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小説『花そとば』 第39話

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  こえんふどき五円風土記タイトル
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   はなそとば タイトル
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               第二部 山端の巫女(やまはなのみこ)   39

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      十  宙の雉子 (いえのきじ)   



 足音もなく雨情が帰ったのは正午前である。
 そうして帰えられて見ると、蓄音機の傍らにさりげなく白い封筒が一つ空の花瓶に立てられていた。侘しい手紙の花挿しである。その手紙は離縁した二番目の元妻、章子が牧野律太に宛てた手紙であった。

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 白秋の代読として・・・・その章子からの書簡を読もう。

 (封筒表)
 美濃国恵那郡長島町字永田
        牧野律太様
 (裏)
 相州小田原木兔の家町
       北原章子
       九月二十六日

 封筒消印小田原局受付8・9・27
 岐阜・大井局着消印8・9・28

 小田原木兔の家町という地名はない。
 白秋が傳肇寺内に建てた書斎の名前が「木兔の家」で、妻の章子が自分勝手にそう書いて差出したものである。
 本文を読むと、白秋と章子が結婚した大正5年頃から傳肇寺へ転がり込むあたりの様子が書かれている。

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 夫はその頃麻布の裏通りのゴチャゴチャした二軒長屋の一棟に、年とつた両親の外に、三人の弟妹と一緒に、貧しいどん底の生活をしてゐました。
 その壁一重越の隣は、怪しい肖像画師の看板をかけてゐましたが、後になってそれは恐ろしい、強盗の親分の隠れ家であつたと云ふ事がわかりました。それが三年の間何も知らずにゐたのですからをかしいと思ひます。
 夫の着物は其頃もうほんたうに、一枚もありませんでしたさうです。で、よく父親の、目くら縞の着物を着ては、二階の書斎につまらなささうに、坐つてゐるのでた。
 幸に父の着物は丈(たけ)も行(ゆき)も合ひましたが、それがどんなにか寂しかつた事でありませう。雀はその頃からの永いお友達でありました。
 私達の葛飾の生活も実にみじめでした。そのカサカサの米櫃の中から、一握りの米を持ち出すのが、夫には何よりのつらい事のやうに見えました。
 それは庭先に遊びに来る、雀達に食べさせる為めでしたから。そんな時夫は私をかへり見て云ひました。
『ほんたうに済まない。あんたにもこれだけの苦労をさせてゐながら、やつぱり雀にもたべさせなければ可愛さうだから』
 もうさう云はれて見ると私は何とも彼とも云へないほど、胸がつまつて来ました。さうした悲しい、一握りの米をも、雀の群れは喜んで毎日食べに来るのでした。

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 私もそれを見て決して、小憎らしいとは思へませんでした。ある時夫に、こんな事も云つた事がありました。(それはもう慰める言葉もなくなつたからでしたが)
『若しもあなたが立ち行く事も出来ず、もう餓死(うえじに)するばかりだと云ふ場合が来ましたら、この雀達が一粒づつでもお米をくはへて来て、きつとあなたをお助けすると思ひますわ』と、夫も笑ひ顔になつて『馬鹿らしい事を考へ出すもんだねえ』と云つて又寂しげに笑つたりしました。
 その頃すでに『雀の生活』の一部は書きかけられてゐました。さうして、葛飾の一年は過ぎました。
 その後東京に帰りましたものの、今さら救はれやうもない私達の生活はいよいよ苦るしくなるばかりで、夫は、落ちついて創作する事さへ出来ませんでした。それに無理を為過した為めか、私までまた、病気になつてしまひました。それは『このまゝ東京に留る事は、このまゝ死ぬる事です』とさへ主治医に言はれた位でした。
 さうしたさしせまつた運命の下に、昨年の春たうとう、小田原の『お花畑』に移りました。
 夫はその秋から雀の続稿を書きかけましたが、朝夕の寒さに、冬着一枚の持ち合せさへなかつたので、どう思つても明るい別荘地にゐられなくなりました。
 それこれの事情で遂には、逃げるやうにして、この山の荒寺にコソコソと、引越してまゐりました。幸にもここでは私たちの破れ着物も何の不調和も感じないのみか、貧しい者同志の互の憐愍から、寺の家族とも、却つて深い親しみを持ち合ふ事が出来ました。

 末に・・・北原章子
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 転居には後ろ暗い何かがつきまとっている場合が多い。白秋は転居癖があったとされているのでその通りだろう。人は誰でも真底をさらけ出すことなどない。
 章子は傳肇寺への転居について「それこれの事情」としか云わなかった。なにはともあれ大正7年10月には傳肇寺へ引っ越した。大正7年34才の北原白秋は、小笠原の生活を打切り一度東京に戻る。その白秋は大正7年3月、東京から小田原へと移り住んだ。小田原に移った彼は、自然と一体の生活を望んでいて本寺34世云隆和尚を頼り、境内に芭蕉好みの南方的な庵室、みみずくの家を建てる。

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 大正15年、東京に移転するまでこの住居で詩歌、論文、小説等を盛んに発表し文壇に華々しい活躍をした。
 特にこの小田原時代には「あわて床屋」「かやの木山」等の童謡を世に送り有名となったが、これは今日でも多くの人々に愛唱されている。
 北原白秋の生地は九州築後の城下町柳川で、当時これに似た町並みを持つ城下町小田原は深く白秋の心をとらえていた。このためか小田原住居中の文学題材はほとんど附近の風物に印象を得ている。白秋にとって小田原は、第二の故郷と言っても過言ではなかろう。
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 大正11年10月13日・・・・夕方から裏庭の風はしくしくと啼き秋色を深めていた。
 その夜、白秋は章子の手紙を読み終えると、
 何思うことなく醒めては、自身の歌を想った。
           からまつの林の雨は さびしけどいよよしづけし。
           かんこ鳥鳴けるのみなる。からまつの濡るるのみなる。
 「落葉松」の詩の第七節である。

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 章子と離婚した白秋はこの前年、大正10年に佐藤菊子と再婚した。三番目の妻として菊子を迎える。この祝言を終えてから後、信州滞在中(星野温泉)に想を得て『落葉松』を発表した。
 そうして歌集『雀の卵』を成し、翻訳『まざあ・ぐうす』を刊行する。また本年は長男・隆太郎も誕生した。文化学院では講師ともなった。さらには山田耕筰と共に『詩と音楽』を創刊した。
 菊子を迎えた後の大正10、11年とは随分活躍もした。
 そんな北原白秋が・・・・・、
 山田耕筰と著する『詩と音楽』創刊号、大正11年9月)に、
 「この七章は私から云へば、象徴風の実に幽かな自然と自分との心状を歌つたつもりです。これは此のままの香を香とし響を響とし、気品を気品として心から心へ伝ふべきものです。何故かなら、それはからまつの細かな葉をわたる冷々とした風のそよぎ、さながらその自分の心の幽かなそよぎでありますから」と、記し添えていた。
 現在でこそ落葉松の詩は第八節あるが、創刊号に「この七章は」と白秋が書いているのは、この文章が書かれた当時、「落葉松」はまだ全7章(節)なのであった。
 その夜、白秋は自身の歌を「落葉松」を幾たび口にして想ったことか。
     からまつの林の雨は さびしけどいよよしづけし。
     かんこ鳥鳴けるのみなる。からまつの濡るるのみなる。
 幾度なく胸に含ませるが、どうしても腑に落ちなかった。
 しかしこの後年、第八節を加えることにし、「落葉松」の詩の結び節とした。
 その第八節・・・・・、 
                  世の中よ、あはれなりけり。
                  常なけどうれしかりけり。
                  山川に山がはの音、
                  からまつにからまつのかぜ。

 何故・・・白秋がこの第八節を加筆して結ぶことにしたのかは、
 翌朝14日に始まる「牧水」の旅と密接となるのだ。若山牧水は新たな旅に出る。
 今宵の白秋は未だ加筆するとは計り知れない牧水の旅で、その旅立ちすら知らないでいた。牧水が旅に辿る「暮坂峠」越えとは、また牧水も知らない「落葉松」推敲の道でもあった。

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 そうして夜が更けて行くと・・・
 また白秋は詫びしく帰って行った野口雨情のことを改めて想い起こした。
「一銭値上げの・・・電気ブラン・・・か」・・・・
 しだいにその味が舌先に触れてくる。触れてはややしんみりとなった。
 浅草と文学のつながりはひじょうに深く、浅草からは、じつに多くの名作を誕生させている。白秋もかってはその浅草へと足しげく通った。好みで言えば浅草よりかは「新橋」の方だ。だが文学の勢いから言えば「浅草」だ。

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 確かに白秋がそう思うように・・・・、
 たとえば永井荷風は、小説「すみだ川」で下町情緒あふれる隅田川界隈を舞台に、美しくも哀しい人間模様を描き、その後昭和の初めには、川端康成が、浅草の最も華やかな時代を「浅草紅団」「浅草の姉妹」「浅草の九官鳥」など数編の小説に収めている。
 このほか石川啄木、萩原朔太郎、高見順、谷崎潤一郎、坂口安吾、壇一雄…など、数多くの文学者たちが浅草に心惹かれ、何らかのかたちで浅草にその足跡を残すことになる。
 ここには未だ白秋の知り得ない未来の浅草が含まれるが、そのように詩歌や小説のなかに浅草のここかしこが登場するわけである。野口雨情がさりげなく話題に採った神谷バーは、あれは奇遇な暗示なのかも知れない。しだいにそうも思えてくる白秋がいた。
 新聞や小説のなかにふとその名をみつけることは、自身が常々体験していることではないか。おそらく、明治十三年の創業以来、つねに「庶民の社交場」だっただけに、あそこには人々の喜びや悲しみ、つまり庶民の生活そのものがあったのであろう。それを証拠に自身もその味わいに惚れて通った。
 だからその場を題にした歌も生まれ、小説にも描かれるのだ。そう思い改める白秋は、雨情が語った萩原朔太郎の歌をおぼろげにも思い起こした。

         一人にて酒をのみ居れる憐(あは)れなる となりの男になにを思ふらん

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 彼の作品なら第一詩集『月に吠える』が良かった。鷗外もこれを絶賛した。それに比べると、これはさしたる歌とは思えないが、そうして想えばというと、この歌を雨情が推したことがむしろ気がかりだ。専業家からみればそう深い心象を形成する歌ではない。社交的な儀礼歌だ。
 店内のざわめきをよそに一人静かにグラスを傾ける男、さぞや電気ブランが胸深くしみたのであろう。寸評すればそのような歌である。
「しかし何故・・・雨情がこれを・・・!」
 北原白秋は、未解決のまま、白秋らしくもなく、いつしか朦朧となり深い眠りの人となっていた。このころになると白秋の羽角はすっかり衰えていた。雀の声にすらもう羽角が動かない。
 雨田虎彦の眼には、現代の神谷バーがある。
 明治後期に北原白秋が一杯7銭で呑んだ電気ブランが現在260円となった。関東大震災にも耐え遺った大正デモクラシーの賜物と思えばそう気になるほどの値上がりとは思えない。日本の古き良き伸びやかな大正モダンを飲み込めるのであるから・・・・。大正初期に萩原朔太郎が歌を詠んだように、この神谷バーは日本文学と密接であった。

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 昭和35年芥川賞を得た三浦哲郎作「忍ぶ川」、このなかにも神谷バーとデンキブランが登場する。「忍ぶ川」は青春小説として大きな感動を呼び、映画化もされた。
 その「忍ぶ川」で・・・・・
「でもせっかくの休みだから、栃木へいってきた方がよくはないかな」
 栃木には志乃の父、弟妹たちがいるのである。
「ええ。…・でも、せっかくの休みだから、ふだんできないことをしたいんです。やっぱし、浅草へいきたいわ」
「だけど、神谷バーってのはいまでもあるのかな」
「ええ、あると思いますわ。いつか栃木へ帰るとき、ちらっとみたような気がするんですの。映画見て、神谷バーへいって、あたしはブドー酒、あなたは電気ブランで、きょうのあたしの手柄のために乾杯して下さいな」と・・・・・・・いう。
 これは「忍ぶ川」の一場面。主人公と料亭「忍ぶ川」で働く志乃の会話である。
 共に不幸を背負う二人が胸をはずませて初めてのデートをするのであるが、この時もし、志乃の頬がバラ色に染まったのだとしたら、それは単に神谷バーの葡萄酒のせいだけであろうか。電気ブランという明治・大正ロマンを戦後昭和35年の舞台へ引き出してきたからこそ成立する淡いバラ色の恋愛であろう。またこの恋愛の成立には、往時のロマン派文士らの闊達な青春がよみがる。
「白秋にもこの青春はあったはずだが・・・、手紙はその青春の声であるのだが・・・!」
 現在、一杯260円で蘇らせて頂けるわけだ。
 ともかくも酒のことなら・・・、
 牧水に聞くに限る。
「だが・・・、水上紀行と、鉄道記念日、妙に味気ないことではないか・・・!」
 牧水は第一回の鉄道記念日を祝賀する泛かれ気分で沼津駅から東京上野駅へと旅立つ。その旅の産物が歌集「みなかみ」として哀愁が今日に讃美される。虎彦には、そんな人間の落差が可笑しかった。
 白秋は、後に牧水の、この旅の真相を知り、意気消沈となる。
 そして白秋は、かって花畑で見た、静かにその雀の小さな羽ばたきに泪する。



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                              第40話に続く
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  きょうの細道    C 11 gif



  
   京都 二十四節気 清明。


  
   京都 二十四節気 穀雨。




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   京都 花そとば



  つきの暦  2013年2月

  つきの暦 2013 2



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立体言語学博士
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