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小説『花そとば』 第19話

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  こえんふどき五円風土記タイトル
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   はなそとば タイトル
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              第一部 八瀬童子(やせどうじ)   19

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      十一  伍円笛 (ごえんぶえ)   



 言葉が途切れると万寿寺はさらに閑寂を深くした。
 寺の奥は不在なのか一声すら洩れとどくことはない。人気を感じさせない、そんな閑寂の中にあって座敷の欄間に吊るし止められた干からびて小粒な赤が色と思えば色で、秋子が吊るしたという唐辛子の小さな束の赤だけが悠悠閑閑としていた。
「何を拒絶している・・?。遠ざけるには、何かある・・・!」 
 拝観者の訪れない万寿寺の一室はやはり森閑としている。しかも普段の閑寂さではない。出払って僧一人として奥には居ないのであろうが、だが単に人気がないだけの類の閑寂ではなかろう。雨田虎彦は、何事かの内情を秘めた寺院であることを感じた。その虎彦は、もうニ時間も片足を伸ばしたまま固く座りこんでいる。
「その秋子さん・・・は、今はどされてますか?」
 膝頭に苦痛を感じながらも、異界話は麻酔に似た快さが伴う。さらに虎彦は訊いた。
「たしか・・・、アメリカの大学に留学されているはずですが。そう聞いてますが・・・?」
 と、そうとだけ答えると、駒丸扇太郎は継ぎの言葉を足そうとはしない。秋子に関する消息はあまり詳しくは知らなそうであった。留学だと聞かされ、虎彦はたゞ、女学生に似合う年齢、香織よりか少し大人の女性を思い泛かべた。
「アメリカ・・・!、何んや変やなァ~・・・」
 香織には、昨年末に聞いた秋子の笛の音が耳に鮮やかに残されている。姿こそ見なかったが、あれはたしかに耳に馴染んだ秋子の笛なのであった。
「かさね・・・、何が変なのだ・・・?」
 小さく何かを否定する香織の小さな囁きがいつもとは違い妙に不自然である。普段、やたらヤンチャな娘ではあるが、奥歯に物を挟んだよう言い回しはしない。虎彦は訊いた。
「暮れにィ、秋子はん笛ェ吹いてはッたんや。あれェ、何んやったんやろか・・・」
 香織にそう言われると、虎彦も笛の音なら聞いたように思える。誰が吹いているのだろうと感じたときがあった。そんな会話の中で、扇太郎は眼をしばたいていた。
 そして三人は、そんな秋子のぼんやりとした行方を抱えながら万寿寺の部屋を出た。
「やっとこさ、大黒ラーメン・・・や!・・・」
 鐘楼をくぐると、香織はにんまりと笑みた。

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 門前は、東寺と東福寺を結ぶ九条通、平安京の南端の九条大路にあたる。
 門前に出た虎彦はそう思って左右を見た。
「昔なら・・・東大路通に突き当たる・・・」
 東は、平安京の東の端にあって南北を結ぶ大路であった。反対に西の彼方には羅城門(らじょうもん)があった。その羅城門なら、門に棲みついた鬼(茨木童子)と戦った渡辺綱の武勇伝がある。しかし現在は鴨川を渡り上がる九条跨線橋になってその先はすでに東寺の甍すら望めない。現存はないとしても偲べる光景を遮られるのは味気ないものだ。そう思うと虎彦は、少し訝しくした眼で空を見て、てのひらを向けた。

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「?・・・・、雪か・・・!」
 ふと、早朝出逢った竹原五郎の顔が浮かんだ。なるほど香織と五郎の差配が的中したことになる。そうか彼は陰陽師あるいは八瀬童子の血流であったのかと思うと、八瀬贔屓(ひいき)ではないが、やはり五郎という男の風貌が妙なものでさらに懐かしさが増してきた。その五郎の影を、阿部富造という男影がさらに曳き出してくる。そしてぼにやりと佇むと、ちらつく風花(かざはな)となっていた。
 万寿寺の門前から東福寺駅前への道は九条通の細い路側帯である。九条跨線橋の上り坂にともない右の高い植栽と、左の高い遮音壁に挟まれたその細道は、真っ直ぐに敷かれた水路の中を歩く感じで、三人は向かえ風に煽られるおうに歩いた。
 とき折りその風に虎彦は足止めとなる。50メートル先の角を右に曲がれば直ぐ右手に大黒ラーメンがあるのだと香織は急かすようにいう。
「たしか・・・、この香織とも関わる話だからとも扇太郎は言っていたが・・・?」
 急かされてみる香織の顔に、ふと、虎彦はその言葉を思い出した。扇太郎はその先の話を、後でまた含めるのであろう。コートの袖を香織にツンツンと引かれた虎彦は、止めた足をステッキで起こして、また頼りなく歩きはじめた。
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「香織に笛の音が聞こえた・・・!。空耳であろう・・・!」
 秋子はそのころ日本にはいない。吾輩が六道の辻から覗いて確かめてみるか。
 たしかに篠笛は吹いた。だがそれはアメリカである。秋子は留学中であった。

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 一乗寺駅へと向かうその途中にあるお宅には、道路にまでしだれ咲く萩がある。そろそろ紫の花がつき始める季節であることが懐かしく想い泛(うか)んでいた。
 もう夏のものとは思わないそんな気配に、ふと気づかされる朝が日本にはあった。それは身を潜めていた秋が急に姿をみせたような快い空気を感じるときである。
 九月中旬、このころ日本では朱夏を過ぎて、秋は色なき風の白い装いとなるのだ。これが日本の季語でいう「けさの秋」である。そうした日本の仕草を養母和歌子は秋子にせっせと教えてくれていた。
「京都ォの夏もかなわへんけど、秋ィ・・・、こない暑うあらへん・・・」
 朝の天気予報で、予想最高気温38度、と聞いただけで阿部秋子はめまいがした。
 アメリカ暮らしが早三年目となる秋子の瞳には、在所から一乗寺駅への途中にあるお宅の、道路にまでしだれている萩に、そろそろ紫の花がつき始める季節であることが懐かしく想い泛んでいた。
 秋子の暮らすニューイングランド地方にも日本と同じような四季があるのだが、しかし夏の湿気が払われて、透き通って寂びていく景色という風情などはない。秋子は初めて訪れた日のアメリカを思い起こした。

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 初夏の朝陽を浴びて一隻の帆船がある。メイフラワー号ともいうが、別称はポリティカル「political」である。そう言われると、裏返された名の帆船となる。
 この名から連想されるpolitical correctnessとは、世の中にある差別や偏見に基づく言語表現でマイノリティ(少数派、少数民族)に不快感を与えるような表現を制限しようとする、文字どおり「政治的な訂正」ポリティカル・コレクトネスのことである。もっと簡単に言えば、差別用語を、あるいはそれどころか、ピルグリムと呼ばれるこの聖者たちは、プリマスに上陸すると、すぐにさまざまな暴力をふるいはじめるのだ。どちら側の意識からこの帆船の名が生まれたかは明白で、北アメリカにおけるイギリス植民地の魁けである。その最盛期には現在のマサチューセッツ州南東部の大半を領有していた。
 しかし、プリマスの太陽は向日葵の咲き誇る花畑を越えて向かってくるかのように見えた。時計の針は奇しくも広島の上空に原爆が炸裂したときと同一の時刻を指している。八時十五分である。おそらくこの時刻に限定された特別の感情を抱くの世界広しとはいえ日本人だけであろう。幼少を祖父富造に構われて育ったせいか、黙祷と対にしたくなる時間としてどうしても意識される。やはり秋子は日本人なのだ。
「ほんに、人間いうんは、しょうないなぁ~・・・」
 ピルグリムの上陸を忍ぶ象徴の一つがプリマス・ロックである。それはプリマスの上陸地点近くにあった花崗閃緑岩の大きな岩の露出部であるという。プリマスは1620年にできた村として記念石にその年号が刻まれている。
 しかし、この岩が上陸地点にあったということに言及している当時の証言は無いのだともいう。つまり、でっち上げられたモノとする意見がある。実際そこは、ピルグリムが上陸地点に選んだのは岩場ではなく、清水を確保し魚が取れた小川だった。
 しかも石に刻む「1620」の年号に見当たる日本史の、その回想に秋子は良き思い出はない。その一つ元和の大殉教が重なってくる。

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 元和の大殉教(げんなのだいじゅんきょう)とは、江戸時代初期の元和8年8月5日(1622年9月10日)、長崎の西坂でカトリックのキリスト教徒55名が火刑と斬首によって処刑された事件である。日本のキリシタン迫害の歴史の中でも最も多くの信徒が同時に処刑された。この事件後、幕府による弾圧はさらに強化されていく。また、オランダ商館員やイエズス会宣教師によって詳細が海外に伝えられたため、26聖人の殉教と並んで日本の歴史の中で最もよく知られた殉教事件の一つとなっている。

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 秋子はじんわりと、比叡山を賭け下って朝廷に押し迫る荒法師らがあらがう気勢の声を想い浮かべた。京都山端に育つと、自然とあらがう者の声に耳を傾けようとしたくなる。
「せやけど・・・、ここはアメリカやないか・・・!」
 そう思うと、自身の滑稽に秋子はひとり笑えた。
 大群の向日葵はいかにも咲き誇るかに見える。太陽は向日葵の咲き誇る花畑を越えて向かってきた。淡い桃色のトレイリング・アービュータスの花(赤毛のアン)、窓辺にはその朝顔の花がある。
 グローブ紙〈The Boston Globe〉によると、ニューイングランドはすでに夏休みなのだ。
 日本の蒸し暑い梅雨の中を抜け出してきたせいか、初夏のボストンは仄ゝと優しく爽やかな感じがした。ユナイテッド航空ORD経由でボストンに向かった。所要18時間である。ボストン・ローガン国際空港のバゲージクレームへと向かう階段を下りながら、秋子は迷いのないことを自身の胸に問いかけた。
 習慣のように繰り返される毎日が嫌であるから一度、母語の外に出て自身のことを見つめ直してみる機会にと選んだアメリカ留学であった。アムトラックを降りると、なるほど、サウス・ステーションは美しい駅であった。
 ボストンの夕陽の中で・・・・・、  After a hundred years Nobody knows the place,--
一編の詩を想い泛かべていた。   Agony that enacted there, Motionless as peace.
                     Weeds triumphant ranged, Strangers strolled and spelled
                     At the lone orthography  Of the elder dead.  
                     Winds of summer fields Recollect the way,--  
                     Instinct picking up the key  Dropped by memory.
 異邦人の留学生は「100年後には この場所を知る者は誰ひとりいない。ここで体験された大きな苦悩も もはや平和のように安らかだ。千草が庭でわがもの顔にはびこり 見知らぬ人々が散歩にきて。もう遠い遠い死者の面(おもて)の・・さびしい墓碑の綴字を判読する。 たゞ夏の野を通り過ぎる風だけが・・・この道を回想してくれるだけだ。記憶の落としていった鍵を・・本能が拾い上げてくれるかのように・・」と、これを訳した。
After a hundred years  Nobody knows the place,--  Agony that enacted there,  Motionless as peace.  Weeds triumphant ranged,  Strangers strolled and spelled  At the lone  orthography  Of the elder dead.  Winds of summer fields  Recollect the way,--  Instinct picking up the key  Dropped by memory.
 100年後に・・この場所を知る者は誰もいない  ここで体験した大きな苦悩も・・平和のように静かだ   百年あとには・・・・・・この場所を知る人は誰もいない 
 ここで演じられた大きな苦悩も・・・平和のように静かだ
 雑草がわがもの顔にはびこり 見知らぬ人々が散歩にきて
 もう遠い死者の・・・・・さびしい墓碑の綴字を判読する 
 夏の野を通り過ぎる風だけが・・・・・この道を回想する
 記憶の落としていった鍵を・・・本能が拾い上げて・・・
 星の数ほどあるHP(ホームページ)の中からこのアドレスにたどり着いて下さった偶然に感謝している。「1日に1つのありがとう」
 さる一葉の古い絵葉書が、今、乙女の手のひらにある。
 大正10年に日本の京都で投函された絵葉書が、どういう訳か平成元年の秋に、アメリカ中西部の宛先へと配達されていた。68年間、どうして迷子になったのか、なぜ半世紀以上も過ぎて届けられたのかは定かでない。さらに不可思議なことは、この絵葉書だけを同封したAir mailが、アメリカの配達先から平成7年に、再び京都の送り宛てへと投函されたこと、しかもそれが平成8年に、栞(しおり)のように挿(さ)されて一冊の古本の中から発見されたことである。
「From the hometown of Joe」・・・ジョーの故郷から。
 と、たゞ書き添えられている。送り主が匿名(とくめい)であるために、二条城が描かれてセピア色に日焼けしたこの謎に満ちた絵葉書を、阿部秋子は5年もの間、人知れずたゞじっと握りしめてきた。
此(こ)の数奇な運命にある一葉の絵はがきを手に、留学生になった秋子が宛先の地を訪ねてみることにしたのは2001年10月のことであった。
 予定では、30分後にスプリングフィールド駅へと向かうことになっていた。
「Aki(あき)-Sun(さん). ひどい雨ね」
 窓ガラスに叩きつけている遣らずの雨を秋子が恨みがましく眺めていると、はあっさりと笑いながらそう言うと、煎れたてのコーヒーに目を細くした。名の後につけてくれる太陽は、リーンの嬉しい常套句なのである。新しい日本語を見つけたと、本人はそう思ってはいないだろうが、日本人にはそう聞こえる。
 しばらく留守にするからと思い、スプリングフィールド駅へと向かう前に、大学内のポストセンターに立ち寄ると、郵便物の有無を確かめているわずかな間に、先ほどまでの穏やかな秋空が驚くほど早く消えて雨になっていた。
「今の天気が気に入らなければ、数分間待て、という諺がこの地方にはあるわ」
 などとよく会話に挿まれる、ニューイングランド地方は天気と温度の変わりやすい所である。
(今の天気が気に入らなければ、数分間待て)という諺もあるくらいで、真夏でも朝夕が冷え込むこともあるので、長袖のものを必要とすることがあるし、9月にはすでに紅葉がはじまるのだ。
 そんなアマースト南部の穏やかな紅葉の中を抜け出して来たせいか、シカゴの10月は強烈な太陽の中で身も焼かれるような感じがした。この地方特有のインディアンサマーである。
 常に具体的なプランを提案しないと納得しないのがアメリカ人である。交渉ごとの成果を求められるとき悠長に「がんばります」では通じない国だ。そんなことを秋子はこの留学三年間で痛いほど体験してきた。
「カリフォルニア・ゼファー号の右窓の座席が指定できますか?」
 デンバー・ユニオン駅の改札で、そう言って駅員にまず頬笑みを見せる。
「Oh you are lucky. There is only one vacant seat.」
 おお、じつに幸運だ。一個の空席しかありません。
「Ah how wonderful it is! It is power to be born from your smile. Thank you.」
 ああ、それは何と素晴らしいこと。きっとあなたの微笑がそうさせてくれたのね。 ありがとう。
「It is a saving grace of God.」
 それは神のご加護ですよ。
「Yes, of course.」
 と、秋子は改札員へ頬笑みを返した。
 そんな三分間のミュージカルもミセス・リーンから舞台稽古のように何度となく習った。
 このエクソフォ二―の旅は、母語の外に出た秋子が初めて乗車するアメリカ大陸横断鉄道での一人旅である。
「California Zephyr」・・・カリフォルニア・ゼファー号。
 改札で何号車に乗るのかを問われた秋子は、番車を告げて、その行き先を書いた紙をもらう。この紙は荷物棚の下、自分の頭の上に挟む場所があり、車掌さんが行き先を確認できるようになっている。
 デンバーのユニオン駅からそのアムトラックに秋子は乗車した。
 カリフォルニア・ゼファー号はロッキー山脈を越えて、宛先のユタ州ソルトレイクシティへと向かった。
 真っ青な空の下に、赤い塩の砂漠が広がっていた。
 延ゝとある、この永遠らしき果てしない連なりを肉眼に描写してみると、大自然の喜怒哀楽というものが天地の奥深いところから語りかけてきて、本能とつながるかのようである。
 この「Arches National Park」に阿部秋子は訪れた。
 人間の眼にそう感じさせ、心にそう思わせるアーチーズの荒外(こうがい)な塩岩の赤ゝたる峡谷は、じつに赤裸々として地の浸食のありようを具体にみせつけていた。秋子は「Arches National Park」にそんな印象を強く抱いた。
 夕陽の中でみつめていると、今にもうごめき出しかねない巨大な磐紆(ばんう)の赤岩が、途方もない時間の中に身をゆだねながら生きつゞけていることが分かるのだ。数千もあるという妖怪な赤い岩の輪は、その一つひとつが、夕実の眼の中でたしかな聲(こえ)をして動いていた。もはや公園では陋(せま)く、まほろばなのだ。異邦人の眼にはそうみえるのである。

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 デリケート・アーチをくゞり映る紫陽なラ・サール山脈の雪渓を眼に入れてたゝずむと、夕実は記憶の奥底から目醒めるように泛(う)き上がる回想を早めぐりさせては何度も何度もうなずき返した。
 かつてはアナサジと呼ばれる先住民族の祖先が住まいとしていたエリアなのだ。
「ああ、そうや、こゝや。ほんにこゝやわ」
 と、秋子は眼頭を熱くした。
 そんな秋子がこのダブル・アーチを訪れたいと思った動機は、映画「インディージョーンズ最後の聖戦」でスピルバークが切り撮るビギニングの一シーンの追憶に集約されていた。少年時代のインディーを描写してバックドロップされた或(あ)の巨大な赤いドーナツ型の奇岩トンネルに秋子が魅了されたのは、今から13年前の12歳、京都市立修学院第二小学校に通う6年生のときであった。
 そんなダブル・アーチの前に秋子はひとり陣取ると、ひたすらと横笛を吹いた。
 笛の音は、何度も何度もダブル・アーチをくぐり抜けては大空へと舞い昇る。秋子はこのとき赤い大地に重ねるようにして比叡山を泛かべていた。


    
    篠笛「比叡の名乗り笛」巖倉の曲


 ピーターパンに乗るとボストンからアマーストまで3時間ほどかゝる。秋子がそのボストンより真西へ約150㎞のところにある小さくて上品な田舎町にやって来て早3年が過ぎた。
 初秋は「Holyoke Range」の紅葉にくるりと囲まれて、タウン・オブ・5カレッジスとも呼ばれるこの大学の町は、アパラチア山脈の中程に緑のスープ皿をそっと置いたような盆地にある。
 美しい草花に囲まれたアマーストタウンと、木々からは小鳥たちの可愛らしいさえずりが聞こえる長閑なキャンパスとが、その盆地皿に並ゝとそゝがれた緑色のスープの豊かさのごとく、ニューイングランドの美しい往時の風景を偲ばせるゆるやかな起伏の丘に広がっている。
 秋子にはこうした秋の季節が最もこの町に似つかわしく感じさせるのだが、しかし冬は膝もとまで雪のある極寒の町へと一変する。この冬の雪景色もじつに美しいのだが、人口の8割を学生で占めるこの町の学業期には5万の人口があるものゝ、冬季にはその数を1万7千までに減らすのであるから、秋子には、この人影もまばらに震撼とさせる雪里の寮暮らしが恐ろしいほど退屈で、しかも異国人であることを噛みしめる日々の連なりに人恋しさを募らせることが苦痛でもあった。
 そんな秋子は「Boltwood Avenue, Amherst, MA 01002-5000 U.S.A.」のジョンソンチャペルの隣にある赤レンガの寮舎に留学生として暮らしている。
「あんたも、そろそろ外したらんと、あかんのやさかいになぁ・・・」
 9月の窓辺に吊るし残した風鈴が、深まる秋空に涼しい音色を淋しげに奏でていた。
 このビードロの琥珀の風鈴は、京都に暮らす養母和歌子からの拝受品である。そうであるから夏を過ぎ越してもついつい仕舞忘れてしまうのであるが、後1年で卒業という今秋も、昨秋と同じで京都に吊るされたころと少しも変わらずに、はんなりとさせる音色を広ゝとした寮舎の庭に響かせていた。
 昨夜「A word is dead When it is said. Some say. I say it just Begins to live.」という一編の詩を寝付かれぬままに想い泛べては、口籠らせてみたくなるほどの長い夜を味わっている。
 訳すれば「言葉は口にされたら死んでしまうと言う人がある。私は言おう。正にその日言葉は生き始めるのだと」とでもなろうか。南北戦争を経た、この女性の聲(こえ)が秋子の胸ぐらに痛く沁(し)みいるのであった。
 19世紀の前半にこの町に生まれたエミリー・ディッキンソンの、人の眼では仕訳られぬ詩である。
 アマーストコモンからMain St.を右に曲がった木々の中に彼女の生家がThe Dickinson Homesteadとして遺されている。昨日、この生家の前を通り過ぎよとして、秋子はふと足を止めさせられた。
 以前に三度見学に訪れているが、初めて訪れた折に見初(みそ)めた、彼女が16歳の若かりし写真の、その昧ゝ(まいまい)とした撮られようを、そのときふと思い起こしたのである。

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 まだ若いのにひっつめ髪の地味な面(おもて)に影をさし、真っ黒なドレスを着ていて、質素でひかえめな生活を滲(にじ)ませた彼女らしさがよく窺えるその写真は、彼女の生涯唯一の一枚なのであるが、この死相を纏(まと)うかのような写真と先の詩とが折り重なり合って醸しだそうとする難解なメッセージに、秋子は酷(ひど)く心を揺さぶられた。閉じられようとして、閉じ込められまいとする雁(かり)の聲が目の前にある。
 ほとんど家の外には出ることがなかったという彼女の詩は、現在、1番から1775番までの番号をつけられて遺されている。そのエミリーの詩は、彼女の死から4年後の1890年に妹・ラビニアによって初めて詩集が出版された。正に、その日々の言葉が夕実の心の中で生き始めている。
 どことなく自分らしくない。どことなくそぐわないものがある。朝陽の窓ガラスの中に映る自分の顔をみて、その外れようが気になる秋子は、かすかに眉をよせて窓辺の椅子に背もたれていた。
 百年あとには・・・・・・この場所を知る人は誰もいない 
 ここで演じられた大きな苦悩も・・・平和のように静かだ
 雑草がわがもの顔にはびこり 見知らぬ人々が散歩にきて
 もう遠い死者の・・・・・さびしい墓碑の綴字を判読する 
 夏の野を通り過ぎる風だけが・・・・・この道を回想する
 記憶の落としていった鍵を・・・本能が拾い上げて・・・
「Motionless as peace.」という予言を、エミリーの未来を、ニューヨークの昨朝が詬恥(こうじ)したように感じられた。この詩の詡(ほこ)らかな聲も汚れさせられて、晩夏の季節の去りゆく暑さを惜しむエミリーの印象に、拾い上げてはもらえぬ記憶の鍵のことを、秋子は遠い眼をして探していた。しかしやはりエミリーが書き遺したように「目をさまして 正直な手を叱った 宝石は消えていた」ことになる。
「どうかしたの。ぼんやりとして・・・」
 と、そんな秋子に背後からふと声がかけられた。振り向かずとも、それが誰かは声と時間帯とであきらかである。しかるべき声はミセス・リーンそのものであるのだから、秋子はいさぎよく振り向かねばならなかった。彼女はいつも三日置きの朝8時には、決まって花瓶の花を挿し替えにきてくれるのである。
「Good morning.」
 秋子はいつも通り友情のしるしのようにそういって振り返ると、ミセス・リーンもいつもの彼女らしく頬笑みを泛(うか)べて立っていた。しかしいつもより秋子の語尾がゆっくりとのびた、その分、ミセス・リーンはそれを推し量ろうとして、じっと寝不足の瞳のむくむ秋子の顔をみつめた。
「Homesickness ? Yesterday's terrorism ?」・・・ホームシック?それとも、昨日のテロ事件のこと?。
 と、問われ、すっと笑いながら眼をそらされると、ミセス・リーンはあえて言葉にはしなかったが、少しも案じることはありませんよと語りかけるもが彼女の眼の底にはあった。
 そうして肩をポンとたゝかれてみると、それがいつ会っても心が通じ合っている確認のように思え、秋子の沈みこむほどの重みが、ふっと軽くなった。だから秋子はリーンに問いかけられて返そうとした、昨日の同時多発のテロ事件のことを、いいさしてあえて止めることにした。
「It thought whether there was delicious breakfast that some eyes seemed to wake up.」
 何か目の醒めそうな美味しい朝食はないものかと考えていたのよ。
 すると一瞬、むっと身を包んだその弾みからか裏腹に、思ってもいなかった言葉が口をついた。
 しかし、いってしまった後で、それをさして意外とも感じない自分に、秋子は改めて驚いた。いつからそんな醒めたものが胸の底にひそんでいたのか、これと思い当たる節目もなく無意味なことなのだが、とりあえず底意のない明るさをミセス・リーンへ返そうとしたことだけは確かなことであった。
 それは、決して、自分の中から振り払ってしまいたいような類の思いではない。却(かえ)って、そうであることが、自分で驚くほど爽やかなときめきにつながっている。このミセス・リーンという人とならと、あらゆる空想の中で、その場に臨んだとき、訪れてくると思える知的な華やぎをどこかで許してしまっているところがあった。
「If you hope for it, there is very dangerous dessert called a bomb of Oregon.」
 それだったら、オレゴンの爆弾という物騒なデザートがあるわよ。
 彼女にこう返されると、いつも秋子はテーブルに身をのり出して平らげてみたくなるのだが、この日もミセス・リーンは秋子が期待し予感したように、軽口のそれでいて機転を利かしたユーモアたっぷりの献立を秋子にすばやく直球で投げかけてきた。
「If it is such a wonderful bomb, I want to eat.」
 そんな素晴らしい爆弾ならば、食べたいわ。
 養母和歌子に似ているからか、そのリーンに薦められると何でも食べてみたくなるのだ。その素晴らしい爆弾も食べた。オレゴンの爆弾はエミリー・ディキンソンが食べたデザートであるという。しかしこれは一種のメルヘン。ほとんど引き篭もりの生涯を送ったエミリの部屋に、一匹の蒼いネズミが住みつき、彼女と心を通わせるという物語の中に登場するデザートであった。
 この物語はミセス・リーンの創作である。秋子はその創作を読んで、まっさきにデリダの「引用」概念を思い出した。どんな言葉も、聞き手の一人一人違うコンテクストの中に引き込まれて再生されるのだから、言葉はそのつど新しい意味を担って創造されるというのがデリダの「引用」である。そこにはエミリー・ディッキンソンの詩も効果的に引用された。秋子はリーンの創作に「引用」されているディキンソンの詩をいくつも知っていたが、エミリーと蒼いネズミの交歓の物語の中に置かれたそれぞれの詩は、秋子の知らなかった新しい輝きを帯びていた。ディキンソンの詩はとても短い。だから、四季折々の心の中で変化されて引用されるたびに、言葉のデザートは新たな相貌を見せてくれた。
 オレゴンの爆弾は、淋しいクリスマス迎えるエミリーを楽しく過ごさせて上げたいと考えた蒼いネズミがプレゼントする爆弾デザートである。そしてミセス・リーンは「悲しいときに食べるデザート」という。食べると不思議に悲しさが爆発して消えた。
 秋子はそのデザートのお返しとして、いつも篠笛を吹いた。その笛の音は「比叡の名乗り」という旋律で、京都比叡山へと分け入るときに儀礼として告げる阿部家伝承の笛の音であった。


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                              第20話に続く
                      みうまそうたろう 文字 かな 正

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   京都 比叡山よりケーブル八瀬 下り景色。




   そうごリンク
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   きょうと 2はなそとば 2

   クリック・ボタン gifA 5 gif   ひめくり古都の道
   京都 花そとば



  つきの暦  2013年2月

  つきの暦 2013 2



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三馬漱太郎

Author:三馬漱太郎
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Sotarou Miuma
立体言語学博士
Social Language Academy Adviser
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