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小説『羅淵庵』 第1話 序

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              第一章 八瀬童子(やせどうじ)   

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      一  月の跫 (つきのおと)   1   序



 夜半の虫養いにと、にぬきを食べた。好物のけんずい(おやつ)である。
 しかし吾輩は鰻だけは食べないモノと固く心に決めている。
「人間社会の渋滞に巻き込まれると何もかも台無しになるからだ・・・!」
 冬のシラスは、八月になると蒲焼になる。八月は盂蘭盆会、人の精進月ではないか。近代から現代、この季節になるとウナギは月を見上げて拝むことになった。「土用の丑(うし)」とは、何んと殺生なことよ!。商売がうまく行かない鰻屋が、夏に売れない鰻を何とか売るために出した悪知恵だ。前途多難な生命としてシラスウナギは回向するようになる。
「ウナ重は棺桶(かんおけ)に見えて、丑の日の旗がなびくと何とも憂鬱になる・・・!」
 蒲焼の匂いと煙は荼毘される鰻の悲しみではないか。霊長類を気どるも最も卑劣な人間の所業というものである。それでもって天国や極楽を所望するのであるから、何とも稚拙な行動規範といえる。困った動物である。

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「そもそも・・・、大伴家持の歌がいけなかった。この歌に鰻の災難が始まるのだ・・・」
 759年(天平宝字3年)の『万葉集』の中に、大伴家持(おおとものやかもち)による和歌が収められている。

        石麻呂尓吾物申夏痩尓吉跡云物曽武奈伎取喫

 これを現代の言葉に翻(ひるがえ)すと「石麻呂に私はこう言った。夏痩せにはウナギがいいらしいから、獲ってきて食べたらよい」とでもなろうか。万葉の当時から夏痩せ対策にウナギを食していた事を示すのである。
 さらに家持は、太平洋戦争中に玉砕を報せる大本営発表の前奏曲として流れた「海ゆかば」の作詞者でもある。大伴氏は大和朝廷以来の武門の家であり、祖父・安麻呂、父・旅人と同じく律令制下の高級官吏として歴史に名を残す。三十六歌仙の一人として彼は、天平の政争を粛々と生き延び、延暦年間には中納言まで昇った。そうした高名からか、どうにもプロパガンダに悪用されて後世を汚す宿命でもあるようだ。
 それにしても吾輩が思うには「この家持という男に顕(あらわ)れた本朝文人の悲願の志は、悠久な日本そのものの初心であろう。日本の文人としての志を最も激しくし、最も雅に体現した」といえる。家持は14歳にして佐保大伴家を背負って立つこととなり、天平期から度重なる遷都を繰り返す動乱の道を踏んで激動の人生を歩んだ。

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 日本人の食文化にウナギが登場したのは新石器時代である。その時代の遺跡から発見された魚の骨の中にウナギのものも含まれており、先史時代からウナギが食べられていたことになる。鰻の蒲焼が登場する以前のうなぎの食べ方は、ぶつ切りにしたウナギ、あるいは小さめのウナギを丸々1匹串に刺し、焼いて味噌や酢をつけるというものであった。江戸初期の1661年(万治4年・寛文元年)ごろに、浅井了意(あさいりょうい)により書かれた『東海道名所記』の中には、鰻島が原(現在の静岡県沼津市原)付近を描いた挿絵に、大皿に盛られたウナギの串刺しが描かれている。
「この浅井了意が僧侶であったこと、神道に通じていたことが、鰻としては酷く迷惑な人物の出現となったようだ・・・!」
 京都出身の江戸時代前期の浄土真宗の僧で仮名草子作家である。父は東本願寺の末寺本照寺の住職であった。父が本照寺の住職を追われ浪人したが、了意は儒学・仏道・神道の三教に通じ、その後京都二条本性寺(真宗大谷派)の昭儀坊に住した。
 徳川家康の時代に、江戸湾の干拓が行われる事によって多くの湿地が出来て、鰻が棲み着き労働者の食事(雑魚)として串に刺して食べられた。その後、しだいに庶民に広がって、江戸の料理となり、「鰻屋でせかすのは野暮」、「蒲焼が出てくるまでは新香で酒を飲む」などと言われるほどになった。こうしてウナギの災難は、やがて「土用の丑」の専売と宣伝されるようになって始まることになる。以来、ウナギを開いてタレを付けて焼き上げたものを「ウナギの蒲焼」と呼ぶ。江戸幕府による四書五経(ししょごきょう)の奨励は鰻屋に妙な悪知恵をつけた。

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「この悪知恵はサグで陥る醜態だ・・・!。人間はこのサグに盲目である・・・!」
 サグ(SUG)とは・・・、下り坂から上り坂に変わる区間。この区間において人間社会は約60%の時間を渋滞させている。迷惑甚(はなは)だしい限りだ。サグ・・・、いつもこの同じ場所で渋滞する。峠しか見ておらぬ。人生とはそう甘いモノではない。大抵、下り坂から上り坂の谷底で人は生きている。どうやら人間はこのサグを理解していない。じつは、珍野 苦沙弥(ちんの くしゃみ)先生も偏屈な性格で、胃が弱く、ノイローゼ気味であったが、その顔の今戸焼のタヌキとも評される明治男が、このサグで悩んでいたようだ。

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サグ W953H240 gif

 サグは科学工学技術用語で、直線波形のひずみの一つ。出力パルスの頂点の傾斜を示す。「たるみ」「たわみ」を意味し、道路における下り坂から上り坂への変化点となる。この地点において、渋滞が多く発生する。発見したのは人類であるが、しかし自らの人生に応用できないところが、人間とはじつに滑稽である。比べて吾輩も、鰻も、蝉までもが能(よく)心得ている。
「だから・・・、蝉はカナカナと鳴く。しかも男ばかりが・・・」
 滅法な話ではないかと、深い眠りに入れない夜がいた。人が寝静まるとも夜は起きている。そんな夜の気配を感じながら、それでも乏しい未明のひかりが、下弦の底の暗闇を眠らせようとする午前四時、朝まだき芹生(せりょう)の里には人知れず遠い閑(しず)かさがあった。
「吾輩は・・・、祖である!。・・・」
 その名無しの祖の、血筋通り、吾輩もまた居候である。
 貴船の奥の峠を越えて、つまり都から鞍馬に向かう手前の追分を左上がりに北山へと分けいると、山迫る谷間の小さな里にでるが、ここが芹生である。

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 灰屋川の上流になる清らかな流れがあるが、山迫る谷に吾輩が間借りする阿部家の廃屋はある。都の市井からはさほど遠隔なところでもないが、一山越えると酷い豪雪地帯だ。近年では冬場の芹生に人の気配を感じさせない。ここは夏場だけの避暑地なのである。
 標高700m近い。 冬は雪が深く、無人の村となる。夏でも三軒ほど住んでいるだけの村内に、阿部家の隆盛も寂れ廃屋だけが花背峠へと向かう山裾にポツリと残されていた。

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 そんな淋しい芹生の里の水温むころに、ふと、聞きなしにカナカナという、甲高い鳴き声が聞えてきた。訪うその声は何年も暗い土の中で過ごして、ようやく地上に這い出した小さな山守(やまもり)の遠吠えであった。たゞひたぶるに恋う心だけがある。
「何と切ない遠吠えであろうか・・・!」
「潰(つい)えても愛だけは希(こいねが)う・・・!」
 この恋唄を聴く季節になると吾輩は、この地球上のどこかには、まだ自分が身を浸(ひた)したことのない美しい海が残っているのではないか、と、年齢がもたらしたずっしりと重い理解で、我慢し難いほどに自身が古びて見えてくるのである。だがそれは吾輩が、鄙びた暮らしにいつしか愛着を持ったからであろう。
 まだき闇の中にあって凛々と身を焦がすかのような声であるだけに、それが、ひと夏の小さな命だということには、不思議に注意が向かなかった。それは風騒の人曰く、岩にしみて、おし黙らせた声であるからだ。
 そしてしばし吾輩もまた一夜の乞食となる。すると、束の間の朝と夜のあわいに廃屋のすぐ裏には梅雨明けの杉山が広がっていて、小さな山守の遠吠えを聞いた。

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 毎年、杉雨(さんう)の風情を序に従いて、このヒグラシの薄暗い声が夏の到来を告げてくれた。このようにして阿部家の住人は代々、未明に起きて暦を春から夏へとめくり替えてきたのだが、昨年の八月に吾輩は、灰屋川の水面に映る流れの中の老人を見て、何かそぐはないものを感じ、すこし眉を寄せた。
 50年前に主人の阿部秋一郎が井戸の上に置き忘れたもので、吾輩にプレゼントしてくれたものではないが、その太い丸黒縁の眼鏡をかけてみると、どうも自分らしくない。吾輩の、祖父のものを貰った黒眼が勝った丸い眼は、いく分怪訝(けげん)な表情になっていた。
 元来、吾輩は眼鏡などして顔の形を整えるなど好まない質(たち)である。ひざまずく吾輩はもう一度、川の流れの上に眼を走らせた。自然、他人の顔じみてくる。今年だけはそれが無性に嫌であった。主人秋一郎はカナカナの声を聴きながら、一涙を遺して他界したのだ。桜が終わるとその祥月命日なのである。その秋一郎だが、加齢に従い弱る視力を養生することを洛北の村衆に常々切々と気遣いされながらも、それでも眼鏡にだけは抵抗があった。
 吾輩はその丸眼鏡をかけてみた。
 煮抜き卵が好物の、どうやらその吾輩は、六道の辻から生まれ出たようである。

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 京都には日本人が古くから美しいとした風雪の揺らぎがある。
 老人はそんな京都の感動を定義するために京都へと来た。そして洛北山端(やまはな)の八瀬(やせ)に別荘を建てた。あえて洛外を選び、終の棲家に瞑(ねむ)りたいと希望した。秋子にはそう思われる。

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 永訣の朝、雨田老人の枕の下には、五円風土記『1対√2』という手記が狸谷の秋子宛に遺されていた。香織の整えた羅国(らこく)の香りを聞きながら眠りについた老人が、この世の夢の途中で鼓動を止めたのは、しぐれ雪の降る午前5時であったという。
 このとき秋子は、朝を迎えようとする比叡山へ名乗りの篠笛を吹いていた。
「さて・・・、出かけるとするか・・・!」
 1月29日、今日は老人の五円忌である。吾輩は鞍馬山の暗闇を越えて一乗寺下り松へと向かった。

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 古都は、まだ冬のつゞきである。
 昼のあいだ吹き荒(すさ)んでいた北風は、昏(くれ)から夜半になると急にとだえて、それまで空をうずめていた幽(くら)い雲の群れが、不思議なほど、あっさりと姿を消していた。
 こんな夜にかぎって、奈良の空は高く澄み、星がいっそう輝いてみえるのだ。
 大声をあげたいような歓びが湧き上がったわけではない。70年も以前の老人の遥かな追憶であるのだから。けれども、胸の奥が凛(りん)とひきしまり涼しくなるような、この清々しさときたらどうだろうか。たしかに当時、佐保山(さほやま)からながめ仰ぐ宙(いえ)の中は、さわやかな星々でいっぱいだった。どうやら天の配剤はそこで完結されたごとく、あれ以来そのまゝのようだ。
 そうした今も眼の奥に遺る星々の綺麗なつぶやきが、果たして佳(よ)き花信となってくれるのであろうか。京都八瀬の別荘でそんな夢をみせられた雨田虎彦が、七年ぶりに来日したM・モンテネグロの泊まる奈良ホテルを訪ねたのは、2002年が明けた仲冬の土曜日、ぼたん雪の降る乙夜(いつや)のことであった。

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 奈良へと向かうその朝の、比叡山四明ヶ嶽(しめいがだけ)の西麓は地の底まで冷えこんでいた。しかし、そうであるからこそ例年通りの京都なのである。京都山端(やまはな)の人々は、この比叡颪(ひえおろし)を安寧な循環の兆しとして知りつくしているから、虎彦の山荘も真冬の中に、たゞ安らかに寂(しず)まっている。
 そのような京の冬は紅葉の後にきっぱりとやってくるのだ。
 鉛色の空から降る冷たい雨に雪がまじるようになると京都で暮らす人の腹はきちんと据わるようになる。新春の山野はすがれてはいるが、しかしよく見ると、裸になった辛夷(こぶし)など、ビロードに包まれた花芽をおびただしく光らせている。山が眠る、などということは無いのだ。冬山は不眠で生きている。

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 ことさら洛北山端の冬は、枯れて黙したような身の内に、木々は深く春を抱くのである。虎彦に、遠い奈良の星々が甦(よみがえ)るように見えたのは、そんな朝まだき午前四時であった。
「ああ、胸奥に沈むようにチクリと隠されて、かるく痺(しび)れる、この香りは、白檀(びゃくだん)と、たしかこれは丁字(ちょうじ)だ。静かに小さな春でも爆(は)ぜるような快さではないか」
 ほんのりと寝顔をまきつゝむ快哉な香りを聞かされながら、血流をしずかに溶かされた虎彦はゆっくりと目覚めさせられていた。
「沈香(じんこう)の他に、これを加えてくれるとは、かさねの奴も、ようやく香道を手馴れてきたようだ。しっとりと肌に馴染まさせてくれている。天性のものであろうが、能(よく)したものだ」
 今朝の香りには、しずかなやさしさがあった。虎彦は人間としてのふくらみを感じた。

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 暗い眼では香木の形はとらえられてはいないが、焚(た)かないでも香る香木を取り合わせた、なるほどあの娘の手にかゝるとこうなるのかと、いかにも清原香織らしくあるその香りは、虎彦のこゝろの襞(ひだ)の上に、着なれた衿合せでもさせてくれたかのごとく、普段通りの躰できちんと納まっている。
 大きな山茶花(さゞんか)の一樹に隣り合わせた虎彦の寝室は、こんもりとした茂みが庇(ひさし)のような影を障子戸に映して一段と暗い。そうなるように天然の配剤で闇夜をつくりだす寝室の設計がなされていた。
「君かへす 朝の舗石(しきいし)さくさくと 雪よ林檎(りんご)の香のごとくふれ」
 白秋の「君かへす」がまず新鮮である。虎彦はていねいに、この歌の匂いを聞いた。
「サクサクと噛む、リンゴの歯触りがいいのである・・・!」
 香木の香りからこの歌が連想された日には、かならず虎彦の躰が若返るようだし、さくさくとその雪を踏んで帰る不倫の恋人は、青春の熱く清々しいヒロインのように老いた眼にはふさわしい。もっとも香りから或(あ)る種の映像が好ましく回想されることが、今の煩わしさを忘れつゝ眠る虎彦の夢の枕にはふさわしいのである。虎彦の嗜好にかなう冬歌の、白秋のこれはその一つであった。

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「何よりも白秋のこの歌には、みやびな歴史の中にあって今は忘れさられた大切な種の、モノの香を人の袖の香とするような、危うい恋を恐れない実際を背景にした人の香りと歌で向き合う交感がある。白秋は西洋の印象派詩人の薫陶をえた。この歌は、その印象のたしかな交感だ。歌声に人間が生きた真実の印象がある」
 虎彦にはこの歌にある、白秋の暮らす門や舗石がみえるところまできて「ああ、あの女(ひと)が」と、ひとあし、自分から近づいてゆくのが心うれしいのだ。
 毎年、冬にさしかかる時期はどこか、太陽が遠くなる心細さがあるが、すっかり真冬になってしまえばそこに寂しさが勝るようになるものだ。加齢するにしたがい、脚の痛みはその木枯らしに急(せ)かされるように増してくる。いつの間にか、そんな虎彦にとって眠りは厳(おごそ)かな真剣勝負のようになっている。日常の、脚(あし)の痛み止めの薬を一錠でも少なく控(ひか)えて痛みを抑えるために、虎彦の睡眠には墓の中のような暗闇と、無音の状態が必要だった。また以前には常用であった睡眠薬を控えるために、就寝時には鎮静作用のある香物を焚きしめた芳香が、今の寝室には欠かせないものとなっていた。

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 そんな漆黒(しっこく)の未明から目覚めた虎彦の、あたりのすべてが虚空(こくう)である。虚空蔵菩薩は虚空すなわち全宇宙に無限の智慧と功徳を持つ、京都において十三参りが行われ子供が十三歳になると虚空蔵菩薩を本尊とする西京区東山虚空蔵山町の法輪寺に参拝する習慣がある。明星が口から入り記憶力が増幅したと言うが、虎彦はその虚空蔵にでも抱かれているようであった。
 暗闇と芳香とで、繰り返したしかめる日常の、そんな虎彦にはあたりまえの話だが、虎彦はこの虚空がいちばん親しいのだ。時がまき戻るような、まき返せるような何事をも空暗記(そらんじる)ごとくの安らぎだ。今朝も寝室の四方八方、虎彦の親しい虚空がみしみしと満ちていた。

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「かの天竺(てんじく)のガンジャというものも、もしか、このようなモノであったのではあるまいか・・・。たしか空海は〈乾坤は経籍の箱なり(宇宙はお経の本箱)〉と言った。私はその乾坤(けんこん)で眠りながら虚空の音を聞いていたのであろうか・・・」
 芳香につゝまれて目覚め、虚空の層の厚さを感じると、肉や骨の重みがどこからどこまでがどうと、よく判らないけれど実に軽いのである。それは血が鎮められた重さか、気が冷まされた重さか、暗さと芳香とがもたらしてくれる芳醇な安眠が、適当に与えてくれる虎彦の寝室にいる身の重さとは、能(よく)した傀儡師(くゞつし)により計算し尽くされたように、なかなか、よくできていた。
 そうしてうっとりと眼をみひらき、暗闇に何をみるともなく辺りをながめる。やがて次にその眼の持ち主が何者であるかを自覚できると、ようやく虎彦の一日が始まるのであった。

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「旅立ちに、〈月は有明にて〉という。白河の関越えんと、しかし、こゝろ定まらず〈田一枚植えて〉立ち去る。そうして風騒(ふうそう)の人は関を越えた。だが、そう詩のようにはうまくゆくまい。この俳諧は、後の時間の中で推敲が加えられている。生々しい人間の声では無い。しかし、ああ、今日の覚悟とは・・・、何やらその田植えにも等しい、どこかへの手向けの花でも必要であろうか」
 田一枚植える間が、どうにも無性に気にかゝる。そんな虎彦は、虚空の時間からふと一呼吸はずして、ムートンの上に横たわる老体をおもむろに反転させると、うつ伏せのまゝベットの脇に手をのばし、居間の呼び鈴(リン)に通じるコールボタンを軽やかになった指先でそっとプッシュした。

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「老先生・・・起きはッたんやな・・・」
 そのころ居間で炭点前(すみてまえ)の準備をしていた清原香織は、床下の炉に用いる練香を入れた陶磁器の小さな蓋(ふた)を重ねて棚の上にしまい終えると、これが朝餉(あさげ)の仕度の次ぎにする日課なのだが、居間のカーテンを全開にして虎彦の寝室へと向かった。
 茶の湯では炭点前が終わると香を焚く決まりがある。その炭点前とは、茶を点てる前に、湯を沸かす炉や風炉に炭をつぐことであるが、風炉は夏季、冬季は床下の炉で、種々の香料を蜜で練りあわせた練香を焚くことに決まっている。冬の炉は何かと手間暇を喰う。虎彦は毎朝、ひとり点前を行っていた。

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「あとは・・・?、そうや、お花や。奈良のォ荷物、大きいのォは、もう準備すんどるし。せやさかい後は、小さいのだけや。ああ、今日は何や、てんてこ舞いやわ」
 と、もろもろの仕度に追われる香織は、昨夜のうちに朝餉の下ごしらえは済ませていた。毎日がこういう具合に、香織はいつも午前二時半には起きている。
 そうして虎彦の寝室のドア前に立つと、ノブ下に備えられた、琴の音が室内に小さくゆるやかに流れる音響装置の、手動スイッチをONにキッと押し上げた。
 この寝室に入るとき、
 虎彦は、ドアをノックすること、ドア越しに声をかけないこと、の二つを禁じていた。もしそうされたとしても不機嫌さを残さないために、外部との遮音壁が分厚く周到に施されて、多少の音も虎彦の耳には届かないのだが、それほど安眠を損なわぬ厳重な施工がなされていた。
「奈良から戻ったら、二月の曲えらばなあかんなぁ~。今のォ、もうあかんわ・・・」
 一月の琴の音は「春の海」が選曲されて、幕の内を過ぎた今でも、まだ新年を寿(ことほ)ぐかのような調べである。和楽を好む虎彦のため、この月毎(つきごと)の収録も香織の大切な務めの一つであった。
 しんしんと身を刺すような廊下に、京都の女なら「冬は、早朝(つとめて)、という」少しお説教めいた虎彦の習い事通りの張りつめた気構えで、香織はピンと背筋を伸ばし、しばし間合いをうかがうように立ち尽くしながら、虎彦がカチリとさせてくれるまで、たゞしずかに電子ロックの解除音を待つのである。
「老先生、おはようさん。・・・お目覚めいかがどすか?・・・」
 静かに部屋に押し入りつゝ、笑みて香織はさわやかな声をかけた。まだまだ修業中の身ではあるが、爽やかな笑顔だけは、苦にせずともいとも簡単にできる香織なのである。
「ああ、おはよう。おかげでぐっすり眠れたよ。ありがとう」
 虎彦はそう満足気にうなずくと、ステッキで躰を支えながらも椅子から軽やかに立ち上がった。その軽やかな姿を確かめるために、香織は毎日未明には起きて見守っている。虎彦は今朝も軽やかに立ち上がってくれた。
「そうどすか、よろしおした」
 たしかめた虎彦の言葉は、香織が毎朝ホッとして息を下げる安堵の瞬間である。厚い遮音壁に内部の物音がすっかり遮られるために、深夜にさせる虎彦の息遣いがいつも心配いになる。老いた主人への、万全なその配慮と気の配りが常に香織には課せられてあった。そう用心することが最も大切な奉公人としての心棒なのである。深夜から未明にはいつも気と眼を寝室に向けて研ぎ澄ませていた。そんな香織は、のっぴきならぬ用事が今朝も起きなかったとばかりに、ふう~っと肩から一息を軽く洩らした。
「せやッたら、もう窓ォあけて、空気入れ替えても構いませんやろか?」
「ああ、そうしておくれ。最近あまり使わなかったが、丁字もなかなかのものだね」
 虎彦がそういう丁字とは、南洋諸島で生育するチョウジの木の花のつぼみを乾燥させたもので、強烈で刺激的な香りをもつことから、世界中で調理のスパイスとしても重宝されている。クローブともいう。

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 多くはインドネシア原産であるが、古くから中国商人の手でヨーロッパに持ち込まれ、強力な殺菌・消臭作用で注目されてきた。 大航海時代にはスパイス貿易の中心的な商品の一つ。この甘く刺激的な香りは、当時、さぞや異国情緒をかきたてたのであろう。 日本人にも案外なじみ深く、江戸時代からビンツケ油や匂い袋の香料として使われている。ウスターソースのソースらしい香りもこのクローブのおかげである。
 名前の「Clove」はクギを意味するラテン語の「Clavus」、和名の丁字(ちょうじ)もクギを表す釘の字から来ている。「釘の形」と言われるだけあって、素材に刺して使うのに便利だ。玉ねぎや豚肉に刺してポトフやロースト・ポーク、その他肉を使った煮込みに使われている。その香りの主成分はオイゲノール。香りが最も効率的に抽出されるのは45度前後なのだが、香織はいつしかそんな知識も身につけるようになっていた。
「うちも丁字ィすう~として、ええ匂いや思う。せやけど・・・、うち、あの香り聞くの辛うて、たまらへん。なんやえろう悲しい花やしてなぁ~・・・。それ知ると、ウスタぁソース好きになれへん。店で見かけてもな、手ェ伸びまへんのやわ。そないしてると、いつも醤油買うとる。洋食の献立、つい和食に変えとうなるんやわ」
 ずしりと胸にきたのか、泣くような小声で香織はそうしょんぼりといった。

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 丁字は、つぼみのときが最も香りが強いため、深紅色の花が開化する前に摘み採られてしまう。このため虎彦もまだ花の色目はみたことがない。香織はその花が、香りのために、花開くことを奪われてしまった悲しい運命の花木なのだ、といいたかった。
「ああ、たしかに花は悲しい。だけど、その短い命は、やがて人の命へと循環する。だから儂(わし)のような老いた者にもめぐり廻って悦びを与えてくれるのさ・・・・・」
 と、いいかけた虎彦だが、それ以上いい足せば、やや小賢しくもある。香織の澄みやかな感性の口調を前に、さり気なく視線をそらすと、虎彦は語尾のトーンをすう~っとぼやかした。
「この娘に、私の表情の裏をみせてはなるまい。老人の内面の汚い剥(は)がれなど、、無用の長物じゃないか。無邪気の若さを、私の口の、その糞でまぶすのはよしておこう。虚空とは清の領域、かさねは、その位に私を濯ぎ清めてくれたのだ。私の青春期とは、そんな清らかな時代ではなかったではないか」
 丁字はアルコールと混ざりやすく整髪剤や石鹸につかわれ、殺菌作用と軽い麻薬作用をもつので歯科院の歯茎にぬる痛み止めチンキにも活かされている。人間の視線に立てばそれでいい。しかし花の視線でそれを裏返せば、それは人間本位の身勝手なことで、香織のように感じ、無慈悲と思えば、摘まれたその花へと思いやる眼に、あふれる涙さえ覚えるであろう。
 利口に生きたいがために小理屈を身に滲みさせて歳老えば、その花の涙のみえぬ人とは、また何と悲しいものであろうか。しかし、もはやその情緒を震わす心には立ち返れそうもない老人は、若く生き生きとある香織の輝きが、愛らしく嬉しくもあった。思いをそこに馳せてやらねば、いたらぬ苦言は老人の嫉妬なのであろう。
「老先生、お茶室の準備もう少しやさかいに、ちょっと待っておくれやすか。今朝のお花やけど、まだ決めてまへんのやわ。そろそろ正月のォもけったいやし、どんなん、よろしィんやろか?」と、
 香織はガラス窓を開けながら訊(き)いた。しかし、そう虎彦に問いかけていながら、ふと、「ああ~、あの青白い不思議なひかり・・・」と、一瞬、脳裡をかすめてツーンと胸に通るものがあった。香織に、或(あ)る美しい光景が過(よ)ぎったのだ。

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「せや、あれやわ。あれ、見んとあかん。老先生、待ってておくれやす、えろう済んまへん」
 呟(つぶや)くようにそういうと、何か急(せ)かされた忘れ物でもあるかのように、慌てゝ言葉の尻をプツリとへし折って、虎彦にはそう受けとれたのだが、要領をえさせないまゝに弁解だけを残した香織は、小走りにまた居間の方へと引き返して行った。
 香織は未明に起きたとき、凍りつきそうな井戸水を一杯のみ終えると、ぱっちりと眼が冴えた。そのとき、昨日の黎明前に体験した、不思議な光景が想い返されていた。
 あれはたしか、裏山の山茶花(さざんか)の大樹が、ひらりぽたりと白い花びらを庭に散らし落すころであった。間もなく昨日と同じその幽(くら)い刻限が近づいていたのだ。
「去年の冬、ちィ~っとも気づかへんやった。せやけど、あんなん・・・あるんやわなぁ~」
 裏山が見渡せる茶室へと向かう香織の脳裡には、朝まだき昨朝の黎明前の淡いひろがりのなかで感じとれた絵模様がぼんやりと描かれていた。しかし、あの無限の哀しさに包まれていると感じられた、あのときめきは、一体何だったのであろうか。もう一度よく確かめてみたいと思ったのだ。


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      げんそう青 W500H285


                              第2話に続く

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                     みうまそうたろう 文字 かな 正

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       京都 大原 三千院 冬景色。



      
       京都 冬景色。



      
       京都・西区 洛西竹林公園近くの道。



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      きょうと 2はなそとば 2

      クリック・ボタン gifA 5 gif   ひめくり古都の道
      京都 花そとば



      つきの暦  2013年2月

      つきの暦 2013年 2月 W500



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Sotarou Miuma
立体言語学博士
Social Language Academy Adviser
応用社会言語科学研究員

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