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小説『花そとば』 第41話

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   はなそとば タイトル
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               第二部 山端の巫女(やまはなのみこ)   41

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  こじき古事記 動1 gif

           えぐちあやこ 動6 gif       きじの鳴女 動1 gif




      十  宙の雉子 (いえのきじ)   



 牧野という男には白秋に関する書簡が数多く遺されている。
 数の多さと内容でその親密な間柄は内輪話も気軽に暴露されて瞭然であろう。その男に章子(あやこ)の雀がどのように映っていたのかが虎彦の関心を曳きつけている。
 牧野は二人のよき仲介者であったはずだ。その眼を媒体にして、手紙の雀がどう印象化されていたのかは虎彦にとって大きな関心事であった。
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 牧野律太は「新愛知新聞」などへの投稿時代を経て「短歌通信」を介して北原白秋と知り合っている。彼が暮葉と号したのは十代の終わり近くらしく、以来白秋との文通・交際は、昭和17年に白秋が死ぬまで続いた。白秋が最も信頼した友人の一人であった。
 白秋が暮葉(本名律太)に宛てられた手紙の中には、金銭の寄付を頼んだものもある。そのため父鉄蔵が中津川銀行の監査役であった暮葉は、父からその都度お金を出して貰っている。白秋はその返礼として短冊などを書いて送った。弟鐸爾の結婚式の引出物は白秋の短冊であった。
 相互の往復書簡は、章子との離婚直後あたりまであり、白秋のものばかりでなく章子、白秋の妹で山本太郎の母である家子・ばあや(三田ひろ)などのモノがある。
 それぞれの受取人である牧野律太は、信州恵那郡長島町永田に生まれた。牧野家は村役場まで他人の土地を踏むことなく行けたというほどの豪農であった。父は村の有力者で、その鉄蔵には男三人、女四人の子があり、律太は長男として誕生し、若くして地方新聞雑誌に投稿するなど詩歌への道を目指していた。牧野律太は昭和42年8月に74歳で病没する。白秋と章子が他界した後、20年は生きた。
 雀に気を取られると、他の鳥も気になる。虎彦は白秋の詩を一つ思い出した。 鶫(つぐみ)の詩である。日本では冬季に越冬のため飛来するから冬鳥として見られる。その「つぐみ」という和名がいかにも妙で、冬季に飛来した際に聞こえた鳴き声が夏季になると聞こえなくなる、このことが(口を噤んでいると考えられた)ことに由来するという。
 それならば、ときとして口をつ噤む鳥、あるいは噤み生きる鳥とも置き換えができる。また何よりも平地から山地にかけての森林、草原、農耕地などに生息するこの鳥は、属性も同じだが姿までもが雀にじつによく似通っている。

                            ツグミ 動 gif
          ちび鶫

          1  暗いうちから
             わしゃ山かせぎ
            「腰には水筒、山刀
             肩には鳥網、蓑と笠
             えさえさえさっさ、えっさっさ
             水鼻かみかみ、九十九折
             北風びゅうびゅう、すっとんだ」

             これも誰ゆゑ
             アリャコノ、ちび鶫


          2  かうと、網張りや
             もう、手のものよ
            「鳥屋にはゐろり火、自在鍵
             徳利に濁酒、山の薯
             ちろりや、ちろりや、ちんちろり
             山鳥やほろほろ、雉子けんけん
             夜明けの明星、ちんちろり」

             逃がしやせぬぞへ
             アリヤコノ、ちび鶫

             渡り鳥
             遠く鶫の
             飛ぶ空見れば
             冬も末かよ
             ちりぢりと

             渡り渡りの
             みな 風の鳥
             いつか吹かれて
             ちりぢりと                白秋全集二九巻『日本の笛』別れ霜


「この詩は比喩すれば、山守が口を噤む何かの戒め、冬の賦(くばり)、啓示ではないのか・・・!」
 そうも推察させる、詩にも思えた。
 章子が京都で暮らしているころの歌に「人間を枯れ木とおもふ吾ゆゑにこの山住みをさみしとはいはじ」があるではないか。その後、大徳寺の僧・中村戒仙と恋に落ち、二人は同居した。
「御嵩町の吉祥寺・・・か。・・・!」
 おもむろに虎彦はその眼の中の絵を一転させて岐阜の光景に差し替えた。
 さて・・・、虎彦が奈良ホテルで来日したM・モンテネグロと会ってから早1年半が過ぎようとしているのには自分の足を動かして、過去に流れた時間を少しでも埋め戻す期間に宛がったからだ。雉の鳴女の行方を追っていくつかの旅をした。その一つに岐阜の残像が眼の奥にある。

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 東濃の御嶽といえば、浮世絵師「安藤広重」による名作「木曽海道六拾九次」シリーズのうち「御嶽宿」の作品がある。広重は御嶽では宿場の中ではなく、細久手宿から御嶽宿に至る街道沿いの木賃宿をモチーフにした。
「高山線太田駅御嵩町軽便より十丁・・・」
 これが虎彦が訪れた吉祥寺の所在地であった。昭和13年の正月に、この吉祥寺から差し出された一枚の年賀状にそう記されていた。
 御嵩町軽便より十丁、とあるのは、現在の名鉄広見線御嵩駅からの距離に等しい。虎彦はこの吉祥寺を見定めておく必要に駆られて訪ねた。

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 寺は丘陵地帯を抜け古屋敷から可児市久々利へ出る山中にあった。
 山腹に大きな石を積み上げてその境内を確保している。吉祥寺は、寺というよりかは民家風の切妻造り平屋建てのお堂であった。まず玄関にかかげられた「華獄山」の文字をながめた。そして境内を見渡して「何と静かなたたずまいであろうか。淋し過ぎる。当時はもっと寂しかったはずだ。きっと賑やかで洒落た女には何とも居たたまれない寂しい生活だったのであろう」と思った。
 そんな憶測を抱いて寺の人を尋ねたが、住職は不在である。どうも久しく寺は留守らしい。しかたなく古屋敷まで戻り、目星の女性について聞いて回ったが、何分古い話の消息で記憶している人は少なかった。80を過ぎた老いの身で京都から、ようやくこの土地に残された裏面史の一部分を垣間見れる瞬間なのにと思うと、まことに残念な気がした。付き添ってきた香織も何しに来たのかと眼を丸めていた。ともかくも消息の女性は、この寺で頭を丸め尼僧となり、足かけ4年ほど棲んでいた。

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「あれは・・・、昭和12年10月のことだ・・・」
 吉祥寺を後にしながらそう考えた。 
 その昭和12年、東濃路を走る国鉄(当時)中央線の上り列車内で、脳いっ血で倒れた女性がいた。乗客たちの加勢もあって、その女性は多治見駅から担架で多治見の校条医院に運ばれた。女性の素性は、多治見の虎渓山永保寺に参禅するため、長野県蓼科からやってきた中村妙章尼という尼僧であった。
「・・・山を繞らす丘には雉子兎も来り古池には鴛鴦や鴨も自らむれ極めて閑寂の境に御座候間、御序の折には御尋被下度願上候・・・中央線多治見駅よりバス御嵩町行四十分、高山線太田駅御嵩町軽便より十丁」
 とは、その中村妙章尼が吉祥寺から差し出した年賀状の文面である。
 大正9年5月に突然、白秋と離婚した章子は、京都・大徳寺で座禅を組んでいた。そのとき茶人千利休の墓のある同寺の塔頭聚光院の住職中村戒仙師と出会い、やがて結婚した。章子43歳のときである。世間に、このことは白秋前夫人の再婚として、新聞であたかも芸能スクープのごとく報道された。

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 その戒仙は、長野県・蓼科に観音堂を建立し、章子が堂守を務めた。虎渓山への参禅旅行はそのときのことである。列車内で斃れそうな病状で校条医院に緊急入院し、退院後、戒仙に連れられて来たのが、現可児郡御嵩町古屋敷の吉祥寺であった。戒仙は京都と御嵩とを往復しながら、章子の看病に当たった。このとき章子は右手が不自由になっており、さらに胸も患っていた。
 雨田虎彦が吉祥寺を訪ねたのは、100年も前のそんな江口章子の消息のためだ。寺は留守であったが、古屋敷や顔戸など、御嵩町内で章子の消息を訊いた。
 寺には当初、戒仙らしき僧も来ていたようだが、若い僧がときどき来て、境内の草取りや力仕事をしていた。また看病人の尼さんが滞在していたこともある。そんな風聞を虎彦は拾った。さる老いた婦人は、寺へ行ったら妙章さんが縁側に足を投げ出し、ぼんやりしてみえた。声をかけると「座禅中だから静かに」と、厳しい表情でにらまれた。またさる御仁は、野菜を届けた。妙章さんがお礼だと言って、短歌を書いた障子紙の切れはしを下さった。きれいな字で、章子と記されており、本名だと知った。さらに、妙章さんは不自由な体で、杖にすがりながら托鉢に出られた。ムラで少しばかりの地芋(里芋)をもらわれ、休み休み運ばれた。見兼ねて私が子供に言い寺まで運ばせた、と語る人もいた。
 だが何よりも虎彦が惹かれたのは、昔、大井(恵那市)でツグミ(鶫)を食べた。大変おいしかったので、また食べたい-からと話された、という話を聞かされたその内容である。
 このとき白秋の「ちび鶫」の詩が脳裏にピンと湧いた。
 そうひらめいた胸の内側で、大正7年11月に、白秋・章子夫妻(当時)が弟子の牧野暮葉氏に招かれ、今の恵那市長島町永田の鳥屋を訪ねたときの出来事が同時に重なった。白秋はどうやらこの鳥屋が余程気に入ったようで「永田の鳥家の印象」「永田山の印象」などの副題で、『別れ霜』『ちび鶫』『渡り鳥』などの詩を詠んだ。次第に次は『美濃びとに』の詩を詠み、これは現地の詩碑として昭和46年に建てられた。

             ほうい ほうい ほうい、
             霜が濃いぞ、鶫よ。

「このときの・・・、章子が代筆した永田訪問の礼状が、牧野氏方に残されている・・・」
 そう思う眼で虎彦はまた「・・・全くうれしい有難い2日間でした。鶫からの印象一生忘られぬ事と思います・・・」という章子の手の文面を脳裏の底でそっと廻らした。章子がそうしたその前年、白秋は『蛍』と題した随筆を発表していた。そのなかで白秋は、貧しいため、妻(章子)にダイヤの指輪も買ってやれないと記している。その当時は未だ互いが仲睦まじきころだ。章子には、愛されていた実感がある。それゆえに、寂しい吉祥寺暮らしであるだけに、白秋と一緒に食べたツグミ(鶫)の味は、生涯忘れられなかったのであろう。
 そんな章子の寂しい呟きは、章子の早春賦でもある。
 その「賦」とは「くばり」であり、愛憎狂おしき女の訴状である。虎彦は名鉄御嵩駅へと向かいながらその告訴の赤い唇を思うと、自然と「ちび鶫」の詩が口を突いて出た。
「何や・・・その歌ァ。それ・・・五郎はんがいつも歌いはる歌やわ!・・・」
 駅のホームで、香織は、丸い眼をさらにパチリと瞬(まばた)いて笑みた。そういう五郎とは、御所谷の竹原五郎のことだ。ふと湧いた香織のその一言に、虎彦の鼓膜が妙に揺らいだ。
「かさね。五郎さん・・・、この詩、知っているのかい・・・!」
 と、咄嗟だが、こう訊き返した。虎彦は意外なことを耳にした。とても五郎の風体に似合うとは思えない。どう廻らせても似つかわしくない。想像する五郎の表情が朦朧すると、虎彦の指先が振るえた。
「亡くなりはッた富造はんに、習いはったんや。そない言うてはッた・・・」
 極平然と、さりげなく香織は、阿部富造の名を引き出してきた。
「あのとき・・・、ホームで香織の一言を聞くために、私は吉祥寺を訪ねたのかも知れない!・・・」
 そう思うと、虎彦はまた秋子の笛の音色を覚えた。富造はすでにこの世に亡き人である。その亡き人への回想を廻らすには、血筋の秋子を媒体にして辿らねばならない。香織にしても、五郎にしても、事の詳細は疎いのであろう。虎彦は明日にでも秋子に会おうと思った。
 そして虎彦は瓜生山の頂にある小さな祠の陰が、さやかに揺れる感触を抱きつつ寝床についた。



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                              第42話に続く
                      みうまそうたろう 文字 かな 正

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  きょうの細道    C 11 gif



  
   京都 二十四節気 清明。


  
   京都 二十四節気 穀雨。




   そうごリンク
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   クリック・ボタン gifA 5 gif   ひめくり古都の道
   京都 花そとば



  つきの暦  2013年2月

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Sotarou Miuma
立体言語学博士
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