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洛北小説『花そとば』 第6話

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              第一部 八瀬童子(やせどうじ)   

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      四  誰が袖 (たがそで)   



 万葉といえば、桜ではあるが、愛しきその最たるものは、冬のサクラである。
 桜木が最初に兆す花芽の、貧しくとも命弾けるその産声を聞くと、来る春を知り冬の過酷さを怨んだりはしない。
 西行は「たぐひなき花をし枝に咲かすれば桜に並ぶ木ぞなかりける」と詠んで、素直に桜を筆頭にあげた。奈良に生まれた雨田虎彦も桜への傾倒は断然であった。さらに西行は「散る花を惜しむ心やとどまりて 又来む春の誰になるべき」と詠むが、しかし虎彦の桜は、冬枯れて立つ葉のなき一樹が最も好ましく思われた。一つ、二つ、三つと、しだいに満ちる花芽つく趣にこそ、やがて豊かな満開に人が近づける夢がある。
 西行は、咲き初めてから花が散り、ついに葉桜にいたって若葉で覆われるまで、ほとんどどんな姿の桜も詠んでいるのだが、そのなかで虎彦がどんな歌の花に心を動かされるかというと、これは毎年、決まっていた。それは花を想って花から離れられずにいるのに、花のほうは今年も容赦なく去っていくという消息を詠んだ歌こそが、やはり極上の西行なのだ。奈良に生まれたからそう思うのか。虎彦はいつも、そういう歌に名状しがたい感情を揺さぶられ、突き上げられ、そこにのみ行方知らずの消息をおぼえてきた。虎彦のその行方なき消息は、決まって花芽なき冬の桜木から始まるのであった。

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 毎年、一雨、また二雨が来て、あゝもう花冷えか、もう落花狼藉なのかと思っていると、なんだか急に落ち着けない気分になってくる。寂しいというほどではなく、何か虎彦に「欠けるもの」が感じられて、とたんに所在がなくなるのである。どうして貧しいのか。何が欠けたのか。そしてそういう欠けた気分になると、決まって西行の歌を思い出すのであった。「梢うつ雨にしをれて散る花の 惜しき心を何にたとへむ」と。
 バスが一乗寺へと向かうと、あちこちの葉のない桜木が北風のなかで明るく悄然としていた。静かに花芽だけを萌やそうとしてる、その姿が次々に車窓の向こうを走るようになってくると、虎彦は「ああ、今年もまた奈良の桜も、ここから始まるのだな」と思う。すると雨田虎彦の眼には鮮やかに泛かんでくるものがあった。
「ああ、在所の山に桜がみえる。そして・・・あの、人形の姿が・・・」
 それは、かさねの姿に似ているからだけではない。やはり何か欠けたものを感じる虎彦にとって、雨の日の自動車がアスファルトに散った桜の花びらを轢きしめていくのが、なんともいえぬ「哀切」であるように、遠い日を引き戻すそれは忘れ難き人形であった。想い泛かべるほどに、静かに深い悲しみがふき上げてきた。
「話しても、かめしまへんやろか・・・」
 そういう香織は、青白くある虎彦の頬が気になり、やはりバスの揺れは障るのか、思いなしか虎彦が急にやつれたようにみえる。だから静かに覗くように声をかけた。
 無言のまま虎彦が振り向くと、口はしの笑窪をみせた顔がある。屈託のないそんな香織の顔を見せられると、さらに心残りの弾みがついて、虎彦はふと香織の笑みに、過ぎるかの一筋の翳(かげ)をみた。しだいにその翳は虎彦のなかにじんわりと沁みてくる。すると雨田家に嫁ぐ日の、今は亡き妻香代の花嫁姿がその翳のうしろに重なり合うように立っていた。
 そうしてバスが百万遍の交差点にさしかかると、さらにその翳は色濃くなってくる。百万遍から銀閣寺までは香代と一度だけ歩いた道なのだ。二人して歩いた道は、虎彦の中にその記憶しかない。虎彦は香織の背後でかげろうその翳の揺らぎに、亡き香代が影となって還って来ていることを覚(さと)った。
「何やな・・・だんだんに青うなりはッて、老先生、脚ィ痛いんやないか・・・」
 やはりどうしても顔色が気がかりになる。そんな香織は、不安気に虎彦をみてそっと訊いてみた。
 京の市井には、新婦が男児の人形を抱いて嫁入りするという慣習があった。それは嫁(か)しては男児を儲けて一家の繁栄をはかるという女の心得を訓ずるものである。家同士が定めた縁組により、お互いは一度も会ったことのない婚儀が当時の常であった。虎彦の場合も例外ではない。香代は祖父が見込んだ婿を、素直に一途に信じて嫁にきた。婚儀の席で初めてみた白無垢の香代は、まだ十七歳、初々しくも婚礼の膝に固く市松人形を抱きしめていた。そんな香代がようやく雨田家に嫁いだことを実感したのは、よいやく嫡男光太郎を授かり、その産後の枕元に置かれた人形(いちまつさん)をみつめて嬉しそうに笑みたときであろう。しかし、それから香代が享(う)けた歳月はわずか五年でしかなかった。

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 その香代は京都の知恩院の近くに生まれた。式台の玄関、使者の間、内玄関、供待などの部屋がある武家屋敷の構えの家だった。お手玉やおはじきが好きな少女は、行儀見習いの二人の女中さんから「ことうさん」と呼ばれ、ことうさんとは「小嬢さん、末のお嬢さんのことで大阪では(こいさん)」というが、そこで何の苦労も心配もなく育ったようだ。京都でも有名な美しい四姉妹であったらしい。
 そうした小譲さんの婚礼がさすがである。色振袖が錆朱の地に松竹梅模様、帯が黒に金銀の市松、黒留袖は「誰が袖百選」の中の沢瀉(おもだか)文様、黒振袖は土田麦僊の扇面散しに光琳松の帯をつけた。婚礼調度はすべて京都の「初瀬川」で揃えたというのだから、いまでは考えられない“姫の豪勢”ぶりであった。虎彦がそんな香代の生い立ちを想えば、木の葉がそよぐように雅な京の暮らしが静かに始まっていくのである。
 しごく短い結婚生活のため、香代の死は虎彦にとってどうしても夭折なのだ。想えば想うほど若い面影に不憫さが倍増し、どうにも嫁ぐ前の京都での人生が長い香代の姿を追えば、香代から聞いた少女時代の彼女への興味ばかりが長くなる。その理由は、おそらく虎彦が香代のことを日記にして長女君子へ綴り遺そうと考えたのが20世紀の最後の年末だというためだろう。
 虎彦がそうしようとしたのは、20世紀を不満をもって終えようとしていたことが一つにはある。とくに日本の20世紀について、誰も何にも議論しないで取り澄まそうとしていることに、虎彦はひどく疑問をもっていた。我々こそ、真の「戦中戦後」にいたのではないか。もはや戦後は終わったと語られるが、しかし日本の戦後の本質は一向に終わろうとしない。そうであっては、到底成り澄ませない当事者の面々も多かろう。省みることもなく突かれ続ける除夜の鐘を聞きながら虎彦は、そんな怒りのようなものがこみあげていたのだ。そのとき、桜が人の心を乱すものとは世の常のこと、いまさら言うべきこともないはずなのに、ちょっと待て、いま何かを感じたのでちょっと待て、と言いたくなるのは虎彦にとってじつに可笑しなことであった。
 東山三条で乗り継いだバスの席に香織と虎彦の二人はいた。
「三条駅からやしたら、近鉄の特急やと奈良まで四十分たらずで行けることやし、老先生、一体どこに行かはるつもりなんやろか。ほんに、けったいやなぁ~・・・」
 無口のまま何かに憑かれたような虎彦の気配に、香織はふと「お父ちゃん・・・」と呼びそうになる自身がいることにハッとした。笛にこり、笛に呆(ほう)けた父増二郎の不可解な気随さが、いまこの老人の肩越しを這っているようであったからだ。香織の頭の中では、でっぷり肥ったその増二郎の赤ら顔が、くるりと一回転して、思いもよらぬほど大写しになっていた。しかし虎彦があの父と同じであるのなら、詮(せん)ないと思う。増二郎は呆れるほど頑固者だった。これは「なるようにしかならへんのだ」と、そう香織はわが心にそっといいきかせることにした。
 バスの車窓から祇園界隈をながめみることなど、香織には初めての感触である。表の路線から花街の路地奥はみえないのだが、それでも香織には思い出深く刻まれた裏町の華やぎであった。そもそも祇園とは、インドのさる長者が釈迦のためにつくった寺「祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)」からきている、と置屋の女将佳都子からそう教えられた。香織は虎彦の別荘に住み込むようになる二年前、二年間この界隈で暮らしている。その祇園四条から南の京都は香織には久しぶりにみる街並みであった。東山の終わりの裾野は長くゆるやかに流れていた。
 そうした八坂や祇園などは全く眼中にない虎彦は、半ば無意識でメモ用紙に書きつけた「つゆじも」という古びた筆文字を見つめながら、養母お琴が遺した言葉を温かく反芻(はんすう)したり、鞄から何やら海外の雑誌を引き出しては読んでいた。香織は「こんなン、ほかっとこ」と思った。
 東山七条の智積院(ちしゃくいん)を過ぎたあたりで虎彦は「少し早目にきすぎたのではなか」と腕時計をみた。つられて香織も携帯電話の液晶時計をみたのだが、まだ八時過ぎであった。花は、哀しくて惜しむのではなく、惜しむことが哀しむことである。そう反芻してつぶやくと、虎彦は唐突に席を立った。
「あれ・・・、次で、降りはるつもりなんやわ」
 香織が慌ててそれに従って連れ立つと、祖父と孫娘にも映る二人は泉涌寺(せんにゅうじ)道でバスを降りた。
 鳥辺野(とりべの)の南、泉涌寺への道はしずかで長いゆるやかな坂である。
 虎彦は少し足を止め、参道をながめながら遠い眼をした。
「かさね・・・、300メートルほどこの坂を上ると総門がある。入ると左手が即成院(そくじょういん)というお寺さんだ。その本堂に二十五体の菩薩座像があるのだ・・・が・・・」
 と、そこまでいい掛けると虎彦は、プツンと言葉の尻を切った。
 坂をのぼりつめて総門、その先に大門、さらに奥の泉湧寺仏殿までの約1キロの間にある光景を、眼に積み重ねながら想い泛かべるだけで、すでに虎彦には遠く息切れる思いがした。
 自身で歩いたというより、幾度となく歩かされたこの坂道である。いつもこの坂を想いながら見えるものは、何者かに毀(こわ)された後の荒寥(こうりょう)とした風景でしかなかった。あるいは瞞着(まんちゃく)されたような奇妙な脅(おび)えに身震いするほどの光景であった。そんな憧憬を曳き遺しているために、却(かえ)って泉涌寺に出向くことはどうにも気が重く、虎彦はこの界隈にしばらく足を遠ざけていた。

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 やはり幾度ここに来ても虎彦は、ゆるやかなこの坂の、この世の一角に異様なものの出現をみせられて立ちすくむ思いがする。そうして今日もまたここには、どこからともなく匂ってくる暗い懐かしさを思い起こさせる特別の香気が沸き立つようであったのだ。どうしても虎彦の心の裡に流れる体臭とその香気とが混ざり合うのである。
 下りながら仏殿までの間を詰めねばならぬ不可思議さがこの寺にはある。手を引かれながら「虎、足音さしたらあかん。音立てたらあかんえ~」という声を繰り返し聞かされた。大門から仏殿までは下り坂なのだ。そう言われると恐る恐る玉砂利を踏むことになる。ゆるやかな下り坂だが、幼い足は、とほうもなく長い時間に涙眼をして歩いた。
 そんな虎彦が、この長いゆるやかな坂道を、母の手に引かれて初めて歩いたのは、大正という年号が昭和へと移り変わるころであった。

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 今やその母影も眼にはおぼろげである。虎彦がまだ六、七歳のつたない記憶のままでしかない。だが、たゞそこから香り出るものは鼻孔の奥に籠るようにある。そうした母の匂いは八十二歳になろうとも確かで、それは母がいつも着物にに焚きしめていた追風用意(おいかぜようい)の香気なのだ。人気のない山里にもかかわらず、明治生まれの母菊乃という人は、焚きこめた香りを優雅にまとっては風に漂わせている女だった。
 香織がいま首もとに架けている更紗(さらさ)の匂い袋は、昨夜君子が手渡してくれたものだ。それはそもそも虎彦が君子の成人式の折に祖母菊乃の遺品として譲るために身にまとわせた「誰(た)が袖(そで)」である。
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「やはり、九月がいい。今日はやめておこう。なぁ~・・・かさね・・・」
 虎彦はそうポツリというと、香織が首にかける誰が袖をじっとみつめた。
 西行の花は「花みればそのいはれとはなけれども心のうちぞ苦しかりける」というものになっていったのだが、そもそも西行にとっての桜は、この歌の裡にある。桜を見るだけで、べつだん理由(いはれ)などはっきりしているわけではないのに、なんだか心の中が苦しくなってくる。そう詠んだ歌である。その「いはれなき切実」こそが、西行の花の奥にはある。そうであるからまた虎彦にとっても「惜しむ」とは、この「いはれなき切実」を唐突に思いつくことである。虎彦はいま、それが亡き母の匂い袋の花に結びつく。さらに遠い日の月に結びつく。奈良で過ごした花鳥風月と雪月花がここに作動するのだった。そのなかで亡き光太郎と、亡き妻と、亡き母の三つの花こそは、あまりにも陽気で、あまりにも短命で、あまりにも唐突な、人知を見捨てる「いはれなき切実」なのだ。
 しかしそう感じることは、何が「うつつ」で何が「夢」かの境界を失うことを覚悟することでもあった。参道をみつめる虎彦は、香織に投げかける次の言葉を失くしていた。
「えッ、やめはるの。そしたら何や、それだけのために、老先生、ここで降りはったんか・・・」
 虎彦が何かをいいかけたまま、プツリと途中で、妙な間を残して口をつぐむので、寒空に重い鞄を両腕にさげていたせいもあるが、呆れた香織は皮肉たっぷりにいった。
 昨夜遅く書斎の窓を開けた虎彦は、さきほど想ったのと同じように、満州の荒野に咲いていた罌粟(けし)の赤い世界を思い出しては眼に訝しく、そう感じて窓を閉めた後、東京の自宅から持ってきていた聞香炉(もんこうろ)の入る木箱を開けた。

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 白磁の筒型をしたその炉を取り出して机の上に置くと、背筋を伸ばし、あごを引き、体の力を軽く抜いて一呼吸整えた。そうして心を落ち着かせ終えると、一炷聞(いっちゅうもん)の作法で香を聞いた。まず鼻から深く吸い込み、顔をやや右にそらして息を吐く、その繰り返し七息の後、手にする聞香炉を心静かに見改めるように回してはみつめる。その聞香炉も亡き母菊乃が生前使用していた、室町期から雨田家に伝わる遺品であった。すでにその菊乃とは鬼籍の人であるが、まだ虎彦の中では、過去になどなってはいない。混沌として、滓(かす)のようなものが残されていた。
 どうしようもなく、はかなくたって驚かない。はかないのは当たり前なのだ。西行もそういうふうに見定めていた。そこでは夢と浮世は境をなくし、花と雨とは境を越えている。この歌をぜひ憶えるとよい、と諭してくれたのが亡き菊乃なのであった。「世の中を・夢と見る見る・はかなくも・なほ驚かぬ・わが心かな」、よろしいですかという母の声が耳奥にある。そうしてまたその母は、ついでながら、さらに「西行学」を持ち出していえば、とくに「わが心かな」で結ぶ歌は、西行の最も西行らしい覚悟を映し出している歌なのであると継ぎ足してくれた。
「かさね・・・そうじゃない。今日、かさねを、尼さんにさせる気には、なれないのだ・・・」
 しばらくぼんやりとしていた虎彦は、ハッとして我に返り、そう小声で香織に応え返した。
「えッ、うちが尼・・・」
 いきなり辻褄の合わぬ薄情な話ではないか。咄嗟にその声を呑みこんだ香織は、頭の中が透明になった。しばし唖然として固く立ちすくみつつ香織は「うち、頭ァ、剃るんや」と思い強いられると、何やら黒髪の総毛が根元から硬直するようであった。
 不意に意外な釘を頭からカツンと撃たれた香織は、焦点をどこにも合わせられない放心でもしそうな眼を、丸くも細くもさせられずに、たゞツッ立ったまゝポカリと口をあけていた。それまで香織は「老先生の脚ィ、痛うて歩けへんさかいに、うちが支えなあかんのやから」と、一心にそう思っていた。
 ここ二、三日、急に底冷えするような寒波が襲っていたのだ。香織は、こんな急激な気候の変化はきっと虎彦の体に障るのだと、先日、出町柳の主治医のところに立ち寄って、虎彦の脚気には白米による精米されて不足したビタミンB1を補完するなど、温かいしじみ汁などの、なるべく精のつくものを食べさせて、できるだけ安静にして虎彦の気力を養えばいいことを丁寧に聞いてきた。昨夜は寒い夜になそうで、そうだからと虎彦の書斎に予備の炬燵(こたつ)まで納屋奥から引き出してきては、痺れや痛みが増さぬよう備えたりもしていた。
 さらに昨夜はいつもよい少し早目の午後九時には香炉を用意して、虎彦のまだ寝る前の寝室にそっと忍びこみ、虎彦が爽やかな寝ざめをみせるよう君子と二人計らって、百檀や丁字など焚かなくても香る香料を厳選したし、その香気が虎彦の患部を清め、寝室を浄化し邪気を払ってくれることと、憂鬱な気分を爽快にさせる作用があるのだからと、そっとベットの下に香炉を忍ばせたりもしたのだ。
「来月は少しだけ連休もろて、祇園の花江姉さんとパ~ッと城崎にでも遠出したろ思て、約束してたんやないか。もうそれも、わややわ。なしてうち・・・尼やねん。そないなこと、前もっていうてもろたかて、うち承知でけへんことや。罰あたりなこと、何もしてへん・・・」
 もう、とりとめのない香織は、わなわなとふるえる手をそういうてはかろうじて握りしめた。そのゝま眼を伏せた香織は、こんな場合、やり場のない感情をどう表わせばいいのかを、五郎や置屋の女将佳都子の顔を泛かべてはためらっていた。
「老先生ッ、もう高齢や。80歳も過ぎたといえば、だいたいの男はんは、自分の限界がどんよりのしかかっている時期であるさかいに、いまさらきれいごとですませるものなんてないということも、あんた分かっとらなあかんえ。せやけど男はんの美学というものは、存外にどんな時期でもはずせないもんや。そこで美学と辻褄とがソリを競いあうもんなんや。するとなッ、最後ォにひっこんでもらうほうは辻褄のほうで、男はんいうたら美学ひっこめはらんもんなんや。香織にもそんな理不尽なとき、きっとある思う。せやけどな、短気だしたらあかん・・・」
 以前、置屋の佳都子がそんな話を聞かしてくれたことがある。いま噛みしめてみると、なんとなく理解できそうにもあるが、やはり心の始末におぼつかない香織であった。
「・・・せやけど。尼寺で・・・成人式やなんて。やっぱ、うち嫌や」
 香織は君子から貰った胸の誰が袖をキュと握りしめた。



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                              第7話に続く
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   京都 立春。




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   京都 花そとば



  つきの暦  2013年2月

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三馬漱太郎

Author:三馬漱太郎
Welcome to Ron「漱」World
Sotarou Miuma
立体言語学博士
Social Language Academy Adviser
応用社会言語科学研究員

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