FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

小説『花そとば』 第28話

                       signbot (3) れんさい連載 動1スライド gif

   D 1 gif                                                  C 5 gif
   ライン グラ 黒 gif
     Ron B  
                 B 7 gif    イエローリング
   C 8 gif A 1 gif C 18 gif               Sotarou 1C 10 gif 
   ライン グラ 黒 gif
          きょうと洛北 gif
                             Kyoto ロゴ・スライド gif
  こえんふどき五円風土記タイトル
                           Web小説

   はなそとば タイトル
   さくら散る gif  さくら散る 2 gif

               第二部 山端の巫女(やまはなのみこ)   28

   ライン グラ 青 gif
   ライン グラ 黒 gif


   ふえ秋子 動1 gif

しの笛 動3 gifなみだ 動1 gif



      六  秋子の笛 (あいこのふえ)   



 書棚のガラスケースに、秋子の蟋蟀が棲んでいる。もう8年以上にもなる。そうして書斎で一緒に暮らしてきた。時折そこから引き出しては、慎五郎と問答をする。湯呑の底でつくばる虫の音は、何事かを懸命に語ろうする。
 「秋子さん、狸谷のあの篠笛、どうしたでしょうね?」
 と、蟋蟀にそう語られると、いつも手の動かなくなる慎五郎がいる。なのに、どういうわけか今日の慎五郎は、ありがたいことに、夜の稲妻に照らされたように、時代がみた夢の、一気にその夢が物語る骨格が泛かんできた。

  こおろぎ蟋蟀 動1 gif
  しょさい蟋蟀 動1 gif

 「いつか必ず光りが見える」
 これは日本と、僕と、秋子とのつながりを語るのに、とても大切な言葉なのである。秋子は自分自身に言い聞かせるように僕に話してくれた。
 「・・・この道の、トンネルを進んで行けば、つらい経験をするほど、人間はそれを乗り越え、強くなる。それを伝えたくて狸谷に残るの。共に生きるの。だから篠笛は哀しみを歌う。歌うことで生きる誰かを幸せにできると信じてる。狸谷の人々が、やすらかな暮らしに戻れる日々であることを願って歌う・・・」と。
 祖父阿部富造が、そう言い残して最期に眼を閉じたという。その遺言を自身に置き換えて秋子は言った。その長いまつ毛の下の眼には、涙がいっぱい溜まっていた。

    はなの涙 gif    なみだ 動2 gif

 その阿部秋子について僕が認めざるを得ない事実を少し付け加えておけば、あれはたしか安来から帰ったその翌年夏のことだが、また河井寛次郎に会いたくて記念館を訪ねた。否(いや)、1955年なのだから安否に駆られ足を差し向けねばならなかった。また京都では、疫病や戦乱といった災害からの復興に、祇園祭が大きな役割をはたしてきた。1月17日早朝、その大震災時に慎五郎は奈良の宿にいた。その半年後に五条坂を訪ねた。

   かわい河井寛次郎 動5 gif

「ふ~ん。五条辺りまで届くのか・・・!」
 南風の中に、祇園の音が五条坂で聞こえるとは意外だった。
 記念館を後にして東山五条の大通りへと出ようかとしたときに、ふと笛の音が右耳を突き、しばらく足を止めて聞き入っていた。清水寺へ向かうため五条坂を上がるつもりでいたが、自然と足と両耳が笛の音の方へ歩いていた。これが最初の立ち去り難い事実で、聴いているとその笛の音色が次第に、新しい生命を吹き込めてくれそうなそんな気にさせたことだ。たゞふわ~ッとさせられた。
「いや・・・!、これは祇園のではない・・・」
 奏でる笛の手を辿ると、音色は細い路地奥にある慈芳院から流れ洩れていた。
 聞き惚れて門前までくると、どうしても笛の手の姿が見たくなった。いつしか慎五郎は花々が風にそよぐ野原の真ん中に立っていた。しだいに汗ばむ肌が爽やかな風を感じ、ゆらぐ花が見えた。
「何だこの音色は・・・、この涼しさは・・・!」
 まず耳朶でそう感じ、にわかに五体の肌が快く感じた。
 慈芳院は臨済宗建仁寺派ではないか。その法衣の手かとも思えるのだが、どうも教理の節とも違う。簡素な門を入ると左手に、丸い薬師の石仏が座っていた。笛の音はその丸く目鼻が摩滅して柔らかな頬の辺りを巻きながら流れ、その石の薬師さんが、何やら旅人を見守る野仏のごとく思われた。

           じほういん 動1 gif        じほういん慈芳院 動1 gif

 佇むとその音色は、金管ではなく、明らかに和の竹管の洩れである。しかも、風は吹くのではなく、人を逆しまに風に晒してくれる篠笛であった。
「こんな娘が・・・!」
 何よりもまず若すぎる女性の意外さに驚いた。
 半袖の白いブラウスにストライプの赤いネクタイは、すぐに女子高生と判った。
 驚きもし、感心もさせられると、さらに魅せられ惹かれながらしばし聴かされた。その手の笛の興趣もさることながら、そこで阿部秋子という名を初めて知り、話が寛次郎の作品や境涯に触れた折りに、慎五郎は熱い感動を抱いた。当時の政治趨勢に疑いの眼を向ける寛次郎の「精神風俗」の顕れではないか、という秋子の見解はまことに鋭く説得的であったことだ。
 秋子もまた慎五郎と同じところで、そうして寛次郎の魂の深層に辿ろうとしていた。そんな秋子は寛次郎のことを「古層の人」だとズバリ呼称した。なかなかどうして能(よく)した考古学的な言葉繰りの巧みさに、専門の慎五郎はハッとさせられ感心したのだが、その古層の人の言語に、自らが新しい生命を吹き込められるようになれたら良いという覇気をみせた口調には、堅さ一つなく、やはりそこは女子高生らしく、けろりと爽やかで、慎五郎は胸の塞ぎをさらりと漁られて新鮮であった。
 聞けば秋子は寛次郎の妻つねとは縁戚の身で、つねは京都の宮大工の娘でもあることから、秋子もまた同じように宮大工の家系に近く生まれた。
 秋が訪れる度に、あのときの秋子の「古層の人の言語」という言葉がしきりに思い出されるのは、決まって秋子という名の趣きがそうさせるのではあるが、狸谷の森を守る宮大工方の家柄に生まれ、戦争の混乱にあって嫡男に恵まれ無かった家系の秋子には、先祖伝来の田畑や山林を守り継ぐ担い手としての責務があった。秋子の暮らしの大半はそのことへの憂いが常に占めていることを、慎五郎は知っている。

                               たぬきと地蔵F
  いなほ稲穂 動1 gif

 近隣の里人に任せている田の収穫は今年も無事できるのであろうか。収穫の季節を迎え、刈り入れの進む高野川沿いの美しい水田をながめながら、この国の「農」すべての無事を御田植の神に秋子は強く願わねばならなかった。何よりもまた秋子は八瀬童子の縁に深く連なっている。その身上はまことに宮家の秋の豊穣と縁深くあった。
 天皇崩御の折りは八瀬童子が先祓う仕来りとなる。新嘗(にいなめ)の「生」と風葬の「死」は常時一体の備忘事であった。
 ぎりぎりの緊張の中で秋子は日々の暮らしを守り、祈りの篠笛に手を触れていた。あのとき秋子は篠笛で恵みの風を呼んでいたのである。それらを知り得ると、いつしか慎五郎もしきりに京都の秋の気配を気に止めるようになっていた。
 秋子の母秀代もその苦悩のため老いた両眼はほとんど灰色に見えたという。そうした巖倉(いわくら)の巫女(みこ)である秋子は、常に厳格な軛(くびき)を保たねばならなかった。女系の細腕で、しかも女子高生の年齢で、比叡山の、その山端(やまはな)の村人らの生死、農の生死、山の生死に責任を負っている。秋子はできるだけ多くの死に休止符を打たねばならない。さもなければ神が秋子の生に休止符を打つ。
 秋子の篠笛は巫女の手による音色であったのだ。
 しかしその彼女は、ついに「転向」したのではないか。何かとんでもない王道を歩き始めるのではないか。と慎五郎が肝を冷やりとさせられる妙な構図の可笑しさがあり、危惧すべき行動をいつも身に纏わせていた。
 不用意に近づこうとする慎五郎の足元には、地雷が多すぎてどこで爆発するか分からない。重すぎる負担を分担してくれと誰かに訴えることもできない。むしろ誰も住んでいない島にでも向いたかったのであろう。
 しかしながら、どのように秋子が自由な振る舞いをしようとも、生死を左右しうる最たる巫女であることは変わらない。神は死しても負担するべきではないか、というわけだ。
 養母の和歌子を除けば、それを至極まっとうに思えるのもじつは慎五郎だけであったろう。その慎五郎はいつしか知らぬまに責任の一端を担いでいる。何よりも和歌子が喜んでいた。ここも認めざるを得ない確かな事実だが、慎五郎がそう感じ始めたのは、やはり愛用のショートピースを秋子が指先一本で転がしたころからだった。

   たばこ 1 gif        ショートピース 動3 gif

 そのときの日と同じように彼女は日常を遊戯し続けた。
 神は常に秋子に死の矛先を向けている。
 神との意見が異なれば、いつでも切って捨てられる。
 そんな秋子は、辛い日々も、笑える日々につながっていた。
 赤い小銭入れから1NOK(Norwegian krone)硬貨一枚を抜き出しては微笑んだ。
 これは秋子が最もご機嫌なときにみせるシグナルである。
 さらにもう一つのシグナルは、最高の一日であることを期待するためにする風変わりなジンクスをみせた。それは朝食前に決まって振舞うのだが、秋子はさも上品な仕草で財布から引き出した1000NOK紙幣に白いハンカチを添えると、丁寧にていねいにアイロンを掛けるのだ。

   ノル―紙幣 連1 gif

   ムンク肖像 動1 gif               ムンク叫び300 動1 gif

 ある日、エドヴァルド・ムンクはフィヨルドの近くを歩いている時に「自然をつらぬく、けたたましい、終わりのない叫びを聞いた」と言っている。『叫び』はその経験を絵画化したものである。すなわち、しばしば勘違いされるが、この絵は「橋の上の男が叫んでいる」のではなく「橋の上の男が叫びに耐えかねて耳を押さえている」様子を描いたムンク自身の肖像なのである。単品のごとく感じるこの作品もじつは「生命のフリーズ」の中の一作品であり、単独の絵画としてではなく、連作として鑑賞することがムンクの本来の意図であった。
 秋子はこの連作の中にいつもいた。
 別にそこにムンクが居なくても、その意図の、序に従えばしばらくその空間には懐かしいムンクの匂いが滞留することになる。『叫び』は、その遠近法を強調した構図、血のような空の色、フィヨルドの不気味な形、極度にデフォルメされた人物などが印象的な作品でもっともよく知られ、ムンクの代名詞となっている。
 そのため、構図をまねたパロディが制作されたり、ビニール製の『叫び』人形が売り出されるなど、美術愛好家以外にも広く知られる作品である。
 秋子はそのムンクの代名詞をいつも借用した。
 夫婦共働きでがむしゃらに頑張る日本のバブル時代の「家を買う物語」のテレビ小説を、村人の生活から逃れられない民衆を束ねる視線で、彼女も同時期に幾つもみたであろう。今さらに同じ題材が、特殊な国情を加味した懐かしい思い出として、日々演じられているではないか。秋子にとってその俗世は常にゴシップなのであった。欲求は決して新しい状況を生むとは限らないことを秋子知っているのだ。
 しかし、だから今日の日本を悩ませる、あらゆる社会問題に触れながら、人間も暮らし振りも狂気に暴走して行くのだが、その死とは逆の場に彼女は立っていたいのであった。このある種、奇怪とも思われる嘆きとは、特殊な宿命を宿した人たちの衝撃的な行く末に限ったものだろうか。
 21世紀の彼女にとっては、酷く、ぐちゃぐちゃな22世紀へと送り返され、すり減らした魂を、そこでまた消し潰されることが怖いのである。だから秋子はムンクの「叫び」までを日常の計算に入れて、逆に喜びへと奔走してしまうのであった。

                          ムンクの叫び gif

 エーケベルグの丘は秋子と二度訪れている。
 オスロ中心部から路面電車で坂道を上るとその丘に着く。高台からオスロとその先のオスロ・フィヨルド港湾を望む景観に二人して佇んでみた。ムンクの言に従えば、そこに『叫び』のパロラマが実在するはずだ。
 ムンク美術館のテンペラ画と重ね合わせて窺う・・・『私は2人の友人と歩道を歩いていた。太陽は沈みかけていた。突然、空が血の赤色に変わった。私は立ち止まり、酷い疲れを感じて柵に寄り掛かった。それは炎の舌と血とが青黒いフィヨルドと町並みに被さるようであった。友人は歩き続けたが、私はそこに立ち尽くしたまま不安に震え、戦っていた。そして私は、自然を貫く果てしない叫びを聴いた』・・・という彼の光景を、秋子の眼が果たしてどのように写したのかは分からないが、夕暮れから月明かりに照らされるまで二人はただ静かに佇んでいた。そのオスロとはムンクにとって愛憎半ばする町でしかなかった。

                      エーケベルグ 動 gif

 秋子はオスロ・フィヨルド港湾を望みながら即興で篠笛を吹いた。
 「ムンクに風を呼んであげたの」
 と、秋子は言った。そうして、たゞ潮風に吹かれていた。
 ムンクもまたノルウェーの国を悩ませるあらゆる社会問題に触れながら、人々も俗世も狂気に暴走して行く姿を傍観できなかったに違いない。叫びの描写ごときで発禁だ裁判だと大騒ぎされたではないか。ムンクは両刀使いの変態どもが混合する中で、必然な悪態をつきつつ自身のクローンを創って「叫び」いう連作を描きながら自らを叫び続けたのだ。オスロのガーデモエン空港を離れるとき、秋子が篠笛にそっと触れさせてくれた、その笛の音の名残り香を抱いて、慎五郎にはそう感じとれた。
 すれ違う人である二人はそうした場所で一瞬重なり、またそれぞれの生活に戻って行くのである。束の間ではあるが、旅は、秋子のその一瞬を温かく描いてくれるのであった。
 空港は秋子にとって大好きな場所だ。祖父富造が健在であった10代のころはよく、京都駅からリムジンバスに乗って伊丹空港へ行き、行き交う人々や飛行機の発着を眺めて、一人夜まで過ごした。
「ここは、外国とつながっている・・・」
 と、思えることがあの頃の秋子には重要だった。そのときに見ていた昼夜の風景は、積み重なった記憶となって、どこか未来の自分史につながってゆく。意識的にする「ムンクの顔」もまた小さな旅の記憶だ。いつもそう思って叫び直し、「なんて不自由な生きっぷりだろう」と自らで驚いてみる。阿部家の仕来りを守り継ぐ女が重宝だからという理由で人生が始まるなんて、と思い悩んでも、しょせん宿命の奔放さに人はかなわない。そこで果たせるものは、自らで独特のスパイスを楽しく利かせるしかない。それがいつも旅に似てると思えるのは、少し歩いてみて不思議なのだが、歩き終えてみたら、こんな人生の物語であったのかと驚くことだ。
「いつも、未知の場所に行く感じなのだ」と、
 その気になりやすのだとは思うが、到着ロビーから出てきた人たちを見るだけで、自分も旅から帰ってきた気持ちになる。空港で見たり、実際に空港から具体的な旅をすることで、秋子は色々な人生を一瞬、生きることができた。

           あきの暮れ 動 gif

 二人がオスロのガーデモエン空港を離れるときは、秋の夜更けである。 
「遠方とはそもそもなんだろう」
 と、慎五郎はふと淋しい場所を考えた。
「遠方に行けば淋しさは減るのであろうか」
 と、秋子はぼんやりとした不安を抱いた。
 お互いには見通せない、そんな二つの問いが、それぞれの心に長い余韻を残しながら、互いはすでに運命が交錯していることも知らずに、二人それぞれに寂漠としたものを抱えさせて、オスロ上空へと機影は消えた。そうして夜空へと消えいて行く機影を感知して想い見ることが、またそれが秋子の旅なのであった。



  しの笛 動2 gif      B 5 gif

  ふえ秋子 動2 gif


                              第29話に続く
                      みうまそうたろう 文字 かな 正

   ライン グラ 青 gif

  きょうの細道    C 11 gif



  
   京都 二十四節気 清明。


  
   京都 二十四節気 穀雨。




   そうごリンク
      A 9 gif
   きょうと 2はなそとば 2

   クリック・ボタン gifA 5 gif   ひめくり古都の道
   京都 花そとば



  つきの暦  2013年2月

  つきの暦 2013 2



   みみずく文庫 欧文サイン gif                                みみずく 2 gif
   ライン グラ 青 gif
  Ron SO 30   ちきゅう gif 
                                    Mimizuku 20
         
                           そうたろう イラスト動 gif

   ライン グラ 黒 gif

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

三馬漱太郎

Author:三馬漱太郎
Welcome to Ron「漱」World
Sotarou Miuma
立体言語学博士
Social Language Academy Adviser
応用社会言語科学研究員

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。