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洛北小説『花そとば』 第5話

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              第一部 八瀬童子(やせどうじ)   

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      三  高野川 (たかのがわ)   



 眼の前にある梅の木の下に、幾輪かの水仙の花がある。
 純白のそれが静かに上の紅梅の蕾を押し上げている。初めゆく朝陽に透かされて、香織の眼は、しだいに冴えいくその可憐な水仙の白さを仄々と追っていた。それは別荘で働くようになった二年前に、車椅子生活の君子に見せてあげたい香織が北山の芹生(せりょう)から移植したものである。
 そもそもこの花の白さは、比叡山西方院の鬼掛石の付近に野生する一株の水仙から五郎が株別れさせて、北山の芹生で香織に育てさせていたものであった。水仙には黄色い花もあるが、それが白であることに御所谷に暮らす竹原五郎の深い思い入れがあったようだ。その五郎の暮らしぶりと密接である香織は、五郎がそうする心情を亡き父から知らされている。虎彦もまたそんな香織から、この水仙は何やら八瀬の地と深く関わる曰くの花なのだという話を薄っすらとだが聞かされていた。

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「この花、神秘・・・、という言葉なんや」
 という、花言葉の話を君子から教えられたという五郎の笑顔を香織は思い出していた。
 花言葉は、植物の花や実などに与えられた、象徴的な意味をもつ言葉である。日本には、明治初期に、西洋文明とともに主にイギリスの花言葉が持ち込まれたそうだ。そんな話を君子が聞かしてくれたのだと言って、そう香織に語る五郎はいかにも嬉しそうであった。
「せやけど、悲しい花やなぁ~・・・」
 ギリシャの青年ナルキッソスは、その美しい容姿から乙女達の心をとりこにした。しかし彼は決して自分から人を愛することはしなかった。ニンフ・エコーは働けなくなるほど彼を愛したが、彼は相変わらず冷たい態度で接し通した。これを見て怒った復讐の女神ネメシスは「人を愛せない者は自分自身を愛するがいい」と呪いをかけたのである。ナルキッソスは水面に映った自分自身に恋をし、食事も出来ずに痩せ細り、白いスイセンになったのだという。
 つまりナルキッソスは、その美しさと高慢がゆえ、復讐の女神ネメシスにより、水鏡に映った自分自身に恋させられた。水面の中の像は、ナルキッソスの想いに応えるわけもなく、彼は憔悴して死ぬ。そして、その体は水辺であたかも自分の姿を覗き込むかの様に咲くスイセンに変わったという。このギリシャ神話の伝承からスイセンのことを欧米ではナルシスと呼び、スイセンの花言葉「うぬぼれ」「自己愛」が生まれたのだ。また、これがナルシスト(ナルシシズム)という語の語源ともなった。
「学名はNarcissusというのよ。原産は地中海沿岸なのだけども、古い時代に日本に渡来し野生化したの。スイセンという名は、中国での呼び名「水仙」を音読みしたものよ。水辺で咲くスイセンの姿を、仙人に喩えたと言われているわ。仙人は、中国の道教において、仙境にて暮らし、仙術をあやつり、不老不死を得た人を指すの。それは不滅の真理である、道(タオ)を体現した人とされる。だから花言葉は(神秘)とも言われてるのよ」
 五郎と同じように、香織もそんな話を君子から聞かされた。

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「密言の花や・・・」
 五郎は以前からスイセンの花をそう呼んでいた。
 仙人は基本的に不老不死だが、自分の死後死体を尸解(しかい)して肉体を消滅させ仙人になる方法がある。これを尸解仙というのだそうだ。一般にその仙人といえば、白髯を生やした老人というイメージがあるが、韓湘子など若々しい容貌で語られる者や、中国では西王母、麻姑仙人(仙女)などの女性の仙人の存在も多く伝えられている。最澄(さいちょう)は、平安時代の僧で、日本の天台宗の開祖であるが、入唐求法(にっとうぐほう)の還学生(げんがくしょう、短期留学生)に選ばれて天台山に登り、天台密教学を日本に持ち帰った。これが日本の天台宗の開宗となる。その天台宗の年分度者は比叡山において大乗戒を受けて菩薩僧となり、12年間山中で修行することを義務づける。そうした天台千日回峰行僧の修行の姿が、仙人と同じなんだと五郎は語っていた。

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「和歌子はん、どないしてはるかなぁ~」
 そういいながら香織はすっかり朝の明けた鞍馬山の方をぼんやりとみた。
「和歌子さん、て、あの芹生のか・・・」
「そうや。今でもまだ、あの牛飼の少年のこと、待ってはるんやろか」
 香織がそういう和歌子とは、今から二年前、虎彦が香織に連れられて初めて芹生の里を訪れたときに出逢った女性である。それは水仙の花がまだ蕾の固い初冬のころで、北山へと分け入って、香織が育てる水仙の丘を確かめた日のことであった。しかしその丘を見るのとは別に、そこには灰屋川の上流になる清らかな流れを、虎彦が一度眼に焼きつけておきたいという願いもあった。
「ああ、あの和歌子さんだったら、きっと待っているだろうね。彼女はそんなお人のようだ・・・」
 あの日、香織と虎彦は貴船(きぶね)の奥の芹生峠を越えて杉林の中をしばらく行き、一つの木橋を渡る途中で鼻先に籠をかぶせて牛をひく少年と行き違った。香織と同じように水仙の白さを見つめる虎彦は、その少年と牛のどうにも長閑だった光景を重ねながら和歌子のことを思い出していた。
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「せやけどバス、えらい遅いなぁ~・・・。電車だと早うに行けたんやわ」
 苛々とした口調で香織は投げやるようにいった。
「いいかい・・・かさね。人生とは・・・待ちわびることだ。あこがれて希望を待ちわびるのが、佳き人生の旅をする極意なのだ。自分で計る風なんか、たかが知れている。何かや、誰かに、計られた配剤の風にこそ、大きく享(うけ)るものがあるからね。人が人として長い人生を生きる間には、時として、動こうとしない時間も人間には必要だ。何もかもが人間の思いどうりにゆく筈もない。だから、たゞひたすらと待ちわびる。そんな委ねる時間というものを心がけることが大切になる。あの芹生の、牛を引いていた少年のようにな・・・」
 こう香織にいい聞かせながら虎彦は、めくり忘れて少し気がかりなことだが、昨年の過失、日めくりの暦(こよみ)を思い出すと新春を迎えた今どうにも苦手なのである。馬齢のせいか、眼に見えて「残り日」が減ることがじつに面白くなかった。人生というものが八十歳も過ぎると、消えていく時が見えにくいのがいいのだ。年末に日めくりを千切ろうとしたとき、どうにも心まで飛ばされるようであった。
「ふ~ん・・・、たゞ待ちわびること・・・えらい面倒な話やなぁ~」
 面倒な話を聞く途中で耳を塞ぎたいのも若さである。香織はやや目先につられ先走りする質の娘で、そんなときにいつも耳朶を指先でなぞり始める癖があるのだが、その様子をながめながら虎彦は、香織がまた悩み始めていると思うと、もう若くもにのに胸が躍る自分がいることが自身でも何だか可笑しかった。

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「儂(わし)のように老けてくると、時計が止まる時間が、どれほど嬉しいものであるかがよく解るようになる。死期が近づく手前で時計が針を止めて欲しいのだ。もしそうであれば本当に嬉しいと日々思うのだよ。これは、かさねには、まだ解らないと思う。だがね、若いかさねには、若いから耕して欲しいと思う時間がたくさんある。だから今の時間をしっかりと享け止めて見つめて欲しい。その時間とはね、真剣に待ちわびることでしか享け止めることはできないよ。だから、自分から進んで時間を止めては駄目なんだ。止めるのと享け止めるのでは大違いだからね。解るかい・・・かさね・・・」
「へえ~・・・そうなんや。せやかて、うち馬鹿やし・・・老先生のいいはること、よう解らへん」
 そそくさと虎彦から視線を逸らした香織は、くるりと元に向き直ると、さすがに主人の説法じみた難解な口どりには疲れるのか、霜柱を踏みつぶしながら妙に寂寞(せきばく)とした小さな背中をみせた。しかしそれをまたのんびりとみる虎彦の眼には、そうする香織の姿が、何やら冬ごもりのような、やわらかい絵になっていた。
 香織はむっつりとはしたものの「君子はん、今ごろ、どないしてはるやろかなぁ~」と、ふとそのことを虎彦に訊こうとして、しかしそれをやめた。
 このとき香織は、雨田家に最初に連れられて伺う折々に、置屋(おきや)の女将佳都子と竹原五郎とが同じようにいって聴かせた「ええか、あの家やしたら、ほんに香織も幸せに暮らせるさかい、一にも二にも、まず辛抱(しんぼう)やで。ええか、身を肥やす勉強や思たら辛うはあらへん。もし、辛い思ても、もう帰る家かてあらへん、そない思いや。何事も、味能(あんじょう)して、務め通さなあかへんえ」という言葉を思い返していた。

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「ただ、待っていれば、それでええんゃな!」
 香織は小さくしょんぼりといった。
「いや、そうじゃない。違う。(ええんやゃな)という、その言葉使いは少し不味(まず)いね。(よろしィんやな)と言う方が、より上品だし適切だろうね」
「へえ~・・・。待てば、よろしィんやな」
「ああ、そうだ。それでいい。だが、バスが来てくれることに感謝する気持ちが込められていないと意味がない。バスがいつも来ることを、当たり前だと思っていたら、その気持ちがすでに駄目ということだ。かさねがいつも使う言葉で(来はる)(来てくれはる)の、あの(はる)の心遣いが大切なんだね。それは、京都で生まれ育った、かさねなら、簡単なことじゃないか。何もそう身構えて考えることもなかろう。生まれたままに、すでに身に染みているのだからね。ごく自然に振る舞えばいい。バスは来るのではなく、いつも(来はる)のだからね・・・」
 こういい終えた虎彦は、吐く息の白さも白いとは感じとれぬ杉木立の陰の薄暗さの中で、今も使われているとは信じがたい、そんな古めいた臭気がふと鼻を衝(つ)いた。
 それは昔、六燭光の小さな電球が、六畳の部屋を薄気味悪く照らしていた光景である。その中央に、凋(しぼ)んだように小さく、五歳の長男、光太郎の遺体が左向きに寝かされていた。死後十日も放置され、顔面が被弾で潰された亡骸(なきがら)には、消毒液が濡れて乾かぬほど、散布されていたのであった。ふとよみがえるように感じた臭気とは、虎彦の両腕で固く抱きしめた後に、鼻先に遺された消毒臭に混ざった息子の死臭なのだ。腐ったわが子の死体を嗅がねばならぬ親の痛恨の苦しみなど、あの戦禍の時代に、誰一人として省みて涙など流してくれる者はなかった。虎彦は、その亡骸を背負って5キロほどの夜道を歩いた。
 その光太郎がまだ三歳であったころのことだ。虎彦は香織に今語ったのと同じ言葉で、幼い光太郎と会話したことを思い出した。
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「お父さん、バス遅いね。来るのかなぁ~・・・」
「光太郎、来るのではなよ。バスは待っていると、向こうの方から来てくれるものですよ」
 そんな光太郎がバスを大好きであったように、いや、亡くした息子が好きであったからこそ、そうなってしまったのかもしれないのだが、虎彦は電車とかいうよりバスに乗ることが好きであった。
「なして、そないバスがよろしやすのか?・・・」
 と、以前、香織がそう問いかけたことがある。今朝もそう問われた。そのバスが間もなくやって来てくれるであろう。虎彦が待つバスは、いつも亡くした光太郎を乗せてやって来てくれるのであった。そう思う虎彦は、そうした思いが果たして香織の場合、回答になるのかどうかさえ分からないが、ともかく応え返してみようと思った。
「私は、近年になって、生活に金をかけ始めたような、そんな生々しい富貴(ふうき)さが、まずもって嫌なんだろうね。戦中、戦後、荒れ果てていた家の中は、それでも、古い天井の下の採光の十分でない暗い家の中に幸せというものが漲(みなぎ)っていた。それにね、今は街や道は明るく、たしかに便利ではあるが、もう昼と夜の区別すらなくなっている。これも富貴な人工照明のせいで、未明などという言葉も現在では使い辛いほど、この世からは暗闇というものがなくなってしまった。やはり生きる人間には、陽と闇の按配(あんばい)がこの上なく大切なものでね。・・・」と、
 応え返そうと思うが、そうするときっと鼻の上に皺(しわ)をよせて、一気に捲くし立てることだろう。したくはないが、きっとそうする自分がいることを虎彦は自覚できていた。だから今更、香織にそんな応え方は止めようと思った。
 バスの、あの人臭さの中に身を沈めていると、バスを好んだ長男光太郎を偲べることは無論、多くの学生達が当時好んで使った言葉で言えば、何かに参加しているという好ましい実感が、乗合バスの中にはある。社会鍋や道普請(みちぶしん)にも進んで参加し、虎彦の若いころは、何より貧しいながらも生活道具を大切にし、使いこむ、磨きこむなどの工夫する痕跡に拘(こだわ)ることで得ることの、尊さや美意識めいた価値観というものが存在したし、評価されたりもした。そんな生活の模様が、当時よくバスの中には溢れていた。
 そんな風に懐かしくバスを想う虎彦は、靴の搖曳(ようえい)がおもしろいのだ。

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 靴をながめていると些細なことにまで感動することがある。バスの中の靴は正直なのであった。しかも雄弁だ。汚れても人目など憚(はばか)らぬ靴、新調だが埃をかぶり光らない靴、何年も磨きこんだ丹精の靴、いずれもが人それなりの味わいをもつものだ。しかも心が萎えて衰えそうになるとき、虎彦が一番欲するのは、群衆に紛れて、ただ一人になることである。そのためには真新しいバスでは駄目なのだ。古びてぼこぼこになった錆だらけの長い缶詰のような、鼻高のバスの中に、身をかがめていることが何よりも安らぎを与えた。
 しかし現代、そんな戦後の最中を走るようなバスはない。だからせめて今日は、わずか五歳で戦火に炙られて夭折した光太郎の遺骨の多すぎる余生を抱くようにして、不便を承知して何度かバスや電車を乗り継ぎしながら、人肌臭い車輌で奈良までを揺られてみたいのだ。
 そう思うと、八瀬遊園の方からバス影が近づくのが見えた。
 二人の待っていたバスが洛中の方へと遠ざかってしまうと、蓮華寺(れんげじ)の辺りにもう人影はない。高野川沿いに点在する人里は、低く冷たい北風の中にまだ眠っていた。

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 遠くからみている限りの比叡山は、王城鎮護の山とされた聖なる山上の天台界という印象は薄い。だが冬山だけはあきらかに違う。四明ヶ嶽の刻々と様相を変える雪景色は、神か仏の手がなしとげた天台宗ゆかりの霊山である中国の天台山を抽象させる白い鬼門の奇蹟なのだ。ともかくも山端に暮らす人々はそう感じ、そう信じて雪の四明ヶ嶽をしずかに畏れあおぐのである。
「老先生、ほら見ィや、高野川や。じきに真っ白うなるんやわ。もう寒うてカワセミもおらへん。死ぬ前ぇに、よう見とかなあかんえ~。五郎はんよく言ってはったわ。死んだら何もならんの人間だけやて。牛や豚は死んだかて丼(どんぶり)やら焼肉になりよるから人より偉いんやて。せやからお山の法師はんも、それ見習わはって精進しはるそうなんや。せやけど、カワセミは小魚漁ってよう殺生しよる。高野川のカワセミぃは人より偉いんや言うてはった。死んだらそれ見れへんようになる・・・」
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 そんな香織のつぶやきは、反対の車窓をみている耳にも届いたのであろう。虎彦はコホンと一つ咳払いをした。わずかに眼をなごめて「死ぬ前ぇに」の言葉の妙な揺らぎに、ポカンと口もとが崩れ、奔放な娘に微笑したようであった。気随な虎彦の横に訝しくチョコンとかたく座る香織は、遠のく生まれ在所あたりの冬枯れる閑(しず)かさを、もう見飽きた風景とばかりに軽く感じ寄せ、その眼だけは朗らかに輝いていた。その香織は「うちは何も頭から反対なんかしとらへん。心配なんは、老先生が死んだお父ちゃんに似てはるさかいや」と、動かざる能面みたいに反応のない虎彦を按じながらそう思うのだ。
 香織は水の流れが川石に砕けて光るのを見憶えると、下る流れがいつしか笛のような鼓動を打ちはじめ「笛の上手なお人やった。その笛にあわせて高野川の風が踊らはる」、そんな父と高野川の光景がキラキラと懐かしくよみがえりくる。そんな香織は口をひきむすんでは「何や知らん、うち変な気持や」と、つれない虎彦を横眼にながめては、しばらく眼を閉じたままにした。
「こうした何の変哲もない茫洋(ぼうよう)とした日常が、いつまで続いてくれるというのか・・・?」
 虎彦の青春期にはいつも戦争という非日常と接しあう日々の中にあった。そんな虎彦もまた香織と同じ山端の光景を眼に映しているのだが、虎彦は頭の中にポッカリと空洞ができていた。その空洞の中に、遠い遠い、故郷の奈良の、干からびた冬の古い土埃がひろがっていく。その里は万葉の、いにしえの国、大和なのである。


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                              第6話に続く
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   京都 冬。


  
   京都 八瀬(瑠璃光院)。



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  つきの暦  2013年2月

  つきの暦 2013 2



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三馬漱太郎

Author:三馬漱太郎
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Sotarou Miuma
立体言語学博士
Social Language Academy Adviser
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