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小説『花そとば』 第17話

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  こえんふどき五円風土記タイトル
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   はなそとば タイトル
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              第一部 八瀬童子(やせどうじ)   17

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      十  午の骨 (うまのほね)   



 不動の姿勢で虚空蔵菩薩を、たゞじっと見据えていた。 
 法輪寺を訪ねた阿部富造の目的は、虚空蔵求聞持法を修めることにあった。
 だが・・・これは、そうそうに会得できるものではない。
 修法は、一定の作法に則って真言を百日間かけて百万回唱えるというものだ。空海が室戸岬の洞窟「御厨人窟」に籠もって虚空蔵求聞持法を修したという伝説がある。空海のように、これを修した行者は、あらゆる経典を記憶し、理解して忘れる事がなくなるという。 この現世利益を京都八瀬に持ち帰るため法輪寺へときた。

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 日蓮もまた12歳の時、仏道を志すにあたって虚空蔵菩薩に21日間の祈願を行っている。
 虚空蔵菩薩 (こくうぞうぼさつ)の像容は、右手に宝剣左手に如意宝珠を持つものと、右手は掌を見せて下げる与願印(よがんいん)の印相とし左手に如意宝珠を持つものとがある。後者の像容が求聞持法の本尊となる。

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 明星をもって虚空藏の化身とし、ゆえに虚空藏求聞持法を修するには明星に祈祷する。
 富造はその明星を待たねばならなかった。
 またさらに、眼を巽の方角へ向いて祈祷する場所を富造は探さねばならなかった。
 心得として行者用心というものがある。
 行者は「修行中は他の請待を受けず。酒、鹽(しお)の入りたるものを食はず。惣じて悪い香りのするものは食はず。信心堅固にして、沐浴し、持斎生活し、妄語、疑惑、睡眠を少なくし、厳重には女人の調へたものを食はず。海草等も食はず。寝るに帯を解かず。茸等食ふべからず。但し昆布だけは差し支えなしと云う。要するに婬と、無益な言語と、酒と疑心と睡眠と不浄食、韮大蒜(にらにんにく)等臭きものを厳禁せねばならぬ。浄衣は黄色を可とす。どんな場所が良いのかは、経中に、(空閑寂静の処、或は山頂樹下・・・・・其の像、西或は北へ向かう・・・)とある。見晴らしが良く東。南(西も開けていれば最上)は開けている。修行者は東方又は南方へ向かう」とある。これは明星を虚空蔵菩薩の化身とし拝むためであった。

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「このとき・・・、空海には、口中に明星が飛び込む神秘体験が起こったのだ・・・」
 法輪寺の虚空蔵菩薩は飛鳥の古い仏像である。みつめると、しだいにその虚空に空海の姿が泛かぶように映る。富造は虚空の上の空海を現世へと引き出すために、五芒星と九字が描かれた安倍吉祥紋を虚空蔵菩薩の左手に押さえつけた。

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 その富造の眼は鋭く輝いている。眼には、阿部晴明がある時、カラスに糞をかけられた蔵人少将を見て、カラスの正体が式神であることを見破り、少将の呪いを解いてやった。また、藤原道長が可愛がっていた犬が、ある時主人の外出を止めようとし、驚いた道長が晴明に占わせると、晴明は式神の呪いがかけられそうになっていたのを犬が察知したのだと告げ、式神を使って呪いをかけた陰陽師を見つけ出して捕らえた。十訓抄の記述から引きだしたその二つの故事を泛かばせていた。
 このとき富造には、陰陽道によって占筮(せんぜい)せねばならぬことが一つあったからだ。
「11月1日・・・。知花 昌一(ちばな しょういち)・・・」
 虚空蔵の文殊は、この男の行為をどうみなすのかを、阿部富造はしずかに考えた。
 11月1日とは、「大化改新」のはじまる2年前の643年、蘇我入鹿(そがのいるか)が、聖徳太子の息子である山背大兄王(やましろのおおえのおう)を自害させる事件がおきた日である。
 子代(こしろ)を今に継ぐ阿部一族は、代々この日を忌日として畏れてきた。
 昨年の11月1日、その6日前の10月26日に掲揚されていた沖縄国民体育大会会場の日ノ丸を富造は浮かばせている。国体は「きらめく太陽 ひろがる友情」をスローガンに開催された。
 読谷村のソフトボール会場に掲げられた日の丸が引き下ろされて焼き捨てられる。知花昌一は、天皇の戦後初の沖縄訪問により強まる日の丸・君が代の強制に対する抵抗だと主張した。
 学生時代に自治会委員長として復帰闘争に参加した。沖縄戦の集団自決の調査などの平和運動を行っていた。1948年5月の戦後生まれの男である。建造物侵入、器物損壊、威力業務妨害被告事件の扱いとなる。
 国内は地価狂騰のころ、この事件発生に、富造は忌日の前兆としての嫌な危うさを感じた。
 何よりも9月23日には、皆既日食が起きていたからだ。
「太陽が覆われる日食・・・その後に・・・日ノ丸の焼き打ち・・・」
 連続して重なると、富造にとって、それらはじつに暗い兆候であった。

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 聖徳太子が亡くなって約20年後、蘇我入鹿は古人大兄皇子(ふるひとのおうえのおうじ)を独断で次期天皇にしようと企て、その対抗馬とされる山背大兄王を武力で排除しようと、巨勢徳太(こせのとくだ)らに命じて斑鳩宮(いかるがのみや)を急襲した。大兄王と側近たちはよくこれを防ぎ戦い、その間に、大兄王は馬の骨を寝殿に投げ入れ、妃や子弟を連れて生駒山へと逃れた。
 宮殿を焼きはらった巨勢徳太は、その灰の中から骨を見つけて大兄王らは焼け死んだと思ったのだ。囲みを解いてあっさりと引きあげた。大兄王たち一行は生駒の山中に逃れるのだが、十分な食糧を持ち合わせていなかったため、部下のひとりが「いったん東国に逃れて、もう一度軍をととのえて戻ってくれば、必ず勝つことができます」と進言した。すると大兄王は「一つの身の故によりて百姓を傷(やぶ)り残(そこな)はむことを欲りせじ。是を以って、吾が一つの身をば入鹿に賜う」(自分は人民を労役に使うまいと心に決めている。己が身を捨てて国が固まるのなら、わが身を入鹿にくれてやろう)と答え、生駒山を出て、斑鳩寺に入った。大兄王たちが生きているという知らせを受けた入鹿は、再び軍を差し向けたところ、大兄王は、妃や子どもたち20人以上と共に自決して果てていた。
 この事件からおよそ80年後に編纂された『日本書紀』には、悲惨な上宮(かみつみや)王家である聖徳太子の家系の滅亡に同情して、「おりから大空に五色の幡(はた)や絹笠が現れ、さまざまな舞楽と共に空に照り輝き寺の上に垂れかかった」と、昇天の模様を記している。
 入鹿の父である大臣(おおおみ)の蘇我蝦夷(そがのえみし)は、山背大兄王の死を知ると、「ああ、入鹿の大馬鹿者め、お前の命も危ないものだ」と、ののしる。そして、2年後にそれが現実となった。中大兄皇子 (のちの天智天皇)や中臣鎌足らが、入鹿を殺害するクーデター(大化の改新のきっかけとなった事件) により、古墳時代から飛鳥時代を通して巨大勢力を誇っていた蘇我一族が滅亡することになった。
 馬の骨とは、素性の解らない者をあざけっていう言葉である。どこの馬の骨か解らない、などと使われるが、八瀬童子もその馬の骨であった。
「さて・・・、絹笠を掛けるか・・・」
 そう言うと富造は、脇にいる竹原五郎をチラリと見た。
 あらかじめ住職には許しを乞うている。
 おもむろに五郎は、笈の中から白絹の一枚取り出した。
 そして富造はその白絹で、さも虚空蔵菩薩を包み隠すかのように包んだ。
「一時間ほど・・・、この状態を保たねばならない」
 その言葉が合図なのか、二人は法起寺へと向かった。

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 法起寺(ほうきじ)は、法輪寺と同じ聖徳宗の寺院。斑鳩町岡本にある。その岡にあるため、古くは岡本寺、池後寺(いけじりでら)と呼ばれた。
 山号は「岡本山」。ただしこれは、奈良時代以前創建の寺院にはもともと山号はなく、後世付したものである。この寺院は聖徳太子建立七大寺の一つに数えられるが、寺の完成は太子が没して数十年後のことであった。富造にとってはこの寺院の位置が重要であった。

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「北緯34度37分22.75秒 東経135度44分16.40秒」
 長年の親しみもあり、富造は「ほっきじ」と読む。この法起寺の位置から北に直線を引くと、京都市北部の桟敷ヶ岳とが結ばれ真南北に向かい合う関係になる。三重塔をみつめる二人はしばらく境内に佇んでいた。
 火中の栗を拾うという例えがある。猫が猿におだてられ、炉で焼けている栗を四苦八苦して拾わされる話だ。これは、お人好しを戒める寓話ともなっている。だがこれは、身を捨てて難儀を背負った話ともなろう。

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「さて、火中の、馬の骨を拾うぞ・・・!」
 見る側の五郎は、興ざめを通りこして呆れた。
 しかし、倒れた古老の大樹の切り株からも、新しい芽が吹くことを富造は知っている。創建当時の建築で現存するものは三重塔のみである。
 その三重塔の建立時期、および寺の建立経緯については、『聖徳太子伝私記』(仁治3年・1242年の顕真著)という中世の記録に引用されて「法起寺三重塔露盤銘」の史料をよりどころとする。それによれば、聖徳太子は推古天皇30年(622年)の臨終に際し、山背大兄王に遺言して、岡本宮を寺院に改められることを命じている。そして富造は広く境内と連なる景観を見渡した。佇む法起寺は、法隆寺東院の北東方の山裾にある。 
 さらに、京都の北山に桟敷ヶ岳(さじきがだけ)という山がある。
 この山は伝説のある山で、王位継承の争いに敗れた惟喬親王(これたかしんのう)がこの山に桟敷を作って京の街を眺めた。山名の由来はそこにある。ここ桟敷ヶ岳は北山の奥地だけあって、今の季節、山頂付近の樹木はやっと芽吹き始めたばかりであろう。惟喬親王が京都北山に隠棲の時、桟敷ヶ岳山頂より京の都を眺め、懐かしみ、小亭いわゆる桟敷を建てさせた。建てたのが阿部家の祖先らであった。

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「惟喬親王は聡明なお方であったようだ・・・」
 父の愛情もことのほか深く、皇太子になる筈のところ、当時、権勢高い藤原良房の娘で藤原明子が、第4皇子惟仁親王を誕生させると、天皇は良房をはばかられて、生後9ケ月の惟仁(これひと)親王を皇太子とされました。「この方がのちの第56代清和天皇となられた・・・」
 さて、惟喬親王は858年(天安2年)、清和天皇の即位に先立って太宰権帥に任命され、その後は太宰帥・弾正尹・常陸太守・上野太守などを歴任され、872年(貞観14年)、病のために出家なさり、比叡山麓の小野の地に隠棲された。
 それ以後、惟喬親王は時勢を観察され、山崎・水無瀬(みなせ)に閑居し、河州交野で紀有常(紀名虎の二男)在原業平(紀有常の娘を妻とする)らと観桜されている。さらに京都雲林院の傍らにしばらく新居を構えて(当社の近辺)住まわれた。さらにその後、江州・小椋庄へ移られ、轆轤(ろくろ)を開発して、緒山の木地屋に使用を教えられた。その間、阿部富造の先祖らが従事し、以後阿部家では、惟喬親王を轆轤の始祖として崇拝をし続けてきた。
 都に戻られてからの親王は、洛北の大原、雲ケ畑、二ノ瀬、小野郷・大森にと隠栖され、貞観14年7月11日(872)疾に寝て、仏に帰依し素覚浄念と号された。
 そのように聞かされてきた祖先の声が『伊勢物語』の中につづられている。
「・・・むかし、惟喬の親王と申す親王おはしましけり。山崎のあなたに、水無瀬といふ所に宮ありけり。年ごとの桜の花ざかりには、その宮へなむおはしましける。その時、右の馬頭なりける人を、常に率ておはしましけり。時世経て久しくなりにければ、その人の名忘れにけり。狩はねむごろにもせで酒をのみ飲みつつ、やまと歌にかかれりけり。いま狩する交野の渚の家、その院の桜ことにおもしろし。その木のもとにおりゐて、枝を折りてかざしにさして、上中下みな歌よみけり。馬頭なりける人のよめる・・・」
 阿部富造は、その「馬頭なりける人の」という祖先の人の影をそっと泛かべた。


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                              第18話に続く
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   京都 西陣 阿部晴明神社。



  
   阿部晴明神社。





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   京都 花そとば



  つきの暦  2013年2月

  つきの暦 2013 2



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