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小説『花そとば』 第31話

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  こえんふどき五円風土記タイトル
                           Web小説

   はなそとば タイトル
   さくら散る gif  さくら散る 2 gif

               第二部 山端の巫女(やまはなのみこ)   31

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        歯車 1 gif     moon 月 gif



      七  邑の月 (むらのつき)   



 入道雲が千切れると、にわかに空は高くなる。
 さて・・・・・秋立ちぬ。
 白露の風を朝夕の頬にとらまえてみた。
 彼はやはり益々白い秋の詩人なのである。
 北原白秋の仰ぎみた空とは・・・、
 千恵子ではないが、ほんとうの彼の空を探してみたい。
 彼が歩いた白い道を『白秋曼荼羅』とでも見立て、日本人ならば居そうな白秋の彼岸いうものに眼差してみたい。
 そうであるから「秋立ちぬ彼について」諸本を開き、白秋が生きて歩いた軌跡を訪ねては、その足音に臨みつつ、あるいは彼の周辺のうごめきについて執りながら、白秋という男が享けた煩悩と歌の連なりに輪廻する詩情の色彩を耕してみることにする。
 そこで寺田寅彦の蓄音機の上にこの曲を乗せてみる。
 この道は・・・いつかきた道。
 あの丘は・・・いつかみた丘。
 寅彦はまた『吾輩は猫である』の水島寒月や『三四郎』の野々宮宗八のモデルともいわれるが、その寅彦とは科学と文学を調和させた文士「吉村冬彦」でもあった。

        この道はいつか来た道
        ああ そうだよ
        あかしやの花が咲いてる

        あの丘はいつか見た丘
        ああ そうだよ
        ほら 白い時計台だよ

        この道はいつか来た道
        ああ そうだよ
        お母さまと馬車で行ったよ

        あの雲もいつか見た雲
        ああ そうだよ
        山査子(さんざし)の枝も垂れてる


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 この歌詞には、北原白秋が晩年に旅行した北海道と、母の実家である福岡県南関町から柳川までの道の情景が歌い込まれている。
 白秋は、1885年(明治18年)11月25日、福岡県南関町の母の実家で生まれ、まもなく柳川の家に戻った。
 母の実家から柳川までの道は白秋にとって格別な思い入れがあり、帰省のたびに欠かすことなく訪ねるのがこの上ない楽しみだった。
 白秋は、この詩について後に次のように書いている。「・・・あれはやはり『思い出』の系統に旅中から得た北海道風景を織つたものである。形式は五七二行に『あゝさうだよ』を挿入して一聯(いちれん)をなした。私の新定律の一つである。・・・」と。昭和4年のことだ。
 「この道は いつか来た道」の五・七、「ああ、そうだよ」の二・四、全体として「五・七 二・四 五・七」の音数でできている。
 白秋が「この道」を発表した時すでに、感動の意味を込めた終助詞「よ」で結ぶ詩作をきわめていたことがわかる。北原白秋の新しい世界が広がっている。
 「揺籠のうた」(大正10年『小学女生』掲載)カナリヤが歌ふ「よ」。「砂山」(大正11年『小学女生』掲載)海は荒海、向うは佐渡「よ」。「ペチカ」(大正十三年『満洲唱歌集』掲載)ペチカ燃えろよ、お話しまし「よ」。さらに「からたちの花」(大正13年『赤い鳥』掲載)からたちの花が咲いた「よ」。そうして「この道」(大正15年『赤い鳥』掲載)ああ、そうだ「よ」、と連呼し連辞する。
 白秋をこうさせる「よ」とは、憧憬に浮かび来る幸福であった自身を省みた哀愁であった。幼きころの幸福である。それはまた茨の道あればこその白秋の幸福であった。

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 白秋は我が道を省みて「お母さまと馬車で行ったよ」という。
 そうした白秋の「よ」とは、日本語の音節のひとつであり、仮名のひとつである。1モーラを形成する。五十音図において、第8行第5段(や行お段)に位置する。また現代標準語の音韻、1子音と1母音からなる音 「yo」であり、母音い「i」の口の構えから行われる半母音である有声子音「y」とからなる音である。
 さらに「よ」は、「余」または「予」で、日本語で一番短い一人称である。
 すると白秋が「この道」で発した一人称としての「よ」と呼び止めた「1モーラ」とは、これをどう解釈したらよいのであろうか。モーラ(mora)とは、音韻論上、一定の時間的長さをもった音の分節単位である。
 慎五郎は、白秋の1モーラとは、と、ふとそう思ったとき、柳川をどんこ船で揺らされていた秋子が「狸谷に悪いことが起きるたび、白秋の詩に思いをぶつけて乗り越えてきた。こんなに辛いのだから、後はいいことしかないと思って。でもまた、乗り越えなければならないことが起きそう。明日からはまた、菜の畑を過ぎ、葱(ねぎ)の畦道を通り、紅葉が多くお落ちて賑わうところが秋子の帰る家なのだと祖父が言ってたけど、きっとまた今夜、夜に何者かが門を叩くのね」と、妙に淋しげに漏らした言葉を想い起こした。そして彼女の吹く篠笛が、小さな1モーラの慟哭として思い起こされた。すると慎五郎の眼には、秋子と歩いた狸谷の月夜に照らされてみた、幽かな道の辺の青い淵どりが沁み入るように泛かんできた。
 慎五郎はじっと真夜中の月をながめながら、月の移りめぐる過ぎし日のことを考えていた。
 その月のめぐりとは、みつめる人間のみが知る歯車である。
 この世には、世にまつろわぬ「鬼」がいた。
 なぜ、その鬼が「悪党」なのか。歴史をかみ砕いてみると、鬼を語りぐさにして、世にはばかる勝者の鬼がいたことがみえてくる。その勝者の鬼への拍手喝采は「盛者(じょうしゃ)必衰(ひっすい)」の無常の物語とされて、今に継がれる語りぐさである。憎まれッ児(こ)、世にはばかるという。が、逆しまに、世にはばかると、いつしか鬼にされ、悪党と恐れられることになる。これが人の世の常として、国家とは、その勝者の鬼の集団であった。現代に同じ懸念を抱くまつろわぬ鬼も少なくはあるまい。
 この世の常識とは、その国家だけが持つ伝家の宝刀だが、それを世にはばかる勝者の鬼が抜くのだから、副作用として、確からしく思えた常識が、別の常識に乗り超えられることは常にあることだ。いまでは誠の鬼が影を薄くした。副作用に困るのは常識ある国民なのである。そうさせるのは国家であり、非常識に無表情な勝者の鬼たちであるのではないか。この世とは、常識的な思考に長(た)けていては、少しも見えないものである。
 現代を常識の進歩だとすれば、その常識の進歩は、勝者としての鬼の知的到達点であり、世界で最も不確実なものだ。非常識者は苦手、と忌避する常識者が沢山いる現代の中で、鬼にあらがいがたい憧憬を抱く非常識な人も少なからずいる。阿部秋子がそうであった。現代社会が常識のみで記述でき、日常生活も常識なしには成り立たない現実を知り、その常識の危うさを掘り下げると、さらに鬼への憧憬は深くなってくる。
 やれば叱(しか)られ、やらねば叩(たた)かれ、はばかる情は、いずれにしても角が立つ。当世、たしかに、二の足を踏むことばかりではないか。諍(いさか)いを逃れ、じっと丸まれば、しかし己(おのれ)の頭に角(つの)が出る。
 「現代は常識の幼形(ネオ)成熟(テニー)として進化した」と、現在の波田慎五郎は、そんな魅力的な仮説を持っている。

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 そのように思えると、慎五郎はまた秋子の篠笛が偲ばれた。
 或(あ)るエポックの衝撃により、時代感が急激に成長しようとすると、人は、好奇心に満ち、探索し、道草を食う。攻撃よりも防御、体験よりも知能遊び、信じるよりも疑い、これらのことが優先され、合理的な想像力の射程が延びてくる。この射程内で現代の常識はつくられた。法律もそうである。
 秋子の篠笛を耳に澄まして眼を閉じていると、その眼には月がめぐり、耳には笛の音がめぐりはじめた。その二つがしだいに青い淵を歩いた記憶の脳裡で一つに重なってくると、慎五郎はやがて、過ぎ去った時代の音でもカツカツとめぐるような感覚の足音に縛られていた。
 さきほどまで北原白秋の1モーラについて考えていたが、そのモーラは日本語のリズムで、またモーラは「拍(はく)」である。そう考えてみると秋子の篠笛は鮮やかな拍子木を打っていた。何やら数輪の歯車が音一つ立てず噛み合っている。その歯車の赤いめぐりを感じていると、慎五郎はいつしか深い眠りに落ちていた。

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「鬼とは、何か。わたしが、鬼か ?・・・・・・」
 清楚な白い花が秋子の手で控え目に活けられている。そのさりげない慎みが、さりげなく、さりげなく、活かしてあることを感じた慎五郎は、一間の部屋にはばかるほどのモノの面(おもて)をみせた浮き上がり方に、はっとして、そこに引き立つ幽かな姿に、小さな花が秘めてもつ力を覚えた。

 おにの面 動1 gif
 おにの面 動2 gif

 普段、めったに花瓶など置かない出入りの少ない部屋であるから、秋子は昨日の慎五郎の様子をどのように見取ったかは分からないが、今日もまた、この部屋に入ることを感じ取っていたことだけは確かだった。
 「わたしの誕生日と、同じ日に鬼の貌(かお)など、何も好き好んで見るものか。だが・・花の・・これでは鬼払いではないか」
 と、慎五郎は、じっとまた、白くそり返る花をみつめた。これは、狸谷で、秋子が摘んだ郁子(むべ)の花である。この郁子と阿部家との結びつきは古い。郁子は秋になると、丸長い紫のアケビに似た実をつけるのだが、その実を平安の昔には苞苴(おおむべ)といい朝廷に献上するものとされていた。その「おおむべ」が変化して「むべ」の呼び名になっている。京都・狸谷の阿部家は、御一新以後もその歴史の縦糸をしっかりと捉え、世にはばかりて仰視する営みを継ぎ継いできた子代(こしろ)という家柄であった。

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 むべ郁子 動1 gif

「もう、いいのではないか。此(こ)の花は・・・」
 そうした家系の意識をたどりながら、遠うに曾祖父秋一郎は他界し、六年前に実父清文を亡くし、ニ年前に祖父寅造が他界したことを見届けた秋子であることを見知る慎五郎は、阿部家の流れいく水との訣別(けつべつ)を次第に考えるようになっていた。
 秋子は、渋い顔つきの慎五郎が、きっと明日が自分の誕生日であることも忘れている、と思ったに違いないのだが、慎五郎には肌をピリピリとさせるものがあった。
 東京から来客気分で来たせいか、古い京都の町並みに魅惑さえ抱いた楽天家の慎五郎には「生々流転」の意識などはない。
 だが、秋子は常に、京都の川のもつ、強大な侵蝕力を感じながら生きてきた。しかし川という生きモノも、時代の生活に包含されて流れるようになると、すべてが弱い川の流れでしかない。かつては生活の全体に流れこむ気魄(きはく)があった。たしかに「家」は核心であったのだ。郁子の花は、すでに時代にそぐわないそれらを慎五郎の脳裡(のうり)によみがえさせるのである。慎五郎は胸の奥底でそんな格闘を強いられていた。

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 「みんな流れに沿うてきたんや。自然に逆らうことは何よりいかんことや」
 こんな口癖を聞かせつづけている養母の和歌子だけは、女のいのちの逞(たくま)しさを細い身に感じさせて未だに気丈夫でいる。八十の齢(よわい)でありながらも、自然に逆らおうとはしないからであろう。高野川の水の知恵が、いつまでも永遠のもので、阿部家を守り、それが和歌子の生きる力となっているのだ。
 「しかし、もはや世代の落差というか、エネルギーを包容しない流れのようであるではないか・・・」
 漠たる不安を抱えながらも、やはり情けない思いを抱くことの方が強く、その暗がりの裡(なか)で「世にはばかる」とは、果たしていかほどまでに生きる感度を高めればよいのであろうか、と。
 ここ三日ほど、腑抜(ふぬ)けのように、窓辺の春をながめながら思案などし続けていたが、ふと、そうして居るみずからは不惑(ふわく)にはばかられた男なのであって、四十のときもそうであったが、六十にもなろうとするそんな男からのぞかれる窓を、じつは開いたのは自身であることに立ち返ると、そうさせた窓が情けない思いを抱いてることに突き当たった。
「私も情けないが、窓が情けないのだ」
 波田慎太郎は、欠けた何かを心で補おうとする時、心意気として、世にはばかるモノの苦心があることを覚え、やはりそれは、この世に不可欠な存在であるし、従えば、在(あ)ることの大切さに気づくのである。
「有るものは(情けない心)で、無いものは(惑わない心)なのだ。これが俺の、不惑の窓、そして還暦の窓か」と、
 胸に突き当てたが、有るモノが無くて、無いモノが有る、という事を、理屈と取るか、屁理屈と取られるかが、慎五郎には問題であった。いずれにしろ、流れをどう変えるか、その決断の時期を慎五郎は迫られていた。
 山桜が裏山の端(はな)にある。それは阿部家の祖父秋一郎が植え遺した記念樹であった。孫である嫡男の清太郎(清文)がこの世に生まれてきた証(あかし)でもあるのだが、やがて散り終える時節であったから、そもそも、この一樹の花の最後の風情をながめたくて開いた窓なのである。しかし、その花が、はらはらと、散るさまを眺めている裡(うち)に、地に落ちる間の静かさがあり、花にも裡(うち)があることを慎五郎は感じた。

 さくら桜 動1 gif

「私は、この桜と同じ歳なのか・・・」
「本当に、同じ季節を生きてきたのであろうか。この花には、情けないと思わせる力がある」
 他界した清太郎の身代ともなれば、今日までの生きようというものに決着すべき時期であることは認めねばならないが、果たしてこのままで阿部家が継続されて維持できるのか、慎五郎はその決断を迫られていた。
 花は、ただ、ひらひらと落ちることに懸命である。その花に、人は魅せられて美しいと思い込むのだが、花は人が見ようと見みまいと身勝手に、ただ、散っている訳であって、慎五郎は、花が地に落ちる間に美しくして見せる、そんな桜の言い訳が知りたくなった。
「打つ釘もあれば、打たれる釘もある」
 「されど、どちらの釘に情があるのか。あるいは釘を打つ人の情とは何か」
 と、慎五郎は、ひらひらと散る桜の窓辺で、行く春をながめながら、散りて春の終わりを告げながら、散り際に名残り惜しみ気もなくひらひらと舞う花が、人にはそれが風情であり、言い訳がその情であるのだから、と、その「情」について考えてみた。
「無情とは、勝者の言論であり、非情とはまつろはぬモノの言論である」
「また、はばかる者は強情である」
 桜が遠い眼をしていると思うから、慎五郎も、また遠い眼をして、この世に有ると考える、情のそれぞれを考えてみたのだ。桜がそうであるように、阿部家も「家」によって生活は維持され、様々な生活様式が伝承されてきたのも確かである。その根性としての情を、慎五郎は見極めなければならなかった。
 「たしかに、世にまうろわぬ「モノ」がいた。それらは、みな、生きとし生けるものの中に存在した」
 そう思うことが出来る慎五郎は、厭世(えんせい)のひびきだけは跳ね返したかった。世の中をいやなもの、人生を価値のないものと思うことはない。ただ、今は、凹(へこ)んでいたいだけだ。凹んだ分だけ、後で幸せが大きく感じられることだってある。
 中世の話になるが「川は水を閲(す)べて以て川を成し、水は滔々(とうとう)として日に渡る・・・」を「悲しい哉(かな)」としても、これと共鳴し合うのを現代は許さない。無常の薄明のなかに耳にして聞こえてはくるが、それは髪にシラミをわかせて天下国家を論じるような古めかしさで、現代にしてこれは根(デ)なし(ラシ)草(ネ)であるのだ。
 デラシネ・・・、つまり根無し草。転じて、故郷や祖国から切り離された人らである。

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 狂い咲きした山桜の一樹をながめながら、午前中が終わろうとしていた。
「この気色・・・これは明示なのか?それとも暗示なのか?」
 あたかも山桜が秋を春にでも捏造(ねつぞう)したかのようなそれは普段の瓜生山(うりゅうやま)の光景ではなかった。明示なら見極めてから閉じるだけでいい。だが暗示であるならば兆しを開き見定める必要があった。
「まことは無相真如の体(たい)、一塵法界の心地の上に、雨露霜雪の象(かたち)を見す、というが・・・」
 仄かな白をしだいに青白くも見せていく姿は、しばしば息を呑むほど美しい。誘われると時々は見たくなるような幽明な艶がある。不束(ふつつか)なところから覗くとその狂い咲きの花はいやに艶っぽく生めいていた。
 やはり実際の出来事のファクターはフィクションの泛力(ふりょく)より遥かに富んでいるようだ。
 それは、それは、近く遠くの青空の、それで記憶の粉塵の杜(もり)を静かに歩くようで、まるで花をさかせた痕(あと)が錯覚の別世界にでもいるように人知れず懐かしい。その決して散ることのない白のひとひら、淡いひとひらは、霞んだ幽(かそ)かな天然のプレパラートなのであった。京都にはそんな幽鬼らが棲んでいる青山が数多くある。
 ここしばらく波田慎五郎は韓国(ハングル)に旅をしていた。
 異国でのホテル暮らしに躰が慣らされた仕業(せい)か、どうやら我が家の枕には嫉妬(しっと)というものがあるらしい。シルクでくるんだ羽毛(ダウン)から綿布に押し込んだ小豆(あずき)では頭の据(す)わりに違和感があった。無論、愛用の枕は小豆だが、いたし方なく浮気した。浮気をすることの怖さは、寺の多い京都に暮らすと茶飯事のことである。見知らぬ鬼籍がいつもいる。追いたてる鬼女の夢にうなされた慎五郎は、その枕に叩(たた)き起こされた。愛想尽かしの適(かな)わぬ浅い眠りに気怠(けだる)くとり倦(つか)れてみると、未明の隣の居間では、電話がやけに怒鳴っていた。
「誰だ、こんな時間に・・・」
 寝床を這(はい)出るようにして受話器を取り上げると、相手は秋子であった。
「あら、やはりお帰りでしたか。そんな予感がしたの、ほゝほゝほ・・・」
 と、聞こえたが、この電話がじつに不思議だった。
 ここから先の話が慎五郎には夢のようだ。
 いつしか秋子が妻になっている。しかも我子までいる三人家族の物語ではないか。
 その妻の傍(かたわ)らにいるのであろう、長女夕実(ゆみ)の声も小さく聞こえたが、二人は今日の夕方には帰ってくるらしく、母娘仲良く朗(ほが)らかなことは結構なことではあるが、そう伝える秋子の声は酷(ひど)く長々と明るかった。
「笑いごとじゃないよ。こんな未明に・・・」
 3歳になる夕実と一緒に高野山に行くことは承知していたが、仏の山は未(いま)だ暗がりであろうと思う慎五郎には、間もなくケーブルに乗って極楽橋駅へと下りようとする二人の姿など過(よ)ぎるはずもなく、急(せ)くような用件ならまだしも、なんとも気紛(きまぐ)れで不躾(ぶしつけ)な秋子の長電話が訝(いぶか)しく感じられた。
「えっ、未明・・・そう・・・もう八時半ですよ。あら、まだ寝てらしたの。ほゝほゝほッ・・・」
 と、仕舞いは、あっさりと笑い声を洩らし、電話がプツリと断ち切れた。
 京都の闇は、常に、56億7千万個中、56億7千万個の項目を更新しているという。滅法な暗示の中で救済を待つという長(たけ)た手習いは、都人にもともと生得的にそなわっている位の風情というもので、人はその嵩(かさ)を覗(のぞ)けるようになって人並みとなる。はんなりとした風姿はその気位の証(あかし)でもある。慎五郎も一塵法界(いちじんほっかい)の匂いを嗅がされながら、その暗示を信じるかのようにして生きてきた。
 片や、江戸気質(かたぎ)の秋子は、いつもそこらが妙にさりげない。連れない味気なさは痛罵(つうば)に近い嫌味をも京育ちには抱かさせる。しかもそこで話を断ち切られると、謡われていく言葉と音と律動が呪術的な抑揚のようなものになっていく。そんな無用心の一方的な交信エラーに、慎五郎は、闇夜の背後から不意討ちの一(ひと)太刀(たち)をあびせられたようで、陰府(よみ)にでも随(した)がわせられるような電話の切られようが無性に腹立たしかった。
 切ったのか、切れたのかは分からぬ曖昧(あいまい)な電話の断たれように、唖然(あぜん)とさせられたことでようやく目覚めた慎五郎は、真逆(まさか)と、とりあえず居間のカーテンをそっと開いてみた。
「ああー、やはり秋子の言う通りなのか・・・」
 空は澄んで青高く、晴天を宣告するような日和(ひより)である。時計を確かめると、たしかに九時前であった。さらにカレンダーの日付も確かめたが、1979年10月27日、これもたしかに土曜日で間違いはない。ただし、夢と幻を紡ぎはじめてみると、そう止まるものではない。何か無意識の経験でもあるのか、昨夜からの記憶に不確かなところが多く、何時(いつ)、家に着き、寝込んだのかが、どうにも要領の得ない慎五郎であった。
 秋子に促されて開いた窓辺なのだが、どうやらそこはふたたび「無」だか「薄明」だかに似ていて、慎五郎の目の前にある光景は、自分をくるりと宙返りさせてしまい、不可思議な空間として気色を蕩(とろ)けさせた。

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「なに!あれは・・・サクラ?・・・」
「山桜だ。10月・・・狂い咲き・・・」
 瓜生山では前代未聞の花の創作が始まっていた。
 しかし此(こ)の桜は不動明王の顕(あらわ)れとして村人が認(したた)めた敬虔(けいけん)な一樹ではないか。その桜が狂い咲きなどするはずはない。かつて一度も狂い咲きなどしたことはないのだ。だが眼に映る山桜は、瓜生山でなにやら春のように騒いでいるではないか。しかも麗しい。慎五郎はむしろそう期待したいのだが、逆にこれが自分の錯覚であれば、期待はあっけなく裏切られることになる。いくら両眼を疑い瞬(しばた)いても、やはり桜は咲いていた。
「そもそも、人間の知覚ほど、曖昧(あいまい)なモノはないではないか」
 思い当たる事といえば、昨日の夕方に韓国の金浦(キンポ)空港に向かう前に、京城(ソウル)市内の酒場(デポチプ)で쌀막걸리(サル・マッカリ)という濁酒(タクチュ)と、あるいは동동주(ドンドンジュ)という酒とを重ね呑(の)みしたことでしかない。
 大きな丼のような器によそい、それを呑んだが、その時、小指でよく混ぜてから大振りの陶器製の椀で豪快に飲むのが通で、それが韓国の伝統的な飲み方とされるなどと聞いたから、帰国前のオフな身軽さから豪快に呑んだ。しかしアルコール度数は6~8%程度の濁酒(どぶろく)なのだから特にそう凄(きつ)い酒ではない。ひらりと身を躍らせてみたがもう酔いは醒めていた。
 いくらどう眺めようとも窓辺からは、たしかに狂い咲きした山桜が見えた。
 これも秋の白さかと思うのだが、春にも咲いて正しく日本の四季を花信させた桜であったことを考えると、窓辺には秋、思惑には春、異なる二つの実在に、可笑しさでは済ませられない何か他の分別を桜に求められているようで、自然は厖大(ぼうだい)と畏(おそ)れる慎五郎は、妙に割り切れぬ現実をみせつけられているようであった。
「やはり私がどうかしている。濃い茶でも淹(い)れてみるか・・・」
 目覚しは玉露に限るようだ。宇治モノもいいが、滋賀の朝宮モノもいい。信楽(しがらき)の狸とは縁深い阿部家では代々、家内では朝宮茶を好み、来客には宇治茶を薦(すす)めるという、そう受け継いできた点前(てまえ)の仕来(しきた)りがあった。

                                茶柱(動く)

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 淹(い)れようと茶筒に手を伸ばしかけた、その矢先に、電話が鳴った。また、か。電話とは、日常の現実感覚の中をすばやく動きまわるから、ある種厄介(やっかい)なモノだ。居ながらも出渋るこちらの気配を察してでもいるかのように、電話は怒鳴るように慎五郎を呼んだ。
「なんだ、於ゆみ、か。・・・えっ、もう難波に着いたの?・・・そう、もうそんな時間か!・・・」
 夕実はまだ極めて幼いのだが、やたらに淑女で、京都の女と伝統に弱い現実的な妻秋子の歩く先、届かす眼に、真っ向から純粋な眼を丸く剥(む)いて、慎五郎の味方をしてくれる最大の不世出な日本人なのだ。
「あのね。あのね。お顔にスミを塗るの。真っ黒にすると、するとね、お坊さんが喜ぶの」
「へえーっ、お坊さん、喜んだの・・・」
「そう、スミを塗ると、転(ころ)んと、喜ぶの」
 事情を知らない者にとってはちょっとした謎であるが、夕実の小さな言葉の火種は、常に何かの臨場から芽生えた現象に関心を示していた。その芽生えはきっと京都に生まれたからであろう、その再生感覚は仏教思想に近いものだった。いつも慎五郎にはそう感じさせてくれるのだ。
 しかし、やはり幼くあどけない。普段、小さな日本人の行動規範のいっさいは、飯事(ままごと)的な遊びの中では何ひとつ守られていないし、生かされてもいない。素面はそうなのであるから鵜呑みにはできないが、空気の粒のような幼い言葉だと軽ろんじていると、いつしか慎五郎は深々とした鉄槌(てっつい)を打ち下ろされることになる。
「これからね、心斎橋(しんさいばし)、あそこでね、お昼にするの。・・・えーと、もう切るね」
 こうして電話はカチンと切られたが、「もう切るね」と結び目を添えて可愛く了(お)わらせる夕実とは、慎五郎にとって小さな異邦人(エトランゼ)なのだ。またそれは、鰻丼(うなどん)を注文するとデフォルトできちんと肝(きも)のすましが付いてくるような安らぎを抱きながら見知らぬ異国の路傍で恋人でも待ちかねる心境にさせてくれる夕実であり、ときにすべての想像力を動員させることになる。そんな慎五郎とは熱烈な夕実の共振者なのである。
「そうか・・・お顔にスミを塗ると、坊主も喜ぶのか。なるほどなー・・・」
 そう想いながら改めてながめる瓜生山の、青空に姿を見せつけた雲の棚びきは魚の腹のように青白かった。
「あっ、演目はたしか墨塗(すみぬり)だった!・・・それでか・・・」
 昨夜、金剛峯寺(こんごうぶじ)の境内では狂言が催されていたはずだ。秋子がそう言っていた。そう気づくと慎五郎はやはり夕実から何かを冀求(ききゅう)させられている感じがした。そうしてまた山桜をじっとみつめた。
 すると夕実の小さな唇がゆるやかに動き、何かを歌っている。
 これは「白秋の・・・この道」だ。
「どうして幼い夕実が、この歌を。秋子が教えたのであろうか」
 と、思いながら、慎五郎はふと、それが先ほど父富造の遺した蓄音機で掛けて聴いていた一枚のレコードであることを思い出した。しかしなぜ、夕実の声で歌うのかが判らない。じつに不思議だ、と思ったとき、慎五郎はハッとした。その拍子にパッと目覚めた。
 見開いた眼には、書斎の天上がある。その天版の節目模様をぐるりと見渡しながら眼を机の上に向けたとき、数十枚のSPレコードが黒い裸体で山積みにさていた。
「もしかすると、僕は30年近く寝ていたのだろうか」
 夢を見ていたことに慎五郎は気づいた。
「あの・・・この道は!」
 過去である。未来である。現実である。秋子の篠笛に揺らされて見た、その未だ見知らぬ幻想の道と、たしかに見覚えて歩いた覚醒の道とが、懐かしい潮騒の音と混合し合いながら、深い青の淵より弾け出た荒魂が慎五郎の首筋を揺するような夢であった。



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                              第32話に続く
                      みうまそうたろう 文字 かな 正

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  きょうの細道    C 11 gif



  
   京都 二十四節気 清明。


  
   京都 二十四節気 穀雨。




   そうごリンク
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   きょうと 2はなそとば 2

   クリック・ボタン gifA 5 gif   ひめくり古都の道
   京都 花そとば



  つきの暦  2013年2月

  つきの暦 2013 2



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Author:三馬漱太郎
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Sotarou Miuma
立体言語学博士
Social Language Academy Adviser
応用社会言語科学研究員

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