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小説『花そとば』 第7話

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  こえんふどき五円風土記タイトル
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   はなそとば タイトル
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              第一部 八瀬童子(やせどうじ)   

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とりべの鳥辺野 動1 gif

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      四  誰が袖 (たがそで)   



 ときとして虎彦の言葉づかいは地口や冗句に富んでいて、若い香織を翻弄させることがある。それが、ちよっとした自意識過剰であることは虎彦自身も分かっている。長女の君子にもずいぶん嫌な顔をされてきた。
 それは、どこか偽善的な意識であり、しかし自分を「まともには見せたくない」という、そんな矛盾もを交錯させる偽悪的でもあるのだからそうとうにひねくれているのだが、それでいて、つねに影響力を計算しつづけているような、どこか悲しい自意識なのである。そうした妙な自意識を牽引したと自身でも思われる泉涌寺という寺院は、虎彦の青春の「傷のつくりかた」を決定づけるほど衝撃的な世界であった。
 そう思う虎彦がふと気づくと、ふいに不安を呷(あお)られた香織はしょんぼりとしている。
 虎彦は俯(うつむ)く香織のその顔色を感じながら、おもむろに笑みを泛かべて首を振った。
「案外かさねも、阿呆やなぁ~・・・」
「実際だれが、かさねを尼にさせる。そんなことあるか。いや何、尼になろうとする女性の心情を推しはかることも大切だと思ってな。この寺は古くから、そういう女が通い合う道なんだ」
 虎彦はそう言いながら改めて腕時計をみた。駒丸扇太郎と会う約束の時間にはまだ少し間があった。泉涌寺の、この界隈はやはり秋がいい。ここらはまだ京都の田舎といった淡い光が残っている。
 しかし人目も草も、みな枯れたものの間にあって、この冬を越そうとしてしがみつくように残る常緑樹が黒ずんだ葉の色をさせて寒さに耐えて立っているのは、かえって生身の血が通うものの本性をみるようで、これが泉涌寺には好ましい本来の季節ではないかという気にもなる。虎彦は少し遠い眼をした。

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 虎彦が泉涌寺の参道をみて、そうした遠い眼をするのには、香織に係わることで少々気にかかる仔細があった。
 花雪という芸子が、九州長崎の造船界の有力者、陣内富蔵に身請(みう)けされて、ここ泉涌寺付近の別宅に囲われ暮らし始めたのは六十年も前のことだ。
 虎彦の養母であったお琴は、京にくるたびに、同郷の富蔵に呼ばれちょいちょい別宅に遊びに行っていたという。その花雪はやがて、妊娠(みごも)って戦争直前に京北の花背(はなせ)辺りに移り住み暮らすようになる。同じころお琴も疎開騒ぎに紛れて自然と別宅から足が遠のいた。
 戦争が終わってお琴が奈良吉野の疎開先から京都へ行ってみたときは、花雪はすでに労咳(ろうがい)で死んでいた。女児を産んで二年目に死んだという。さらにその三年後に花雪の産んだ児が、当時、泉涌寺近くの別宅に出入りしていた、清原増二郎という、これもお琴とは遠縁の男に養われていたと聞いた。お琴はこれを探したが所在は不明だったという。虎彦は確かにそう聞かされていたのだが、これは戦後、四年してお琴が知り得た話なのだ。
 養母お琴がそう言い遺したことが事実であるのならば、その児の生まれ年から存命であるとして逆算すると、花雪という女性は六十歳前後のはずである。増二郎の子と名乗る香織は十七歳であるから、増二郎が養っていたという赤児とは、さらに香織との関係とは、いずれも亡きお琴からの聞伝でしかなく、いまさら確かめ難きことであるのだが、虎彦は泉涌寺の山ふところとなる月輪山(つきのわやま)や泉涌山の空をあおぎみながら、遠い眼をしてその消息の彼方を泛かばせていた。

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「尼にするいうて驚かさはるさかい、うち、何や気色わるいわ」
「尼さんは・・・、そんなに薄気味悪いものなのかい・・・?」
「そうやおへん。せやけど・・・、うち、罪ほろぼしせなあかんこと、何ィ一つしてへん思うんや」
 香織は暈(かさ)をかぶった太陽がようやく雲の切れ間から顔をのぞかせるように、まだ戸惑いを口に籠らせた声でそういうと、かすかに睫毛(まつげ)がうるむ顔をさせて虎彦をみた。
「・・・、この娘の眼には、尼の修行が、罪ほろぼしの生活として映っているのか!、出家とは、そう映るのであろうか。しかし、それはそれでいい。香織がどう思おうが、そんなことは人それぞれの自由だ。さて・・・私はどう応え返せばいい・・・。ああ、たしかに本当だね、かさねは、罪ほろぼしなどする必要はないからね・・・」
 と、素直に肯定してやろうとするそんな優しい言葉が、虎彦の喉もとまで出かかった。だが虎彦は、それをじっと堪(こら)えた。
 以前の虎彦の気性なら、忍し殺して黙っていられる筈はなかった。そこは肯定してその場を適当に済ませ終えるか、あるいは少しの反論などしただろう。だがそれは気勢にも柔軟であった昔のことで、今は老いの疲れがそうさせるのか、はからずとも虎彦は、すでに円満に済ませることすら面倒で、投げやりたいような妥協癖にちかいものを心の中に抱くのであった。
 しかし・・・、泉涌寺の坂に至る道は人生のそれと等しく、山あり谷ありであるらしい。
 この坂に、世のくびきから離れ、煩悩と対峙して、いくばくかの悟りを求めようとする、そんな覚悟の女僧らが歩いた影がある。その尼を罪ほろぼしと存外にあしらわれると、それはやはり穏やかではない。「比丘尼(びくに)とは仏門の闇夜にゆっくりと炸裂してのぼり行く、この世からはそう見せる、あの世の花火なのだ」と、胸の内でそう想う虎彦は、香織の言葉を聞いた耳朶(みみたぶ)に、かすかな冷や汗を感じた。

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「東福寺駅前から泉涌寺の仏殿までは、往復でおそらく3キロほどあるだろう。この膝は・・・、もう自力でそれだけの距離をあるくことに耐えきれやしない」
 そう往(ゆ)きあぐねると、虎彦はやはり口を堪え、何か妙にも哀しく、細い一本の老木のように立ちつくしていた。
「冷やっこいなぁ~。そないじィ~ッとツッ立つてはって、奈良ァ、いつ着きますねんかいなァ」
 北風の中でそうしてぼ~っと立っていられたら居たたまれない。香織にはそんな虎彦の姿が、朝起きようとしてまだ寒いからと、蒲団(ふとん)から首だけ出している老亀のように思われた。
「一体、どないしはるンや・・・」
 そう急かされた虎彦は「この場で私が一歩踏み込めば、結果、香織は苦しむことになるのかも知れない」と、考えるのだが、しかし「その少しの苦痛が、やがてはこの娘の歓びとなることもありえるだろう。もし・・・、その苦しみが、香織の幸福へと繋がっているのなら、苦しんでみるのもよいが、さて・・・どうする・・・」
 虎彦はその判断に迷っていた。漠然としてはいられない。駒丸扇一郎と落ち合う約束はしたものの、やはり厄介なところでバスを降りてしまったと思った。
「かさね・・・、東福寺駅の、西へ出て、みることにしよう」
 約束の時間までにはもう少しある。虎彦は少し思案する時間が欲しかった。
 泉涌寺道の少し北に鳥辺野という陵地がある。そこは一条天皇皇后定子(ていし)以下六つの火葬塚で藤原氏時代の貴族らの埋葬地だった。この鳥辺野と泉涌寺は細い山路で結ばれて密接である。泉涌寺は古くから皇族の香華院(こうげいん)、つまり菩提所とされ御寺(みでら)とも呼ばれた。
「詮子(せんし)と・・・、定子とが・・・、同じ軒下で眠れる。あの世とは、そうしたところなのか!」
 一度、じっと北へ目配せした虎彦は、すっとステッキを西に返した。

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 一条天皇の母上で円融天皇の皇后が詮子である。定子には叔母にあたる。その詮子は、定子の兄の藤原伊周(これちか)を関白にさせなかった「大鏡」ではそういう意地悪の人で、定子には姑(しゅうと)でもあるが、詮子はその定子まで憎み終えた。亡くなってみると、その二人が今、一つ墓所に葬られて眠る。いや、眠らされているのだ。
「近くて遠きもの・・・、思わぬ親族はらからの仲・・・か」と、
 虎彦は泉涌寺、鳥辺野、さらにその北にある清水寺までの、その長々とした音羽山へといたる細い山路を想い浮かべてては、いかにも「おかし」かった。
 泉涌寺や鳥辺野は、敗者によって埋められた場所である。
 清少納言(せいしょうなごん)は定子の御陵近くに住んでいたらしいから、この道を通って清水寺に詣ったのだと思う。虎彦がそうした清少納言の影を追いかけてみると、当時の視線で描かれたはずの枕草子(まくらのそうし)には定子の没落の背景が触れられていない。これは、むしろ触れようとはしなかったから、第段のはしばしに筆を曲げたとみとめられる辻褄の悪い痕跡がある。
 この時代、藤原氏は同族相はむ暗闘を演じ、陰険でしかも徹底した抗争が、王朝のきらびやかな表面とはうらはらに、裏面では強かに渦巻いていた。追いやられる定子に宮仕えする清少納言は、藤原道長が存命であったがゆえに、世相には無関心を装うかに意を忍殺し、眼を伏せ、口をつぐみ、筆を曲げている。それで真の「ものの哀れ」
ではない。虎彦はそんな敗者の場所を背に感じながら、また寒々とした参道口を西へと歩いた。
「老先生、歩かはるんやしたら、お薬のみはらんと・・・」
 右足の関節が伸びたまま、歩き辛そうに虎彦は踵(かかと)を地に引ひて歩く。それもよく見れば下半身はかすかな震えをともなわしていた。後ろから支えようとした香織は、居たたまれなく、サッと滑るようにして虎彦の脇に肩口を差し入れて下支えすると、それでもステッキを突こうとする虎彦に労わる眼差しでいった。
 このまま放置するとその震えはしだいに痙攣(けいれん)することを香織は知っていた。
「ぶぶな、ちょっと熱いさかい、そろそろと飲んでおくれやし。赤いの一錠、白いの二錠やわ」
 香織はそういいながら虎彦のステッキを小脇に挟み、ポシェットから三粒の錠剤をとり出し、それを手渡しつつ左手にカップを持たせると、常備した保温ボトルから白湯を手際よく注いだ。



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                              第8話に続く
                      みうまそうたろう 文字 かな 正

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   京都 立春。




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   京都 花そとば



  つきの暦  2013年2月

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