる。
      第1話は、ひそひそと語り始めたい。そんな御題「ささめごと」を選んでみた。

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                      雲もなほ さだめある世の しぐれ哉

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      これは心敬の雲だ!。なるほど前衛である。
      中世歌論集の一冊からこの歌を拾った。
      これほど人は枯れるものかと感動した。
      この歌一つで、心敬という男の生涯が映えている。時空を超えて心敬は現在を生きている。

      小生は京都一乗寺の水間病院で暁方に生まれたらしい。つまり小生は両親が旅の途中で生まれた。だいたい身重で旅などするか。母とは万事そうした暢気なお人柄だった。無論、出生地は別にある。そこで育つのであるのだから、戸籍上の問題はない。しかし届け出が本来より20日遅れた。
 届け出日が正式な生年月日となった。
 さだめある世のしぐれ哉、こうした地に足のつけどころのない誕生日というものはだいたい不吉なものだ。歳をとるたびに、小生自身がそう節目ごとに感じてきた。小生は産まれながらに小さな放浪の旅をしている。
 それゆえ、その日の朝がきて陽が暮れるたびに何か後ろめたいものを受け取っていたのだが、それが60歳(還暦)ともなると、ただうろたえるばかりとなった。普通なら今日は00の誕生日か、と思えるのであろうが、小生の場合はどうしても「本当は20日前」となってしまう。産まれながらに出遅れている。今日という一日は虚構、初めから既に本来が通じないのである。

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      だが通じ合わないものであれば、そこに少しの芸当が必要となる。
 余人には真似のできない含み幅20日ほどの離れ業を常に心得るのだ。
 すると、しぐれ哉の、一方では、やっと「どうにでもなるところへ来たか」という感慨も生まれた。いつのころからか、小生は一番やりたいことを後回しにするようにあえて自身の仕事の余韻を設(しつら)えてきた。むろん一番やりたいことも少しずつ変化しているのだが、歳をとるうちにそれが感興調査の残務のごとく、近世から中世へ、いったん近代が蟠って、またふたたび中世から古代へ向かっていることについては、実は体の内側で存分に感じていた。よしよし、一番やりたいことに近づいている。そんな実感も充実するようになってきた。
 いつしか心敬の枯れようというものが魅せてくれたようだ。
 人の生命の揺れよう、揺らぎようを交感させられている。
 そのように、誕生日への感慨が変化した。
 とくに愈々の本番は老荘や万葉だろうという気分になってきていることに、不吉な我が身の行方とはうらはらな、陽光のなかにふりしきる淡雪の降り注ぎめいたものを感じている。ただ、こうした予感をすべて古代回帰させるにはまだ早い。まだ喜寿もあれば、当面枯れる領域が残されている。そう感じると、ここはもう少し「わが中世」(これは寺田透の言葉)にとどまりたいとも感じている。
      約30年前のことだった。唐木順三(からき じゅんぞう)の筑摩叢書の名著『無常』で、初めて心敬(しんけい)という人に出会った。そして、読みすすむうちに名状しがたい衝撃をうけた。以来、小生は誕生日にはお百度をを踏むように、心敬に関する書物を読んできた。
      その心敬には基本となる『1対√2』というリズム数式がある。
      そして万葉からの歌を、心敬は、人間の思想の歌として昇華させた。
      
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      心敬5 『無常』 唐木順三 著 1965 筑摩叢書   唐木順三
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      唐木はこの本の前半を「はかなし」の分析にあて、後半を「無常」の解明にあてていた。その後半は、法然の発心から恵心・親鸞の浄土観、一遍の彼岸死の往生観、ついで『徒然草』の無常論ときて、最後に「飛花落葉」の心性を宗祇と芭蕉まで追うにあたって、心敬をその出発にしていた。
 長野県上伊那郡宮田村に生まれた唐木は、旧制松本高等学校(現信州大学)を卒業後、1927年(昭和2年)に京都大学哲学科を卒業。西田幾太郎や田辺元の指導の影響を大きく受けた。
 なぜ唐木が心敬を出発にしたかといえば、心敬にあっては、飛花落葉は草木の露のように「此世の夢まぼろしの心」のよすが(!)だったからである。小生のつたない場合でいえば「陽光のなかの淡雪の降り注ぎ」がよすがであるが、心敬はそのよすがのために、あえて「ふるまひをやさしく、幽玄を心にとめよ」と言った。小生のほうはそのあたりがまだおぼつかない状態だったが、唐木はそこに注目した。思い返せば、その唐木の注目が小生の心敬との最初の出会いとなった。 そして、そこに1対√2との出会いも生まれた。
 そこに含み幅20日という空白か余白に右往左往した時間への苛立ちが帳消しされる。
 これは僥倖だった。たとえばのちに篠田一士(しのだ はじめ)の『心敬』(筑摩書房)を読んだけれど、中原中也の評価をめぐって大岡昇平と論争したこともあった言葉の重みに比べると、これなどはまったくつまらぬもので、あの篠田にしてなんたる為体(ていたらく)かと思った。もしこんなものを最初に読んだのが心敬との最初の出会いになっていたら、小生の心敬は十年か二十年か遅れていたことになったろう。いや、一生出逢うことは無かったのかも知れぬ。
      唐木は長野県諏訪青年学校、満州教育専門学校、法政大学予科で教鞭をとる。教職のかたわら、中正の態度を保持しながら近代文学研究から中世へと視野を広げ、多くの評論を発表した。特に中世日本仏教の研究が有名である。戦後は臼井と共に同社の雑誌『展望』の編集を行い、明治大学文学部の教授も長年務めた。
 その展望(てんぼう)は、日本の総合雑誌。筑摩書房刊。第一次は1946年1月から1951年9月で69冊。第二次は1964年10月から1978年8月で167冊。それら掲載作に、太宰治『ヴィヨンの妻』『人間失格』、大岡昇平『野火』、中野重治『五勺の酒』、平林たい子『かういふ女』、宮本百合子『道標』など。臼井吉見が編集長をしていた時期があった。
 そういうことで、ひどく保存状態がよろしくないのだが、小生のところにも数冊の「展望」があったはずと、台所の地下にある室の段ボールをあさってみた。
 とりあえず、二冊見つかる。もっと古いものもあったはずであるが、それはどうもカミさんが処分したようだ。台所の貯蔵室という場所がどうも不味(まず)かった。
 学生の時に、この「展望」で宮尾登美子の出世作(?)となった「櫂」を眼にした時に、同じ下宿に住む北海道出身の先輩男性に、この作品は如何と勧めたことがある。72年当時のものだが、彼は、そこに描かれている土佐の風物がよろしといっていた。何がよろしいのかと思えば、当時は、ほとんど知られていなかったヤマモモがよく登場して、それが、当方の彼には旨そうな果物に思えた印象だということだ。人間には、こんな時雨方もある。しぐれとは無縁の男のようだ。
 地下貯蔵室から見つかった一冊は、75年8月号である。

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                          心敬6 『心敬』 篠田一士 著 1987 筑摩書房

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      心敬は無常に気づくのに、自身が何をよすがにしたかということを出発にした。小生の無常は小学生のころからちょっと出入りを始めて、高校時代にいったん激しくなり、その後はゆっくりと寄せては返す汀渚の波濤のように去来していた。これは小生が早熟であるわけではない。最近、幼稚園児と会話したことがあるのだが、昼食の目玉焼きをみつめながら3歳の男子が「今日も無精卵だ!あいがとう」と微笑んだ。ヒヨコの生まれる卵では困るのだという。驚いた。すでに命が生まれ出ることが無常だと悟っている。
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 最近は1カ月に一度とか二度といった寄せ返しで、死と隣り合わせの無常も顔を出すようになった。もっとも40代の前半ではこの寄せ返しがもう少し頻繁だった。べつだん困りはしないが、この寂寞は考えるものなのか、あらわすものなのか、当初はそこを迷った。
 しかし、もともと小生は自分の感情や気分を、もう少しおおげさにいえば自分の意識の表象というものを、あけすけに表現したり、何かに託すために文句にしたり、映像や書画にしたりするというやりかたは好きになれなかった。まして意識や無意識を生死に絡んだ研究のテーマにするなんてことは野暮の骨頂だと思ってきた。つまりは、自分一人ぶんで事を処置するのが大嫌いだったのだ。それはモンテーニュの言う「自分を質に入れない」ということにあたる。
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      では、どうするかというと、誰かと一緒に無常する。その誰かは小生が好きな者ならばよい。かなり好きな者ならば――。もしもそのかなり好きな者の調子がそのとき悪ければ、相手は故人でも古人でもよかった。そこで、話が戻るのだけれど、心敬と出会ったころには唐木の探索の手続きのまま、小生は心敬とともに無常に入りこんでいくことを選んだのである。
 この選択に読書量がまことに有効であった。一緒に無常したくなる相手が無尽蔵に湧いてくる。
 しかしここまででは、心敬の凄みはまだ何もわからなかった。ちょっとだけ得心はしたものの、それほど驚きもなかった。ただとてもいい気持ちにはなっていた。もともと幽玄とはそういうものだ。「ふるまひをやさしく」するものだ。 ただし、唐木はそこにとどまっていなかった。心敬が『ささめごと』に、幽玄というものは「心の艶(えん)」なることだと書いていたと指摘する。かくて、この「心の艶」から小生の冒険が始まった。
 すでに日本の文芸は、紫式部の前後から「艶」(えん)に注目していた。優美であって数寄なるもの、それがそもそも艶なのである。だから心敬は、『源氏物語』に綴られているものたちの「ふるまい」こそが艶だとみなしたのだった。そして、感情(かんせい)、面影、余情(よせい)を旨として、「幽玄」と「あはれ」を心していけば、それが「いみじき至極の艶」になると見た。
 とくに面影だ。これは第2話でも言うが、心敬が最も尊いものと思っていたのは、面影なのである。 というわけで、ここまででも、充分、どぎまぎするほどの指摘だが、心敬はその先にさらにきわどい身を投じていった。
 それは、なんと「心の艶」は「寒くやせたる」のがいいというものだ。
 これにはさすがに驚いた。「寒くやせたる」とは何事か。寒い? 痩せている? 艶(えん)を寒くしろというのだろうか? これでは引き算を一気にしてしまっているではないか。感情、幽玄、あはれ、面影、余情と追ってきて、最後の最後になって艶は「寒くやせたる」になるのか。小生はここにおいて、おおいに溜息をつくことになった。こんな連歌師がいたのかと驚いた。
 唐木は唐木で、『無常』を書いた段階では心敬の「寒くやせたる」には突っ込んではいなかった。それ以上のことを言及していなかった。しかし唐木は放置したのではなかった。この人はそういう人ではない。必ず起点に戻ってくる。 1976年か、翌年のことだったろうか、『日本人の心の歴史』上下巻では、心敬の『ささめごと』を引いてついに「冷え寂び」に分け入った。唐木が引いた『ささめごと』の一節は、いまや知らぬ者がない箇所になっている。

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      その唐木と言えば、岡潔(おかきよし)を引き出してみる。
 つい数日前、原田君の娘が居間でパソコンに向かいながら、ふとテレビの画面に映った何かのシーンを見て、あ、ウチこの場面見たことある、パソコン打ってるとこも同じだ!と声を上げた。デジャブ(deja vu=already seen=もう見た)だ。まったく同じシーンを経験したと言い張る。まあデジャブは誰にでもある。小生はこの時期、別の意味でそういうことが増えるだろうと思っているのだが、原田君のカミさんは、ただのデジャブよ、とすましていた。
 小生にはあまりデジャブの記憶はないが、いや、いくつかあったようにも思うが思い出せないくらいのものだ。でもひとつだけ、今でも強烈に覚えているのがある。横須賀の港に面したレストランで打ち合せをしていたのだが、暑かったから夏だろう、海に張り出したテラスのテーブルで皆で椅子に座っていて、ちょっと会話が途切れた瞬間、ものすごい感覚で懐かしさが襲ってきた。強烈なデジャブだった。これと同じことを前に体験しているという確信もある。一緒に行った芸能プロダクションの人間以外は初対面だ。その芸能プロの担当にしても1、2回会っただけの人。そのときは自分でもウロたえた。何だこれは!という感じである。
 デジャブの理屈としては、疲れてたり、ぼーっとしてたりして、目の前の現実に対する脳の認識が一瞬途切れ、その一瞬途切れた間、脳は認識していないにしても五感は働いているわけだから、再度認識が繋がったとき、ちょっと前の現実がどこか遠い昔の体験のような感覚として現われる、といったものだったと思う。私もデジャブはそういうことだろうと思っていたが、そのときの実体験としては、とてもそんなものじゃなく、絶対に昔体験していると感じた。本当はどうなってるのかわからないが、やはり脳のちょっとしたエラーということなのだろうか。

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      そのデジャブで思い出すのは、岡潔(おかきよし)だ。
 岡博士は京大出身で、もう故人だが、多変数複素函数論の三大問題とかいうなんだか小生にはわからない難問を解決してしまった日本が誇る世界的数学者だ。
 芭蕉とか漱石とか道元などに関するエッセイを多く残しているが、博士はことあるごとに過去世が懐かしいと書いている。懐かしくてしょうがないのだと。そしてシンガポールだったかな、砂浜を歩いていたときに強烈な懐かしさに襲われる。大昔にここを通ったことがあると。それから何万年か前の日本人の大陸移動の話になるのだが、詳細は忘れた。また道元の『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』は座右の書として肌身離さず持っていたらしいが、ある日「生死去来」の四字を凝視していると、突然僧たちにかつぎ込まれる。
 見ると禅寺の一室で、中央に禅師が立ち、左右に僧が並んでいる。岡博士はその人が道元だと直観したという。畳を踏んで禅師に近づくと、打たれるような威厳で顔を上げられなかった。そして道元の無言の説法を受ける。やがてまた僧たちにかつぎ出され、気がつくと自分の部屋にいたが、足裏には寺の畳を踏んだ感触がありありと残っている。
 これはどう考えればいいのか。ただの博士の幻覚なのか。その後、岡博士は『正法眼蔵』のどこを開いても手に取るようにわかったという。うーむ。少し難解だが、味がある。
 大体、岡博士は日本民族をこよなく熱愛していて、日本民族は30万年ほど前に他の星からやって来たと言ってるくらいの人だ。当時のマットウな人たちは、この世界的権威の博士の発言をどうとらえていたのだろう。興味深い。また博士は、「時」とは情緒だともいう。「過去」は懐かしさだ。「現在」はいっさいが明らかで動かしがたい。「未来」は期待もあるが不安もある。人間は赤ん坊から成長して、過去、現在、未来と順番に情緒がわかって「時」がわかるものだという。だから赤ん坊はときどき懐かしそうな目をして笑うのだ。4歳くらいで現在がわかり、小学校2年で未来がわかる。3歳くらいまでは過去現在未来がチャンポンになっている。時間の概念うんぬんといった難しい話はやっぱり大人になって創り出されものなのか。

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      小生は以前から岡博士の考え方がなんとなく好きだった。数学者だからもっと論理的な思考をするものだろうと思うのだが、どうも博士は違う。直観というのも違う気がする。わかってることを思い出してるというか…。まあ数学上の論理とか直観とか、自分でもよくわかってないことがらなのであまり深入りしないほうがいい。多変数なんとかなんてのも全然わからないし、大体、幾何学と数学の違いもよくわかっていない。あれ、同じだっけ?。 
 でもいくら左脳偏重気味の小生でも、論理の怪しさについては前から気づいていた。文法的に整合性がとれていれば、黒は白い、といったことでも正しくなっちゃう。同じテーマでも、結論を正反対に持っていくことができるのが論理だ。理屈だ。だとすれば、目的が違う者同士でいくら話し合ってもラチがあかないのは当たり前だ。せめてどこかで妥協し合って着地点を探る。
 それが民主主義だという話もあるが、東浩紀の『一般意志2.0』ではそういった民主主主義ではなく、SNSを駆使して大衆の集合無意識を抽出し、代表者による討議の果ての結論にある種の制約をつけるという新しい視点というかシステムを提案しているが、これはこれで大変興味深い内容だった。小生ごときが思い描いている今後の社会や共同体像にも貴重なヒントを与えてくれる。ってまた話がズレる。
 でも、東氏はクリフ・ハイの『WEB BOT』やゼランドのトランサーフィンなんかについてはどう思ってんのかな。やっぱり対象外か。そんなことも考えさせる。
 いずれにしろ「論理」はなんとなく怪しい。ときもある。先の岡博士のエッセイにもあったが、寺田寅彦が師匠の夏目漱石に、先生、俳句とはどういったものですか?と質問したとき、漱石は言下に、俳句とは「時雨るるや黒木積む家の窓明かり(しぐるるや くろきつむやの まどあかり)」というようなものだといった。
 さすがは漱石と博士はほめているが、小生もそう思う。こーだあーだといわず、さっと凡兆の句を引く。夕方かなんかで雨がしとしと降っていて、露地の奥の家に薪かなんかが積んであって、窓からぼっと明かりがもれている…家の中の団らんまで伝わってくるようではないか。俳句とはこういうものだと確かに思う。漱石はほとんど読んでいるが、また読み直してみようかと思う。芭蕉とかも。
 その芭蕉といえば、やはり唐木順三(からきじゅんぞう)が岡博士と似たようなことをどこかに書いていた。唐木順三も芭蕉や漱石を研究した哲学者だが、ある日机に向かっていると、芭蕉が越後あたりの日本海沿いを弟子の曽良と歩いている光景がありありと眼前に広がった。
 芭蕉は体調が悪いせいもあり、また精神的なものか思想的なことか、何か鬱屈しているものもあり、機嫌が悪く、冷たい雨の中をさっさと前を歩いていく。曽良は、どうして師匠が機嫌が悪いのかわからないが、機嫌が悪いことだけは確かにわかる、といった状態で、黙ってあとをついていくしかない。そんなふたりの光景がはっきりと見えたそうだ。岡博士と同じだ。深く深く研究する学者のような人は、そのような幻覚を見るものなのだろうか。それとも…。
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 そういえば岡潔も唐木順三も3つ違いの同世代、ふたりとも京大だし、なんとも宇宙人のような顔をしてる。とくに岡博士は・・・。

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      それが岡潔。
 ほかにジャンプして宙に浮かんでいるような有名な写真もある。とにかくなんだかすごいオッサンだ。まことに余談になるが、おとといの晩、寝ていたら久しぶりに体が抜けた。幽体離脱? カミさんが前回のブログにそんなことを書いたからまた夢でも見たのだろう。飛んでる間は気持ちがいいが、今回は覚えのない場所だった。
 どこか田舎の駅の近くのようで、線路があり、草の繁った空き地があり、土木機械の重機が放置されている。その黄色い機体に会社だかなんかの文字が書いてある。
 これはあとでなにか検証できるかもしれないと思って暗記しようとしたが、忘れてしまった。そのうち頭の後ろの左側がなにかチクチクする。痛いというほどではない。それから右側。今度は鼻の穴からなにか突っ込まれるような感覚で、ちょっと恐怖心も芽生え、フガフガ抵抗してたら、両耳にもなにか突っ込まれたところで目が覚めた。おいおい、アブダクションじゃないだろうなと思いながら、いろいろまさぐったが異常はないから大丈夫だろう。前の日に知り合いの事務所のワインパーティーでガイキチ系の話をしていたからそんな夢を見たのだろう、これって小生は子供か!。
 誕生日に20日の余幅を与えられたから、心敬の読了感は悲喜こもごもとなる。第2話にて、その悲喜の本質に一歩踏み込んでみたい。


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 久松潜一編『中世歌論集』(岩波文庫1934)・伊地知鐡男校注訳『連歌論集・能楽論集・俳論集』(日本古典文学全集51・岩波書店1973)・湯浅清『心敬の研究・校文篇』(風間書房1986)・横山重編「心敬作品集」(角川書店1972)より

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                        読了記  第2話に続く・・・連載

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