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小説『花そとば』 第30話

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  こえんふどき五円風土記タイトル
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   はなそとば タイトル
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               第二部 山端の巫女(やまはなのみこ)   30

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      七  邑の月 (むらのつき)   



 鷺草の咲く秋の夜空には孤高の白い月が一つある。
 月は季節の推移を描き、秋の冷気は一夜の月で入れ替わる。
 庭の垣根ではカラスウリの赤い吃音がその夕月に侘しく揺らされていた。

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 しろい月 動1 gif
 さぎ草 動1 gif

 戸締りの手をしばし止めさせる冷やかな月灯りであった。
 昨日は崖崩れの土砂に足を捉えられ、歩きにくさに秋暑を感じたのであるが、今夜の空の匂いでは、恐らく快い冷気の朝になる。そうなれば君子の淹れるプレス式珈琲の朝が楽しみである。
「豆はライトブレンドなんや・・・!」
 と、密かに香り立てると香織はクスリと笑みた。
 浅煎りのアメリカンタイプだ。
「プレス式ならば、これよ!。すっきりとした味わいを存分に引出し、香り高く抽出してくれるでしょう」
 そういつも言っている。雨田君子の拘(こだわ)りである。
 君子に言わせると、コーヒーの素材の味をダイレクトに感じられるのがプレス式なんだそうだ。コーヒーの旨味成分であるコーヒーオイル(アロマ)をそのまま抽出してくれる。ヨーロッパでは主流な淹れ方でフレンチプレスともいうらしい。ドリップコーヒーのように注湯に気を使う必要がないので、香織でも簡単に使えるのが魅力なのだと語っていた。笑う日の少ない君子がこのコーヒーを淹れるときは微笑む。たしかに・・・、まろやかで深みのある味わい、そして芳醇な香りがする。小さな一杯に、朝の豊かさが満ちてくる。

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コーヒーの香り 610

「このポット、耐熱ガラスが二重構造になっているの。だから、味も香りも長持ち。2杯目もおいしいコーヒーをいただけるのは、この構造ならではの強み。冬場の朝はこれに限るよね!」
 別荘に来てもう三度目の秋を迎える清原香織は、いつしか君子からそれまでの暮らしには無かった新しい生活を伝授されている。恐らく明日の朝は冷えそうであった。
「ハッ・・・!そやった・・・。あかん、怒らはるわ・・・!」
 ふっと、そのとき香織は、阿部秋子の目尻をツンと上げた顔が泛かんだ。
 秋子には、その「恐らく」という言葉がない。以前に使ったとき滅法嫌われた。秋子は「おそらく〇〇よね」とは絶対に使わない。遣ってはならない忌み言葉なのである。
 恐らく、多分、おおむね、どうやら、などという曖昧な言葉遣いを秋子は忌み嫌った。邑(むら)の命を祈祷する彼女にとって、曖昧な言葉遣いは、曖昧な予見なのだ。いつも言葉とは言霊なのである。言霊の正体を知れば曖昧な表現ほど罪つくりなものはないという。無責任では困ると、秋子がそうやって香織を怒るのにも理由があった。香織が八瀬童子の血流にあるからだ。きっと君子には見せない顔であろう。
 香織は君子も好きだが、そんな秋子も大好きなのだ。秋子がいると安心する。
「明日・・・、狸谷ィいってみよ・・・!」
 午後11時、満天の方舟に星々のささやきがキラリきらりと座りはじめた。それをみて、錫箔の月は昏昏と深い眠りについたようである。
「一体どないな音ォ、するんやろか・・・?」
 眼の前の古いふるい蓄音器を香織はじっと見つめた。昨日は父増二郎の七回忌であった。
 秋子の笛とはまったく違う、笛に遊び呆(ほう)けた父増二郎の気随で不可解な顔が面白いように、懐かしさをしみじみと深めさせて浮かんでくる。そんな父を思い起こすと、墓参を済ませた夕方から死者を身近に思うこと、悼みながら生きていくことの尊さが胸に迫っていた。
「女将はんも・・・、あのころ、きっと辛かったんやわ・・・」
 古い蓄音器は、昨日、置屋の佳都子が運んできたものである。
 その佳都子は五年前、夫の由比信夫に先立たれた時も、息子にも周囲にも悟られぬよう、福々しい笑顔でこの古い蓄音機を磨いていたが、亡くなった信夫は心優しい蓄音機の職人だった。

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 遺品である蓄音機の傍に、佳都子はずっと古い一枚の写真を立て掛けていた。
 昨夜までは祇園の部屋でそうだったはずが、今夜は雨田家の別荘に越してきて眼の前にある。そして祇園と同じように蓄音器の横にその古い写真の一枚が立ててある。しかも香織にはじつに奇妙なことなのだが、蓄音器を運び込んだのはよいが、その脇に由比信夫の位牌までを佳都子は並べた。
 雨田家と由比信夫の繋がりなど聞いたこともない。位牌を他家へ引っ越しあせるなど可笑しな話だ。明朝の茶の湯の前支度を整えながら、香織はその妙な不具合を、何度もじろじろと眺めた。
 そして一方・・・、ようやく就寝につこうとする雨田虎彦も寝入り際で、香織が調合した香木を聞きながら、佳都子の運んできた位牌込み一式の蓄音器を眼に泛かばせていた。
 佳都子は昨夜までは、亡き夫の位牌の脇にそれらを並べ添えていた。古い写真、それは当家とは無縁の人物であるのだが、名を「由比くめ」と云う夫信夫の遺品なのだ。位牌を意味なく運び入れたわけではない。位牌あっての二つの遺品なのである。遺品を扱うには、位牌を弔う必要があった。
 生涯に一度、一晩だけ、死んでしまった誰かにもし逢えるのであれば、それはこの写真の女性ではないだろうか。虎彦は、ふとそんな想像を抱いた。その願いを叶えてくれるよう今となっては死者と呼ばれる佳都子の夫が、この写真の傍にいるように感じられてくる。そう思えるのは、昨日、香織が父増二郎の墓前で線香を手向け終えてからずっとそんな胸騒ぎを覚えていたからだ。
 その清原増二郎の墓は、京都市下京区万寿寺櫛筍上ガルの末慶寺(まつけいじ)境内にある。もう一か所北の花背にも分骨されてあるそうだが、昨日、香織と二人で末慶寺へ墓参した。だがこの墓地内には、一人の人物が増二郎の以前から眠っている。その死者の名を畠山勇子という。ここに阿部富造がよく墓参していた。

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 虎彦の脳裏には一つはこの件があった。畠山勇子は明治25年の大津事件に烈女として関係する。
 そこに佳都子の運んできた遺品の一つ、その写真の顔をよく見比べてみると、狸谷の秋子とは瓜二つの童顔にさえ思われて、妙に強く曳きつける死者の口上が感じられた。しかし気のせいかとも思う。
「しかし・・・、奇妙なほどよく似ている・・・!」
 と、たしかに虎彦がそう想うには、養母和歌子が渡米する以前に語った言葉が、ふと思い当たり、お伊勢参りをしたという和歌子の昔話を狸谷で聞かされたときに、そこで妙な気配を覚えたからだ。
「あんたのお母さんは・・・・」
 と、秋子への呼びかけがそう確かに聞こえて、しかしあのとき和歌子は、その後に続くはずの言葉を不自然に断ち、さり気なく他の話題に差し替えたのだが、聞いていた秋子の表情を思い起こすと、やはり不自然な気配であった。思い出してみると、そこが無償に気になってくる。
 あそこで和歌子が伏せた言葉とは、秋子の出生と母の素性ではないかと思えるのだ。香織は何も聞かされてなく知らないという。未だ誰も聞き覚えのない秋子の母の存在が妙に不可思議であった。
 香都子なら知っている、あるいはすでに気づいている。その由比くめは、日本で初めて、口語による童謡を作詞した人物として知られる童謡作詞家の「東(ひがし)くめ」である。
「たしか夫信夫は、和歌山の生まれだったが・・・」
 寝入りながら虎彦は、今までに香都子から聞かされた話と、そこに雨田家とは少々関わりのある由比くめを重ね合わせて秋子の探索をじっと考えた。

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 由比くめは和歌山県東牟婁郡新宮町(現:新宮市)に生まれた。
 そのくめが生まれた同年に、
 音を蓄えて記憶する労働力を発明した男がいる。
 日本では有史最後の内戦「西南の役」の勃発年であった。
 発明者であるトーマス・エジソン(Thomas Edison)自身が、自分で製作した円筒式蓄音機からの音を初めて聴いて飛び上がるほど吃驚した。
 この1877年以来、人類は文字に続いて音声を記録として永久に残すことが出来る手段を獲得したのであった。
 昭和31年(1956)当時、新宿の風月堂には2000枚以上のLPレコードがあると聞いていたのだが、1枚2000円以上の価格だったはずで、どうしても欲しいレコードを月賦で買った記憶がある。虎彦はそんな当時の記憶を思い出していた。
 その当時のことならまた一つ面白いことをが泛かんでくる。中学の国語の教科書にベートーベンが第九を指揮した時の逸話がのっていたが、音楽好きの教師が10数枚のSPレコードをうんうん言いながら教室まで抱えて来て、蓄音機にかけたことを思い出した。そのとき親友の瀬川和彦が薄く笑ったのだ。またこの話を思い出しながら和彦に語りかけたことがある。貞次郎も思い出して、じつに嬉しそうな顔をした。
 その末後の微笑みが、最も新しい戦友瀬川和彦の面影であり、しだいに血の消えた青白い死顔である。
 LPレコードは1948年(昭和23年)にアメリカで発表された。それまでのSPレコードは30センチ盤で4分半の演奏時間だったが、30センチで30分の演奏時間、再生帯域も広がり、針音がなく、S/N(信号対雑音比)が改善されてダイナミックレンジも広がった。
 日本で純国産のLPレコードが発売されたのは1953年(昭和28年)である。このような講釈を虎彦の行きつけの楽器屋の主人は、篦鮒(へらぶな)釣りの間合いに挟んではよく語ってくれていた。
 当時、その主人の影響もあり音質といものに随分と興味を抱いたものだ。
 寺田寅彦に「蓄音機」という随筆がある。
 その中で寅彦は・・・「それにもかかわらず私の心はその時不思議にこのおとぎ歌劇の音楽に引き込まれて行った。充分には聞きとり兼ねる歌詞はどうであっても、歌う人の巧拙はどうであってもそんな事にかまわず私の胸の中には美しい「子供の世界」の幻像が描かれた。聞いているうちになんという事なしに、ひとりで涙が出て来た。長い間自分の目の奥に固く凍りついていたものが初めて解けて流れ出るような気がした」と語る。
 寅彦は1896年(明治29年)に熊本の第五高等学校に入学。英語教師夏目漱石、物理学教師田丸卓郎と出会い、両者から大きな影響を受け、科学と文学を志すようになる。
 『蓄音機』・・・・、
 エジソンの蓄音機の発明が登録されたのは1877年でちょうど西南戦争せいなんせんそうの年であった。太平洋を隔てて起こったこの二つの出来事にはなんの関係もないようなものの、わが国の文化発達の歴史を西洋のと引き合わせてみる時の一つの目標にはなる。のみならず少なくとも私にはこの偶然の合致が何事かを暗示する象徴のようにも思われる。
 ついついこうしたことを思い出しながら眼の中で整理し始めた虎彦は、思わぬ深い探索事に寝込みを襲われてすっかり眼が醒めていた。
「狐に憑かれたように、エジソンに憑かれた男だった・・・」
 眼を半世紀前に巻き戻してみると、東亜同文書院を卒業した者が二人いる。その一人が瀬川和彦である。さらに和彦の面影を浮かべると、しだいに一人子息の瀬川教授が連なってくる。
「もう・・・、一年半か・・・!」
 瀬川教授とは、昨年の1月に京都を訪ねた日東大学の瀬川数馬君である。教授ほか五名がきたのは2002年の1月であった。そしてその六名の姿が思いだされると、ゆるゆるとその前日に奈良までM・モンテネグロを訪ねた雪夜の出来事が鮮明に蘇ってきた。
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 エジソンの最初の蓄音機は、音のために生じた膜の振動を、円筒の上にらせん形に刻んだみぞに張り渡した錫箔すずはくの上に印するもので、今から見ればきわめて不完全なものであった。ある母音や子音は明瞭めいりょうに出ても、たとえばSの音などはどうしても再現ができなかったそうである。

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 その後にサムナー・テーンターやグラハム・ベルらの研究によって錫箔すずはくの代わりに蝋管ろうかんを使うようになり、さらにベルリナーの発明などがあって今日のグラモフォーンすなわち平円盤蓄音機ができ、今ではこれが世界のすみずみまで行き渡っている。
 もしだれか極端に蓄音機のきらいな人があって、この器械の音の聞こえない国を捜して歩くとしたら、その人はきっとにがにがしい幻滅を幾度となく繰り返したあげくに、すごすご故郷に帰って来るだろうと思われる。
 蓄音機の改良進歩の歴史もおもしろくない事はないが、雨田虎彦にとっては私自身と蓄音機との交渉の歴史のほうがより多く痛切で忘れ難いものである。
 虎彦が眼光をこのことに鋭くさせているところに、じつはM・モンテネグロの来日と深く関わるのだ。
 そこまでを虎彦が導くには、またそこに深く関わってくる人物らの体験を重ねなければならない。その歯車が回転して廻る接点こそがM・モンテネグロが来日しようとした目的の鍵を秘めている。
 さらに現在、阿部和歌子がニューヨークに滞在しているが、80歳となったその老女が単身渡米してでまで行動を起こした目的も、こうした接点の絡みの中で渦を巻き、和歌子は阿部家と山端集落の将来を握る重要な役割を果たそうとしていた。
 まず虎彦は、久しく会っていなかった駒丸扇太郎、あるいは五年ぶりに狸谷の秋子を訪ねた波田慎五郎が語った経緯を思い起こして、彼らの姿を眼にそっと泛かべた。



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                              第31話に続く
                      みうまそうたろう 文字 かな 正

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  きょうの細道    C 11 gif



  
   京都 二十四節気 清明。


  
   京都 二十四節気 穀雨。




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   京都 花そとば



  つきの暦  2013年2月

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