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小説『花そとば』 第46話

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   はなそとば タイトル
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               第二部 山端の巫女(やまはなのみこ)   46

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      十一  花卒塔婆 (はなそとば)   



 秋子もまた兼六園の霞ケ池を眼に泛かばしては、祖父富造が三度連れて行ってくれた思い出を曳きつけていた。雪の霞ケ池が美しく映える。記憶では、ただ淋しさを堪えながら待つ小さな自分がそこにいる。そんな仕事が終わるまでの間、池の畔で一人見ていた唐崎の松の手入れをする祖父の姿を懐かしく思い出していた。
 富造は可能な限り秋子をよく旅に連れて行ってくれた。それが富造の孫守であった。
「この左馬の額と・・・、あの唐崎の松、との関わり・・・?」
 遠い日の話で、しかも雪景色の辛い天候の兼六園しか浮かばない。かじかむ手を擦りながら赤い傘をさして何時間も池の畔で心細く富造を待ていた記憶だけは鮮明にある。だが三度も富造について行った。
 おぼろげは、少し思い出してはハッとし、しかしまた消えてはシュンと沈む。
 それは秋子が4、5歳ほどのもう20年前になる幼い眼にある光景であった。だが眼に泛かぶ光景がどのようにおぼろげであろうが、祖父に連れられて行った兼六園の記憶は確かなものだ。兼六園に限らず雪の城下町を連れられて歩いた冷たさの記憶は確かにある。
 すると秋子は、曾祖父秋一郎について富造と和歌子が以前語っていた、唐崎の松に関わる言葉の切れ端をようやく胸中に曳き戻していた。

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「そうや・・・、透かし剪定やった・・・」
 兼六園の唐崎の松は、毎年8月上旬から松の剪定が始まる。御用松専任の庭師が総がかりで剪定にとりかかり、約1ヶ月ほどかかる。その方法は「透かし剪定」で鋏をほとんど使わず、手で前年の古葉を1本1本むしりとっていく手法で、雪が降ってもその間から落ちやすいように剪定する。それは雪国ならではの剪定法である。秋子は少しずつ眼にある残像と会話の記憶とを重ね合わせた。
 そして概ね11月上旬からは、木々の枝を雪折れから守るために、主要な樹木には雪吊りを行う。雪吊りには各種の手法があるが、唐崎の松は、姿の美しさで最も優れた「リンゴ吊り」という手法を用いる。曾祖父の秋一郎はそのリンゴ吊りの名手であったようだ。
 秋子はどうにも曾祖父に好感があるように瞳を輝かせた。秋子の素振りが揺れると、その度に羅国の香りが仄かに舞い立って、虎彦は甘酸っぱい梅の香を聞かされた。
 その頻度に応じて秋子の記憶が徐々に蘇るかにあることを虎彦は感じた。

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 秋子の記憶では、唐崎の松の雪吊りは、冬を迎える風物詩として毎年テレビ・新聞等で全国に紹介されるのでるが、祖父富造もそれを自慢げに語っていたことを、養母の和歌子から聞かされている。
「あッ、そうやわ。大津の松ゥいうたら、菰巻(こもまき)する言うて、向かわはったことある・・・」
 菰巻きとは、害虫駆除法で、マツカレハの幼虫(マツケムシ)を除去する方法のひとつ。マツカレハの中齢幼虫は、冬になると地上に降り、枯れ葉の中などで越冬する習性を持つ。このため、1月頃、マツの幹の地上2mほどの高さに、藁でできた「こも(菰)」を巻きつける。春先に、この菰の中で越冬したマツカレハの幼虫を菰ともども焼却し、マツカレハの駆除をするのである。
 秋子はこの作業に狸谷から数人が大津へと向かったことがあるという。そのとき使用する予定の菰が余ったらしく後日比叡山周辺の駆除に用いたようだ。伝聞きの話ではあるが、どうやら富造が奔走して役目を果たした。
 秋子がそう語る連なりを胸に並べながら、しだいに虎彦は大津市を眼差した。

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 それは兼六園に唐崎の松の種を提供した近江八景「唐崎の松」である。
 現在、滋賀大津市1丁目の唐崎神社内に、三代目だと伝わる唐崎の松が、琵琶湖畔に大きく突き出し敷地いっぱいに枝を広げて生きている。
「やはり・・・、そうでしたか。阿部家と唐崎の松とは古くから深く関わるということだ。なるほど・・・。大津のはたしか樹齢150~200年と推定されています。それなら、兼六園の唐崎の松とほぼ同じ樹齢ですので、提供を受けた松は先代のモノであったのかもしれませんね。やはり・・・」
 近江八景の松は、安藤広重の「唐崎の夜雨(やう)」浮世絵や、松尾芭蕉の「辛崎(からさき)の松は花より朧にて」という句で名高く、句碑も残されている。最初の松が、どの時期に植えられたか定かでない。一説での伝承では、天智天皇(在位626年~671年)のころとも、推古天皇(在位592年~628年)のころともつたえられている。
「やはり・・・、と言いはるンは、どないことどすやろか・・・?」
 秋子にそう訊き返されたが、虎彦は遠い眼をして秋空の雲をしばらく見ていた。

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 広重が近江の唐崎に降る夜の雨を表現した「近江八景之内 唐崎夜雨」と題されるこの版画は、一日中降りっぱなしのような強い雨を吸い込んで、大きく膨らんでしまったような松の木の表現が卓越した雨の一絵となっている。
 その広重には雨を描いた傑作がたいへん多いのだが、これはその中でも一番だと、虎彦がそう勝手に思い込んでみたくもなるほど重厚な風情の一枚である。街道の往来を閉ざして、人物が描かれていないことも、より静寂感を増幅させている。
 近江夜景の暗さを、広重ならではの飛躍力を以って、暗さを無視した暗さとして表現した巧みな力が伝わってくる。すでに浮世絵もここまでくると、時を飛び越えて雨を降らす一つの現代アートではないか。すなわちそこには、広重にそうさせた、この松が放つ霊力があるのだろう。虎彦は、人間の極限の想像力・創造力を駆使して辿りつける独創力、松はそれらを引き出せる凄みさえ潜ませていることを感じた。

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 さらに芭蕉の句は、貞享2年(1685年)42歳の作である。その句意は、湖水一面、朧に霞みわたる中、湖岸の辛崎の松は、背後の山の桜よりさらに朧で風情が深いものだ、ともなろうか。
 この句は「かな」などの切字を用いず、湖水朦朧とした実感をだすのに「にて」と和らげて巧みに余情の効果を出している。芭蕉、詩的開眼につながる一句なのだ。
 その「辛崎の松」は辛崎の一つ松で歌枕であり、琵琶湖の西岸、大津の北四キロにあって、芭蕉のころもすでに変わらずにある近江八景の一つであった。
 「花」は具体的には古歌に名高い長良山の山桜である。芭蕉がこの句で問題としているのは、それを「小町の身の朧」としている点にある。唐崎の松自体は、近江八景の一つで、近衛信尹(このえのぶただ・1564年~1614年)の画賛では、唐崎夜雨(からさきのやう)夜の雨に音をゆづりて夕風を よそにぞ立てる唐崎の松 と詠じている。
 「唐崎の松」で、芭蕉が最も気にしたのは、当然「唐崎夜雨」であることは言うまでもない。それを俳諧として芭蕉は、「辛崎の松は小町の身の朧」か、あるいは「辛崎の松や小町が身の朧」の形で詠んだに違いない。それでは、芭蕉が言う『小町の身の朧』とは、一体何なのだろうか。句の情景を噛みしめている虎彦にはそう思えてきた。
「おそらく・・・、芭蕉が詠んだ(小町の身の朧)とは、彼(か)の和歌を、どうやら元にしているものと思われる・・・」

      文集、嘉陵春夜詩、不明不暗朧々月といへることを、よみ侍りける
                                 (文集、嘉陵春夜詩)

      照りもせず曇りもはてぬ春の夜のおぼろ月夜に如くものぞなき
                     (新古今和歌集 巻一:春上:大江千里:55)

 それはまた、「源氏物語」の朧月夜に直結するものでもあろう。
 さらに、芭蕉は、それを「関寺小町」の老女に擬(なぞら)える。花は雨の過ぐるによつて、紅まさに老いたり。柳は風に欺かれて、緑やうやく低れたり。芭蕉は、そうすることによって、「唐崎の松」は、老松から老女へと変貌し、衰老落魄説話(すいろうらくはくせつわ)へと姿を変えることが出来たのではないか。
 ようするに、芭蕉が『辛崎の松』を『小町の身の朧』と詠むのは、嘗て絶世の美女であった小町が年を経て、その名は世に広く知れ渡っているけれども、今となっては、その老醜を春爛漫の風光明媚な琵琶湖畔に朦朧と晒していると見立て、風諭した。その通り、確かに立派な唐崎の松は、年を経た年代物の天然記念物であることには間違いない。この句は、そういう壮大な古典世界に遊ぶ句となっている。しかし、それだけでは、芭蕉は未だ飽き足らずや、さらに、「辛崎の松は花より朧かな」「辛崎の松は花より朧にて」の句へと句形を変容させた。
 芭蕉をそうさせた経緯には、やはり広重の一枚がそうであったように、松はそれらを引き出せる凄みさえ潜ませていることを、虎彦はやはりそう感じるのだ。

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 これらを能楽アンソロジーとして「草子洗小町」を引き出してみると、宝生流では「草紙洗」で、金剛流では「双紙洗」、観世・金春流は「草子洗小町」とし、喜多流では「草紙洗小町」と表記する。
 また小野小町を描いたいわゆる小町物は、現行曲に5曲ある。「草子洗小町」「通小町(かよいこまち)」「鸚鵡小町(おうむこまち)」「関寺小町(せきでらこまち)」「卒都婆小町(そとばこまち)」がそれである。
 さらにこれらは、和歌の名手として小野小町を讃えるもの、深草少将の百夜通いをモチーフにするもの、年老いて乞食となった小野小町に題材をとるものに大別される。
 この後者が能作者らによって徐々に形作られていった「衰老落魄説話」として中世社会に幅広く流布したものだ。「草子洗小町」のみ、若く美しい小野小町を主人公として登場させ、歌人としての面目や人情味などを描いているが、ある曲面となると、同時代人ではない小町と大伴黒主(おおとものくろぬし)を競争相手として対立させたり、貫之、躬恒、忠岑を列座させるなどして、創作されている。それにしても草子洗小町では、大伴黒主を何とも愚かしい役で登場させることか。れっきとした名のある志賀黒主と称する平安前期の歌人である。
 志賀黒主は、六歌仙の一人で、近江の人。歌は古今集・後撰集に収載されている。ただし、六歌仙の中で唯一小倉百人一首に撰ばれていない歌人ではある。しかも生没年未詳とくれば、さすがに創作者はここを突いて奇妙を語り、いつしか謡曲・歌舞伎などの題材となるなど、すっかり化けて伝説的人物化する。
「古都とはこうした幽玄の舞台なのだ。しかし、世に伏せられてはいるが、真相は常に潜在する・・・」
 その真相を、と感じたとき虎彦の鼻は、また秋子の誰が袖のごとく鈴掛けの珠に染みた羅国の移り香をふんわりと聞かされた。すると、ふんわりと百人一首の花の香りを聞かされた。同時に、その眼には京都山科小野の随心院の「はねず梅」が泛かんでいた。

               花の色は 移りにけりな いたずらに 我が身世にふる ながめせしまに


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「それにしても・・・、この和歌と、梅の花とは・・・、また妙な取り合わせではなか・・・!?」
 無意識にしろ自分で描いた二つの採り合わせ方が、なぜ生まれたのかが虎彦には不思議であった。
 この採り合わせを、間違えること事態がまず自分では信じ難い。泛かんだ歌は「花は色褪せてしまったなあ。我が身を徒(いたずら)にこの世に置き、むなしく時を経るばかりの、物思いをしていた間、空からは春の長雨が降り続けていた、つゆ知らずその間に・・・」とでもなろうか、その花は「桜」なのだ。それを知るのに、なぜ「梅」など浮かべて採り合わせ違いの花を連想したのであろうか。
 たしかに秋子の羅国は梅の甘い酸味を匂わせる。だがそれにしてもこの採り違えはないだろう。しかし秋子はなぜ秋空にも関わらず早春の梅香など振り撒くのであろうか。幾つかの不思議さが想われると、虎彦の眼は右往左往して小刻みに騒いだ。
「彩りのせいか・・・。だから採り合わせが狂ったのか・・・!」
 色でいうなら「はねず」というのは、黄味がかった淡紅色。くちなしで下染めをし、紅花で染めた染物からその名がつけられた。漢字では「朱華」とも書くが、京都山科小野の随心院の「はねず梅」は、その名の通りの紅色の花だ。しかも遅咲きの梅で、桃の花かと見間違うほどの紅花である。その深い紅色から、軽い仄かな桜とは明らかに違う。見立てを違え「梅」など連想するはずもない。
「しかし・・・、染めの(はねず)は色落ちしやすいことはある。だから、移ろいやすい心をあらわすともされ無常を誘う趣きは数寄者好みの色ではある。そうした無常があやかす仕業なのであろうか・・・」
 虎彦はかって何度も訪れた、随心院の庫裏まえの小野小町の歌碑をじっと眼差した。その「花の色は・・・」古今集の花であるから、やはりたしかに桜なのだ。

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「そうでなければ、謡曲の小野小町の妖気にでも翻弄されたとでもいうのか・・・」
 たしかに、美女の代名詞として、抜群の知名度の小野小町なのに、その生涯は謎につつまれている。そのことを含め、「百夜通い」のエピソードと、百人一首の「花のいろは・・・」の歌が、小町という女性の恋愛遍歴とその後の容色の衰えとされて、衰老落魄説話が生まれ、まさしく小野小町は「花」そのもののような儚いイメージを決定づけた。
「だがそれは・・・、創作遊戯のそれで、実際の風姿ではなかろう・・・!」
 「小野」という地名に残るように、随心院の建つあたりは、小野氏の一族が栄えたところだ。宮中を退いた後、ここで小野小町は過ごしたと伝わる。
「そうなると・・・、小町へ求愛するあまたの男のひとりに、深草少将がいたが・・・、そのせいなのか・・・」
 これも実際は、彼は余程のぼせあがっていたのであろう。「百夜ここへ通ったなら、あなたの意のままになる」という小町の言葉を真に受けて、毎夜、深草から彼女の住む小野まで通い続けた。しかも、満願直前の九十九夜、吹雪のなかで凍死してしまう。嵩じて、大雪に代人をたてたため小町に愛想を尽かされた、という講釈までが人の口を突いて出る。これでは全く死人に口無しのし放題ではないか。
 雨田虎彦はふと悪い妖気に憑かれたごとく翻弄した。
 奈良もそうであるが、京都とはエコノミクス(Economics)などでは、辻斬りのごとく冒し無残無用の屍(しかばね)を積み上げるようなものだ。都人は、禄でもない話を丁寧に受け継いできた。禄(ろく)にならない営みを懸命にし続けることにより、幽玄な美意識を保有する。
 そんな行動規範で市井の内も外もが囲われている。またそれは禄で無しの結(ゆい)により囲み遺された世界でもある。この禄で無しを、エコノミクスで割り切れるはずはない。人智では割り切れぬその都とは、鄙と呼ばれる集落の民衆が、さも道普請でもするかのごとく市井の裏陰にあって積み上げてきた。禄で無しの下らない話の好きな吹き溜りの集落は、人が犯した血生臭い一切を悉皆(しっかい)と引き請(う)けてきた。

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「この神社の名・・・、誰かに・・・、あるいはどこかで・・・、聞いたことありませんか?・・・。佐羅早松神社(さらはやまつじんじゃ)という名ですがね・・・!。さ・ら・はや・まつ・じんじゃ、ですよ・・・」
 ふと虎彦はポツリと訊いた。それまで長い沈黙が三人にあった。意外にも香織が素早く反応した。
「あッ、その神社ァの名、聞いたことある。五郎はんから、なんぼも聞いた。五郎はん、よう行かはる神社やわ。そやな、この前は6月や思う。何んの用か知らへんけど・・・、たしかにその名やわ!」
 二人から爪弾(つまはじ)きでもされたかのような連れない心もちでいた香織は、干された鯉がさも水をえたかのごとく口をパクパクさせて嬉しそうに、随分昔から御所谷の竹原五郎がその神社に通い続けていることをコロコロと早口にはしゃいで転がした。
「かさね・・・。それでは・・・、五郎さんが、まるで石のお化けみたいではないか・・・!」
 そう言って虎彦が笑うと、秋子もまた微笑んだ。そして秋子はまた香織の髪をなでた。その手をじっと嬉しそうに受け止める香織は、何とも可愛らしい秋子の子分のようである。やはりこの二人は馬が合うらしい。
「じつは、佐羅早松神社・・・、曾祖父が若いころ修行しはった神社やと聞いてます・・・」
 と、秋子は、ふと、どうしたことか、普段なら明瞭な言葉遣いをするのであろうが、秋一郎のことをそう語ろうとしたとき、一瞬、表情を強張らせてピクリと頬を硬直させた。ほんの一瞬だが虎彦はそう感じた。



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                              第47話に続く
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   京都 二十四節気 清明。


  
   京都 二十四節気 穀雨。




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   きょうと 2はなそとば 2

   クリック・ボタン gifA 5 gif   ひめくり古都の道
   京都 花そとば



  つきの暦  2013年2月

  つきの暦 2013 2



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三馬漱太郎

Author:三馬漱太郎
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Sotarou Miuma
立体言語学博士
Social Language Academy Adviser
応用社会言語科学研究員

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