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小説『花そとば』 第34話

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                 B 7 gif    イエローリング
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  こえんふどき五円風土記タイトル
                           Web小説

   はなそとば タイトル
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               第二部 山端の巫女(やまはなのみこ)   34

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  ゆめ泡 動1 gif

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      八  夢の歯車 (ゆめのはぐるま)   



 そんなEZEとは別に、二夏の大半を過ごした「Arles(アルル)」にある教授の生家での実生活、このアルルそこが慎五郎の「願望の僻地」なのであった。アルルはまたファーブルの愛した僻地でもある。
「la(えっ)surprise(これは)? .・・・これは一体!・・・」
 水色の封筒の、その一枚のPapeterie(びんせん)はじつに思いがけないものであった。

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 アルルArles 動1 gif

 便箋には「M. Shingoro, comment allez-vous.Même pendant que boire du vin, s'il vous plaît lisez ceci. C'est le dernier cadeau. Eternal Love.・・・慎五郎君、お元気ですか。ワインでも飲みながら、これを読んで欲しい。これが最期の贈物です。永遠の愛を込めて」という、極短い一行の言葉で結ばれていた。
 それは只(ただ)、ぼんやりとした胸の痛みを感じさせては、ふと裁ち切られてしまう、サプライズな手紙なのである。慎五郎は、教授の思いが何かしら言い明かされぬまま、じつに教授らしく閉じられていることに微妙な不安を抱かされた。それはこれから、人間の魂の昇天のしかたを克明に描きだそうとしている不安である。
「たしか、教授には、もう10年ほどお会いして無いが・・・最期の贈物・・・?」
 繰り返し何度手紙を読み終えてみても、慎五郎には、やはり言葉の投げ掛けが奇妙に感じられた。しかも郵便物には、教授が今どこにお住まいなのか、その住所が記入されてない。以前なら手紙の交換を頻繁に行なっていたが、ここ5年間はそれも滞(とどこお)り、しかも10年もの間、一度もお会いする機会がなかった。
 そのヴィヨン教授がある日、「この詩は女性好みの黒い歌ですね」と言った。
 装いのベースとなる色を大別すれば、ブラック、ベージュ、グレーの三色になるという。ベージュは優雅な雰囲気を漂わせ、グレーは他の色との相性がとてもよい。古来から軽さを求めるファッションの流れもあって、ベージュ、グレーの両色はとても人気が高い。しかし、そうした中にあっても、ベースカラー「黒」が不変なのだとヴィヨン教授は考えていたようだ。
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 くろ黒 動1 gif

「本来、作詞家は黒衣だから」と、
 やや冗談ぽく言ってたのであるが、「黒」は主張しない色なので「女性が一番キレイに見える色」というのがヴィヨン教授の信念でもあった。そういうヴィヨン教授が「この作詞者は、女性ではないのかね!」と訊ねた。
「いえ、北原白秋という男性ですが」
 と、慎五郎は当然とばかりに答えた。
 そう返事し終えた後は、すこし小首をかしげて暫くは何事か不信そうな趣きで思案している気配があった。その曲は慎五郎がヴィヨン教授の「日本の歌ですか」と問われ、興味深げな教授にさり気なく聴かせた北原白秋作詞の童謡「雨」であった。そのときのヴィヨン教授がみせた表情を慎五郎は忘れられない貴重な思い出となっている。日本を見知らぬヴィヨン教授は、一度曲を聞いただけで、黒に軍配を上げたのだ。

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       雨が降ります 雨が降る
       遊びに行きたし 傘はなし
       紅尾の木履も緒がきれた

       雨が降ります 雨が降る
       いやでもお家で遊びましょ
       千代紙折りましょ たたみましょ

       雨が降ります 雨が降る
       けんけん小雉子が今鳴いた
       小雉子も寒かろ 寂しかろ

       雨が降ります 雨が降る
       お人形寝かせどまだ止まぬ
       お線香花火もみな焚いた

       雨が降ります 雨が降る
       昼も降る降る夜も降る
       雨が降ります 雨が降る

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 慎五郎は改めて雨の作詞を、何度か繰り返し口篭らせてみた。
 ヴィヨン教授から届いたその荷の中には、分厚い茶封筒が三つと、ワインボトル一本が入っていた。
 一抹の胸騒ぎを抱きながら、とりあえず茶封筒を開こうと中指の爪を立てたとき、また電話のベルが慎太郎を呼んだ。それまで居間のソファーで教授との思い出に夢中であった慎五郎は、憮然(ぶぜん)とした心持ちで受話器を荒々しく掴(つか)み上げたが、電話の向こう側には秋子がいた。
「ああ、あなた、今、韓国が大変よ。大統領が暗殺されたみたい。昨夜のことらしいわ・・・」
 驚きの冷めやらぬ声でテレビを至急見るよう慎五郎を急き立てた。秋子の言葉使いは演出という職業柄か日頃から地口(じぐち)や冗句(ジョーク)にも富んでいる。速報を見るまでもなく伝達は再生した録画よりもリアルであった。
 まことに一気に、淡々として、所々にハングルを夾み、これは秋子の演出力であるが、韓国人(コリアン)特有のスパイスまで効かせた、まさに彫刻刀で削ったような緊迫感と、戒厳令下の状況を痛切に伝えてきた。
「えっ、昨夜・・。10月26日 の夜、 朴正熙(パク・チョンヒ)大統領が暗殺・・・」
 一瞬、茶封筒を開こうとする慎五郎の指が止まった。

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 くろ黒 動3 gif

「私は、ゲシュタルトなのよ」
 と、普段、そう言い放っては慎五郎に素直な微笑みを投げかける秋子である。それは一面だげで私を評価などしてくれるなという自慢のシグナルであった。そう言われると慎五郎の奥なるアーキタイプが揺らされて動きだすことになる。また秋子はそんな効果を自分の作品のなかで使いたい質(たち)のようだ。
 狸谷の暮らし向きをすっかり慎五郎に委ねる現在の秋子の仕事は、学生時代からの念願であった舞台装置の演出である。そんな彼女の持論は、その音、その光は、ある舞台作品のためだけに構造特性としてのプラスα(アルファ)をもたせ、その作品の内部だけでゲシュタルトを発揮するようでなければならないという。どうやらその音や光のゲシュタルトは偶然の出逢いでしか得られないモノであるらしい。
 秋子のいう偶然とは、そういう生活構造のなかで追求する偶然なのである。そして、そのように生活しようとする女、それが秋子だった。意外なコラボレーションとの同居が慎五郎の生活にはあった。
 秋子はいつ時も闊達(かったつ)で明朗な女である。夕実の小さな手をとって微笑みながら今ごろ、不思議そうな顔をしているのであろう慎五郎の、渋い想像を愉快にふくらまして、小幅にゆっくりと階段を降りていた。

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「於(お)ゆみ、足元、転(こ)けんように、気いつけてな」
 改札を抜けた帰りの席は、やはり遠く和歌山城下を見晴らかす先頭の窓がいい。五十ほど階段を降りると、その先頭にパロラマがある。お茶目な夕実は秋子をたくみに先行指導して一等席を確保した。しばらくすると赤いケーブル電車は山の斜面をぐんぐん高度を下げていく。標高1000mに等しい高野山の10月下旬は紅葉の真っ盛りである。秋子と夕実は、秋の風情を増して彩る赤味を帯びた美しい岩肌に、見飽き足りない未練を抱きながら、わずか十分間の紅葉狩りを満喫して極楽橋駅へと到着した。
 そうして早、難波駅に着きミナミから電話したようだ。
 秋子は心斎橋商店街の老舗「ミツヤ」で夕実の好物である「カニコロスパ」を食べさせた後、御堂筋の銀杏並木を北に歩きながら地下鉄中央線に乗るために本町駅へと向かっていた。この先、綴織(つづれおり)緞帳(どんちょう)の仕上がりを確認するために深江橋近くにある日本スクリーンに向かう予定なのだが、暗殺事件は、途中で立ち寄った船場センタービルの反物問屋内のテレビニュースを観て、それをとんだ速報だと知らされた。
「당신은 어젯밤에 어디에 있던나요? ・・・あなたは昨夜、どこに居らしたの」
「もう、そのハングルは止(よ)してくれないか。その時分なら、すでに飛行機の中か、あるいは羽田と思うが・・・」
 昨日の午後6時まではソウルにいた。おそらく機上にあって羽田空港着までの間に事件が起こったことになる。あるいは到着後かもしれないが、そんな訃報事と重なり合いながら、改めて動かそうとする慎五郎の指先は、教授の机の引き出しをこっそり引いてみるような、微妙に気の進まない重たいものであった。

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「雨、降っていないの。みどうすじ・・・ねえー、どうして降らないの」
「あれ、於ゆみ、お母さんと変わったの。そうか雨、降ってないのか。そうだよね、降らないと・・・」
 どうやらアジア系外国人特有の妙な発音の日本語が幼い日本人の魂を強烈に刺激したということであろう。独特のリズム感とパンチの利いた歌唱力、夕実の耳には欧陽菲菲(オーヤンフィーフィー)の歌う「雨の御堂筋」が不思議なのである。小ぬか雨降る御堂筋、の「雨」が銀杏並木を濡らしていないからだ。1971年に大ヒットしたベンチャーズ作曲の歌であるが、夕実はこの台湾出身の女性歌手の旋律に不具合な疑いの眼を向けていた。

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 あめ御堂筋 動1 gif

「ねっ、どうして降らないの?」
「ふーん、どうしてだろうね。・・・・そうだ、夜に降るんだよ。こころ変わりな夜の雨・・・だろう」
 と、つい答え返し、夕実はそれでスッキリと納得したみたいだが、秋子には夕方以降くれぐれも御堂筋界隈には近づくことのないよう別路線で京橋あたりからでも帰宅するように念を押した。
「解りました。でも本当にそんなことで、良いのでしようか?」
 少し冷ややかな物言いである。秋子は脇に置いて指先を触れ合わせなながらいる夕実をみつめながらそう訊き返した。慎五郎が夕実に対して子煩悩なこと、それは微笑ましい。だからといって、どこか玩具にでもして弄(もてあそ)ぶような甘やかしの時間は、無意味なやり過ごしのような気がして、夕実の躾(しつけ)として如何(いかが)なモノかと思うと不安なのであった。
「大丈夫!。天才には見せてはいけないモノがあるからね。君が躾に気がかりなことは分かる。だがね、躾は只(ただ)の手なづけにしか過ぎないものだ。むしろ於ゆみには、嗜(たしな)みの正しさが大切なのさ。嗜みは一生のモノだからね。だってそうじゃないか、躾は親がどうにでもできるが、嗜みは自分で工夫して創らないと成らない。済(な)せば成る、とは成らないのが嗜みだと思う。正確な嗜みの見極めを与えないといけないね・・・」
 慎五郎は夕実の将来について次のように考えている。人間は自分の生涯をしだいに遡及(そきゅう)しながら、黄金であった年代を迎えつつあった自身の生活背景にひそむ病巣をえぐっていく。そこに浮かび上がってくるのは嗜みの血に流れる質感ではないか。求める本質とは既に世に生まれでる時点で備わっている。またその本質に迫るためには左右の判断が重要となるが、幼ければ、的確な判断を補佐し与えてくれる人間の眼が大切なのである。幸福の達成感は、自分の嗜みと比例するモノでしかない。それはまた、意外なごった煮が自身では創り出せないのと同じように、慎五郎は、夕実にはその意外な窓枠からモノを見つめ続けて欲しいのだ。

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「天才には見せてはならない、正しい嗜み・・・」
 かつて秋子が神戸の異人館で慎五郎と三度目の出逢いをしたときは、彼はもう30歳になっていたが、それでも、その一点の乱れもない紋付袴(もんつきはかま)を着こなした全身からは、その恰好とは逆に輝かせた眼が異人館にふさわしく探求心という名のオーラをたちのぼらせていた。秋子はそんな青龍をみた。
「ああー、そうね。たしかに、あれも嗜み・・・」
 そのときのオーロラは今も秋子の胸に忘れられないモノとして残されている。秋子はそれを眼に引き出してみた。そのオーロラに魅せられて秋子は慎五郎と一緒に同じ道を歩いていきたいと思い、行く行くは京都を自身が引継ぎたいという申し入れもあって慎五郎に嫁(とつ)ぐことを決めたのだ。そう、あれはたしかに躾ではない。ああ、あれが嗜みというものだ。秋子はたしかにそんな輝きを感じた日のことを思い出した。

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「語学は、まず先に、本質を押さえさせないとね」
 と、このように言う夫の口癖を秋子はよく耳にする。夕実が一歳のころからの口癖だ。何故、一歳の児に語学かと最初は戸惑いすら抱かされた。一歳に、本質を抑えさせろ、とは無謀とも思う。慎五郎は、日本人が語学を習得する上での、教育の弊害(へいがい)に、強い関心を表していた。
 覚える、慣れる、時間をかける、の三る法では身に馴染まないという。日本の語学教育は、端(はな)から子供を馬鹿にしているという。それは、日本人が総力で獲得したはずの学習法を、何故、その必要性を先に習い手である子供達に習得させようとしないのか、という懐疑でもあった。
 これらは慎五郎の体験からのモノであろう。たしかに大人になって振り返ってみても、どうしてあんな学習法が必要だったかは分からない。日本人が日本語を身につけるのに何の理屈もいらないが、日本人と異なる言語を身につけるためには、先ずその理屈を身に馴染ませてやれと言うのである。それを本質という。そう思い立つと秋子は、夕実についての関心を暫く放置させておこうと考えた。


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                              第35話に続く
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   京都 二十四節気 清明。


  
   京都 二十四節気 穀雨。




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   京都 花そとば



  つきの暦  2013年2月

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