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小説『花そとば』 第42話

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  こえんふどき五円風土記タイトル
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   はなそとば タイトル
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               第二部 山端の巫女(やまはなのみこ)   42

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  こじき古事記 動1 gif

           えぐちあやこ 動6 gif       きじの鳴女 動1 gif




      十  宙の雉子 (いえのきじ)   



 寝付かれぬ老眼に、最も面白く極めて迷惑な人間は誰であるかと問われたら即答できる者影が一人いる。
 じっと眼を見開いて、天井に描かれる日本人の中で、それは、もっとも面白く迷惑な男だ。
「じつに面白い・・・!。だがじつに迷惑だ・・・!」
 雨田虎彦の眼にはそう映る。
 尾崎放哉(ほうさい)や種田山頭火(さんとうか)よりもハチャメチャな坊主だが、この二人を差し置いてその破天荒な人生活動は、奔放で自由律な行動規範は、もっともっと面白く迷惑な男なのである。
 この男に、もし、付き合ってはもらえないだろうか、と問われたとする。女性であろうと、男性であろうと、きっと得になることは何もないだろう。起点は面白いが、承点で戸惑い、転点は迷惑で、終点では破綻する。
「己(おのれ)だけを活性する。結(ゆい)を活性させることはない・・・」
 何を根拠にしてそう言えるのかは、虎彦にしてすでに不明である。ただ何となくそんな確かな予感だけはする。どこまで本人の本気か判らないけど、ちょっと洒落になどならない相当な「コマセ」を撒き散らしてきた男のようだ。一つだけ上げるとすれば、破れ笠、破れ法衣で徹底した乞食行脚を続けたという、そのアナキストさは、日本の伝統集落の結を守ろうとする虎彦とは、何かと相互に衝突する。
「しかしそこに、引き裂かれる自己の感覚、という痛みはある・・・」
 虎彦は少し眼を閉じて、その痛みの不思議さを考えた。

                    理を説き名を論ずること已に十分なり
                    蒼生は何れの日に塵気を脱せんや
                    自由は人間の世には在らずして
                    放曠なるはただ天上の雲に看るのみ
                                            鉄心

                  うらべ 卜部哲次郎 動1 gif

 この卜部(うらべ)哲次郎については『尺土』『我等の詩』『自由人』や『虚無思想研究』などの小さな雑誌を踏みこんでいけば、忍ばせる足音を経て、顕れる影のそれらを通じて彼がその時代に出逢った人びとの顔色におのずと結びついてくる。時間をかけて君子に調べさせてきた。
 その面々らは、つまり、加藤一夫、宮嶋資夫、高橋新吉等であり、辻潤・小島キヨである。あるいは小野田保藏であり、大原外光である。その後に、中村戒仙、足利紫山、河野宗寛、澤井進堂などの臨済宗の僧にも多数出遇っている。師僧の中村戒仙とは、その妻・章子に関しての「守護役」も一時委ねられるという関係も出てくる。そして、 師僧の中村戒仙以上に、 最も深く卜部哲次郎のことを心に掛けていたのは、宇和島の大乗寺の住職でもあった河野宗寛であったのではないか。君子の資料ではこれらの人物が泛かんでくる。
「阿部富造と、中村戒仙との、接点がどこかにある・・・!」
 明日にでも虎彦が秋子に会ってみることにしたのは、虎彦がこのように考えたからだ。
 阿部家と卜部哲次郎が直に結びつくのではない。卜部哲次郎をフィルターにして、中村戒仙と章子との関係意識を濾過することを考えていた。そこで卜部哲次郎に加勢を求めたいのである。
「しかしそれはアナキストの哲次郎ではない・・・」
 日本においては、「僧形の俗人」の伝統ということが確かにある。放哉にしろ山頭火にしろ、はたまた芭蕉にしろ西行にしろ、あるいは上古の天皇にしろ、そういう例はあまたあった。各寺派宗務では、この「寺男」と呼ばれる「僧形の俗人」がいたことを認めている。「寺男」は「寺務」を主な役割とするが、いわゆる「僧形の俗人」は「寺務」には重きを置いてない。卜部哲次郎の関心事もどうやら別のところであるらしい。
「その卜部哲次郎が出家している?・・・、とは今もって信じ難い・・・」
「愛媛から生まれ出たという卜部哲次郎の(卜部姓)がどの血脈かは判らないが、関心はその姓にある・・・」
 卜部氏は、中臣氏と同族である。天児屋根命裔の大中臣智治麿の子、平麿が卜部姓を賜姓されるに始まると伝えられる。平野社家や「徒然草」で有名な兼好法師は後裔である。堂上家としては、吉田家、萩原家、錦織家、藤井家、の4家がある。忍見命に始まる壱岐卜部氏の末裔は、松尾社家(月読社長官)として系を伝える。他に分流として武蔵卜部氏、伊豆卜部氏、常陸卜部氏がある。
 虎彦はこの根を引き出してみたくなった。哲次郎という「ウラベ」さんは、食客、つまり僧形の俗人だったので、少し脇に置いておきたい。そもそもこの男、勝手に拝借した法衣を在家に座り着て思想するなどとう寺男まがいの半端な魂胆と存在が心外であり論外である。
 そう思いながら眼を閉じていた雨田虎彦は、いつしか深い眠りに落ちていた。

                なかむら 中村戒仙 自画賛 動 gif

 その眠る虎彦の眼に、一幅の自画賛が枕の上に浮かんでいる。
 夢の世界のそこは、どうやら今日は茶の稽古日である。
 夕方には生徒の香織がきっと暑そうにやってくる。
 昼ごろから急に気温が上がりとても蒸し暑い。
 午前中に少し雨が降ったが少しも暑さは変わらない。
 そこで香織に少し涼しさでも見せたくて、軸は竹に蜻蛉が飛ぶ、中村戒仙の自画賛を掛けた。
 中村戒仙とは、隋應戒仙スイオウカイセンのことだ。
 明治14年生まれ、昭和47年(1972年)に入寂、92歳だった。
 大徳寺508世で、聚光院住職であった。
 道号は隋応、法諱宗雄・室号は直入軒。号は雪山・高安、望待居。姓は中村である。
 この軸には前大高安叟書とある。
 真直ぐに伸びた竹、サヤサヤと葉擦れの音のみが聞こえる。
 蜻蛉は大きな目を開き、情勢を見つ、様子を見つつ近寄ってくる。
 そのトンボは後戻りは決してせず。古来より勝虫と呼ばれた。

 この「勝虫」をじっと見つめていると、虎彦はそして眼に二人の座り影が揺らいだ。
 すると二人の男は面白い会話を始めた。 食客問答である。 
 置候 辻 潤。居候 卜部哲次郎。

                    つじじゅん 動1 gif   うらべ 卜部哲次郎 動2 gif 

 哲・・・・・・「先達つて、例の變人易者冷光草舎が八卦を見て呉れて(辻潤の家なんかに居候して居ると、一生うだつが上がらない)と言つてたぜ」
 潤・・・・・・「易者でなくつたつて、誰だつてさう思ふさ。俺だつてその説には賛成だな」
 哲・・・・・・「勿論、僕と雖も夙にさう思つてたがね。それでも冷光の曰くさ(君は西方が方位が好いから、西に移轉したまへ)とよ。いくらか移轉料を出して呉れないかね」
 潤・・・・・・「冗談言ふなよ。出て行つて呉れるのは有難いが、追ひ錢まで出して耐まるものか。西の方なら先ず大阪だ。(サンデー毎日)の望月満の下宿にでも轉がり込めよ。彼も嬉ぶだらう」
 哲・・・・・・「はつはつ泣いて嬉ぶか。しかし居候の引つ越したあ氣が利かないな。もつとも去年の夏は東海道は沼津を振り出しに神戸の長谷川修二宅に至るまで四ケ月の居候行脚をやつたよ。これを稱して移動食客と言ふ」
 潤・・・・・・「好い氣なもんだね。食客ならまだしも、君のは飲客、時とすると争客になるのだからアウト・ハットだよ。何でも、以前にI中佐の家に居た時なんか、居候の癖に妻君を怒鳴りつけて、茶碗を敲き壊はしたさうじゃないか。何うもよろしくないね。何うせ去年の夏も、海道筋の友人連は被害甚大だつたらうよ」
 哲・・・・・・「洪水みたいに言ひなさんな。しかし一概に居候々々と賤稱するが居候だつて一寸やそつとで出來る藝當ぢやないんだ。辻潤も今日では出世して兎も角も置候の身分になつて居るが、もとを質せば菜種なりで、相當に居候の体験もあるから御存じだらうが悠々として三杯目を出し揚々として二階に寝轉がる心境には、おいそれと誰でもが到達出來るものぢやないぜ。第一拙らない人間なら人が置いて呉れやしない。よく來て呉れたまあ暫く居たまえと言はれるには、それだけの人格と學識が必要だよ」
 潤・・・・・・「馬鹿言へ。よく來て呉れたなんて誰が言うもんか」
 哲・・・・・・「だから坊主の方では居候の事を尊宿と稱ぶ。尊く宿つてやるんだね」
 潤・・・・・・「ちえつ。居候がソンシユクなら、置候は(損スル)だろ」
 哲・・・・・・「支那には清客という言葉さえある。教養ある居候で主人の話相手になれる者を言う」
 潤・・・・・・「下らない事をよくも知つてやがるな。しかし仏蘭西語ではパラシユートと言ふぜ。主として二階に居て時々降りて來るところはパラシユート(落下傘)そつくりだ」
 哲・・・・・・「そう貶したものでもないぜ。ツルゲエネフの小説なんか、主人公は大抵居候だ。(父と子)のパザロフ然り、(處女地)の何とか言う奴然り、ルーヂンに至つては居候のデモレートなるものだ。その他、大抵の小説に一人や二人の居候が活躍している。つまり居候の存在によつてのみ、人生は藝術の対象たり得るものだよ」
 潤・・・・・・「そんな判らない話があるものか。居候の出て來ない小説だつて、幾らでもあらあ」
 哲・・・・・・「西洋の小説ばかりじゃない。日本の小説だつてさうだ。例へば(大菩薩峠)あの小説に出て來る奴は、殆んどが移動食客だ。机龍之介の生活費はいつたい何處から出てるんだね」
 潤・・・・・・「變な所ばかり氣をつけてやがるな」
 哲・・・・・・「小説ばかりでなく、人間だつて、古来名を成した奴は、多く是れ食客出身だ。孟甞君の鶏鳴狗盗は言はずもがな、武田信玄だつて、徳川家康だつて食客上がりだぜ」
 潤・・・・・・「あれは食客ぢやない、人質だよ」
 哲・・・・・・「人質だつて食客だつて、客觀的には同じ事だ。松尾芭蕉と來ると、正に是れ移動食客の哲學をシステマテイツクに築き上げた元祖だ。(光陰は百代の過客、何とかは何とかの逆旅)なんてな食客的人生觀は、後世のエピゴーネンに絶好の口實を與へたものだよ。その他十返舎一九然り、喜多川歌麿然り、國定忠次然り、妲妃のお百然り」
 潤・・・・・・「妲妃のお百たあ何だ? 恐ろしく自分の都合の好い例ばかり引きやがつたが、しかし何だぜ、カール・マルクスは食客なんかしなかつたぜ」
 哲・・・・・・「だからマルクスなんか駄目さ。酒もよう飲まず、居候もようせず、畢竟フィリステインだね、あんな奴は」
 潤・・・・・・「驚いたな、言ふ事がまるで反對だ」
 哲・・・・・・「はつはつはつ。さて、以上長々と食客禮讃を述べたが、今度は置候側から、何か御感想をお洩らし願ひたいですな」
 潤・・・・・・「感想か。感想は無味カンソウでげすな。しかし考へてみると、俺の家にも随分種んな奴が出入りしたもんだ。文士、思想家、革命家、かつぱらひ、活辯、役者、坊主、乞食、女給、多い時には數人尠い時でも必ず一人は誰か居たからなあ。最初から累計をとつてみると、五十人ではきくまいよ」
 哲・・・・・・「お蔭でだいぶ儲かつただろう」
 潤・・・・・・「儲かつた?、人聞きの悪いことを言つて呉れるなよ」
 哲・・・・・・「左樣じゃないか。かりにも居候と稱ぶからには、三度の食事は三度食わせ、偶には小遣いも呉れてやり、夏冬の着物も支給するのが當然だ。こゝの家とくると、箪瓢屡々空しく、置候の方で三杯目を気兼ねして居る始末だ。小遣錢どころか、居候が酒の工面をせねばならない。着物なんか、うつかりして居ると直ぐ剥がれてしまうからな」
 潤・・・・・・「そんなら居候しなくても好いじゃないか」
 哲・・・・・・「ところが此間例の大山岩山坊主に逢つた時、彼も言つていたよ。どうせ辻ホテルの居候は引き合はないんだが不思議に一度彼處に足を踏み入れると容易に抜け出せない。つまり一種の泥沼みたいもんだとさ」
 潤・・・・・・「辻ホテル?、可笑なことを言うなよ。混つ返しはやめて暫く謹聴しろよ。そこでだね頭を回らしてそれ等の居候の事を憶い出してみると随分變つたのが居るよ。最も驚いたのはフランスから歸つて來た時だ。家へ歸つてみると曾て見た事もない人物が留守中に居候に來て居る。それが從來の連中と違つて、頗る精勵なんだ。洒掃應接炊事に至る迄、家政一切を切つて回してるんだ。俺はちょこなんと二階に祭り込まれた恰好で。まるでお客に來たようなものだ。一寸面喰らつたね。そんな勤勉なら居候なんかしなくとも好ささうなものだが」
 哲・・・・・・「そこが泥沼の泥沼たる所以さ」
 潤・・・・・・「そんなもんかね。もつとも初對面の居候もちょいちょいあつたね。吉田一の紹介状を持つて、下宿が見つかる迄二三日置いて呉れと言つて來たのがあつた。面白い人物らしいので泊めて置いたら、二三日が二三ケ月になつた。その後何うしたのか、とんと音沙汰がないが」
 哲・・・・・・「いやにあつさりしてやがるな」
 潤・・・・・・「もつとあつさりしてるのがあつたよ。例の平屋の家にいた時分さ、座敷で本を讀んで居たら、庭から入つて來て縁側に上がる奴がある。それが夜中なんだよ。君か百瀬二郎でも來たんだらうと思つて居たら、「今晩は」と言つて障子を開けて入つて來た奴を見ると、一度も逢つた事もない、不景気な男なんだ。泥棒にしてはいやに落着いてやがるなと思つてると、實は暫く先生のお宅に置いていたゞきたいと、斯う言やがるんだ。流石の俺も呆れたね。どこで聞いて來たのか知らないが、俺んとこを無料宿泊所みたいに思つてやがる。第一、夜中に、裏口から案内も乞はずに上がつてくる奴が何處の世界にあるだらう。あんなボロ借家でも俺にとつては城廓だからね」
 哲・・・・・・「城廓?、 うつぷ」
 潤・・・・・・「左樣ぢやないか。癪に障つたから、一場の訓示を與へて、追ひ返したよ。幾ら何でもあんなのは困るよ」
 哲・・・・・・「何かもつと、食客に御てこづらされになつた事をお話し願います」
 潤・・・・・・「御てこづらされなら、毎も御てこづらされになつて居ますな。君も知つてるだらうが、例の強盗一件なんぞは何うだね。二階のお歴々が三人、酒を飲みに出かけた。酔つ拂つた舉句、ふざけるにも事を缺いて、そのカフエでかつぱらいみたいな事をやりやがつて、警察に引つ張られたんだ。仕方がないから、俺がのこのこと警察に貰ひ下げに行つたらね、警部閣下が威張り返つて「お前の家は泥棒を飼つてるのか」と言やがつた。警部も失敬な奴だが、居候共の所業も癪に障つたね」
 哲・・・・・・「孟嘗君以来、居候と鶏鳴狗盗は付き物らしいな」
 潤・・・・・・「新聞は新聞で(ダダイスト辻潤方に巣食う泥棒)などと書き立てやがつた。何もそんな場合に、ダダイストを云々しなくたつていいじやないか。何か、ダダイズムと泥棒と因果關係でもあるのかね」
 哲・・・・・・「ない事もないだろう」
 潤・・・・・・「何を言やがる。しかし、まあそんなのは酒の上の惡ふざけで、笑つて濟んだが、何日か一寸の間泊めてやつた文学青年と來ると(私は辻潤の家に居る者ですが)てな事を言つて、俺の友達を訪ね廻り、あはよくば小遣錢に有りついてやがる。何うも、やる事が小汚なくつて厭になるよ」
 哲・・・・・・「だから置候も人選が肝要ですよ。その點僕の如きは安心して置けると言ふもんだ」
 潤・・・・・・「へえ、さうですかねえ。呆れたもんだ」
 哲・・・・・・「實際、居候にも酷い奴が居るからなあ。Sが暫くMの家に居た事があるが、そのころSと同郷の男が上京して、ちょいちょいSを訪ねて居るうちにずるずるとMの家に入り込んでしまつた。まあ、其處までは好いとしても、今度は更にその男が自分の友人まで引つ張り込みやがつた。Mとしては、自分の友人のSの、そのまた友人の友人なんか置く義理はないのだからね。敲き出しちまへと僕は言つたんだが」
 潤・・・・・・「常識なんか無くつても好いが、他に何にもなくつて、おまけに常識もないと言ふ奴には全く困りもんだからな」
 哲・・・・・・「今度は一つ居候の觀た置候に就いて論じやうかな。僕も此の三四年はまるで他人の飯ばかり食つて生きて來た。東は東京西は九州朝鮮に至り、體裁よく言へば酒を載せて江湖を漂泊したんだね。もつとも、僕の訪ねて行く奴には氣兼を要する人間は居ないが、何分僕の友人は若い奴ばかりで、未だ老人の頑張つてるのが多いので、やゝともすると家庭爭議が起こりやがるんだ」
 潤・・・・・・「そりやあ左様だらう。君みたいな奴が行つて、横柄な顔して朝から酒を飲んでたら、誰だつて驚くよ。こんな者と交際つて居ては、自分の息子が堕落して終ふと思ふだらうよ」
 哲・・・・・・「だが、そのうちには老人も死ぬだらうし、友達も追々偉くなるだらう。新聞記者をして居る奴は編輯長に、會社に勤めてる奴は支配人に、銀行員は重役に、勞働屋は代議士に、坊主は管長樣にそれぞれに出世するだらう。さうなりや居候だつて樂だからね。まあ、それを樂しみにしてる次第なりさ。あつはつはつはつ」
 潤・・・・・・「呆れたなあ、一生居候するつもりか。あつはつはつは」
 哲・・・・・・「しかし置候でも酷いのが居るぜ。Uの家に暫く居た事があるが、家主が督促に來ると、何分此の通り居候にまで轉がり込まれて居るもんですから、とか何とかね。僕を家賃の斷りの道具に使ひやがつたよ。なあに、僕のお蔭で酒が飲めていた癖に」
 潤・・・・・・「俺んとこの家主だつて、毎も二階に居る人は何人ですかと聞いてたぜ」
 哲・・・・・・「ふん、餘計なお世話だ。ところで、滑稽な事には、此處の家なんか置き慣れてるからそんなことはないが、普通一般の家では、始めの間はちやほや言つていても、やがて一週間となり、十日となると、そろそろ閉口垂れやがるのだ。無理もないさ。穴勝ち物質上ばかりでなく、変な奴に我物顔にふんぞり返つて居られちゃあ、餘り愉快なものでもないからな。僕だつてその位の神經は働くけど、しかし居候一つよう斷らずに、もじもじしてる奴を見ると、小癪に障つて來て、そうなると意地にでも……」
 潤・・・・・・「おい、おい、、冗談じゃないぜ。意地で居候されて耐まるものか。しかし何だね、つらつら観ずるところにだね、居候にも二つの類型があるね。百瀬二郎や川口K介みたいに、あつちに三日、こつちに四晩と轉々して居るのと、君のやうに比較的一個所に碇を下ろしているのと。知らず、その得失孰れだね?、哲、商人が銀行と取引する場合、一つだけの銀行と深く關係を結ぶ場合と、多くの銀行にコンネクションをつける方法と、兩樣あるからね。それあ人と環境によつて一概には言へんさ」
 潤・・・・・・「おかしな例を引きやがるなあ」
 哲・・・・・・「も一つ別個の觀點から見て、二派に分類することもできるね。つまり勤勉派と怠惰派さ。僕なんか後者に屬するね。落語に出てくる居候も大概此の型だがね。なるたけ大樣に構へて、縱の物を横にもしないで居る。生来怠け者の故でもあるが、一つにはこれがポリシーだよ」
 潤・・・・・・「そんなポリシーは棄ててほしいね」
 哲・・・・・・「そうかと思ふと、居候の癖に恐ろしく小まめなのが居る。川口K介なんかはその型だね。やたら居候が家の内政に干渉する、臺所まで出張つて行つて、漬物の鹽加減にまで容喙するのだから驚くよ。大山岩山和尚とくると、干渉を通り越して叱言だ。まるでその家の大久保彦左衛門みたいな気になつて、新聞を讀むのは無意義だとか、活動なんか觀に行く必要はないとか説教するんだ。置候が恐れをなして、岩山の隠れてこそこそ行動して居る始末で、こうなると何つちが主人だか判らない。はつはつは」
 潤・・・・・・「大變な奴が居やがるなあ、はつはつはつ」
 哲・・・・・・「さて、下らんことを長々とお喋舌りしたが最後に結論として、何か食客概論のやうなものを一席お願いするかな」
 潤・・・・・・「食客概論?、そんな變てこなものは考へたこともないがね。しかし、まあ何だね、芭蕉の所謂百代の過客と言う奴だね、人生は如露如電、それを知らずに、いや知つて居る癖に、齷齪として、やれ所有だとか、やれ財産だとか、獨立だとか、職業だとかつて騒いでる奴の気が知れないね。それも好きでやつて居るのなら好いが、何かそれが至上命令でゝもあるかの如く、ちょこまかと驅けずり廻つて、ぺこぺこと頭を下げて、やつと三疊と四疊半と六疊の借家の活計を立てゝ、月賦の茶箪笥でも飾り立てゝ、以て能事終れりとして、嬉び勇んで中外に誇つてる奴なんかに較べると、居候の方がより眞にして善なる生活様式かも知れないね。老子の所謂(無為にして座す)と言う奴で、天地と化を同じゆうして居るよ。はつはつはつ」
 哲・・・・・・「そんなに奨勵して居ると、また裏口から入り込んで來て(今晩は。暫く置いて下さい)をやられるよ」
 潤・・・・・・「ぢやあ、取消しだ」
 哲・・・・・・「しかし、置候側からそんなに賞讃されると、一寸くすぐつたくなるね。先達ても或る友人に逢つたら、君は居候の癖に厭に泰然として居るなあと褒められたが、必ずしも泰然たるのみでもない。角兵衛の太鼓で腹で泣いてるんだ。成る程、理論上では居候は正當としてもだね」
 潤・・・・・・「正當?、何が正當なものか」
 哲・・・・・・「實際上は、長年の人間生活の愚かな慣習が、なかなか抜けきらないもんでね。例へば、夜なんか電車に乘ると、大抵の乘客は自分の家に歸る途中らしいんだ。居候なんかは滅多に居ないね。で、それ等の人間を見て居ると、一方では『人が皆家を持つてふ』悲しさを嘲ひたくもあり、その癖、心の一隅では、三十にして家を成さず、孤剣天涯に放浪して居る身の上を、多少は淋しんでもみるね」
 潤・・・・・・「へん、柄にない事を言ふね。そんなら奮発して、四十にして家でも成せばいゝぢやないか。そしたら俺が居候に轉がり込むからな。あつはつはつ」
 哲・・・・・・「よう言はんわだ。はつはつはつ」
     (了)

「頭痛でも引き起こしそうな、こんな問答なんか聞きたくはないわ・・・!」
 と、虎彦は訝しく顔を顰(しか)めた。
 男二人の問答が終わると、それを夢とも知らず虎彦は、瓜生山の小さな祠が泛かんで、その耳にまた雉の鳴女の泣く声が聞こえた。


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                              第43話に続く
                      みうまそうたろう 文字 かな 正

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  きょうの細道    C 11 gif



  
   京都 二十四節気 清明。


  
   京都 二十四節気 穀雨。




   そうごリンク
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   きょうと 2はなそとば 2

   クリック・ボタン gifA 5 gif   ひめくり古都の道
   京都 花そとば



  つきの暦  2013年2月

  つきの暦 2013 2



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立体言語学博士
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