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京都風土記『花そとば』 第45話

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   Web小説    はなそとば 文字 正

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              第二部 山端の巫女(やまはなのみこ)   45

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      十一  花卒塔婆 (はなそとば)   


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 しだいに白い影は近づいてくる。雨田虎彦は鼻の尖りを指先で押さえた。
 綿飴のような甘さの内に梅の花のような軽い鋭さを放っている。柔らかな風だが虎彦は風下にいる。再び鼻の頭をクイと押した。鼻孔をさらに拡げたのだ。
 秋なのに・・・、梅とは?。しかし、たしかに梅の香りが聞こえる。
「この国(こく)は・・・、羅国(ラコク)・・・だ!」
 羅国でも黄色木目のものであろう。サクサクとはしてるが、やや砂糖を焦がしたような澄んだ感じの香ばしい甘さがあった。これは、五味でいうと「甘」である。伽羅は「宮人の如し」と形容し、羅国は「武士の如し」という。聞き終えて振り向くと、やはり阿部秋子が立っていた。

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「神様と、仏様が、戦ったらどっちが強いんだろう。なんてこと考えたら、バチが当たりますかな・・・!」
 振り向くと虎彦はそう言って笑みた。妙な挨拶をすると思ったのであろう、脇から香織が虎彦の袖をツッと引っ張った。頷くと、その香織にも虎彦は少し笑みた。確かに久しぶりの挨拶にしては妙に可笑しい。しかし現実に、そんなようなことが、室町時代の京都では起きているのだ。
「ようおこしやす。そうどすなァ・・・、都の話どしたら、お山ァの仏さん、ほんに強おすなぁ~」
 そう言って白の鈴掛衣を着た秋子も静かな頬笑みを返した。昔は武人の装備を「出(い)で立ち」と言ったが、京都ではお馴染の「行者服」の出で立ちも、中々凝っていてる。虎彦は初めてみる秋子の白い山袴まで視線を下げると、肩まで掛る長い黒髪のしなやかさへと眼を戻し、嬉しそうにまた笑みた。

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 鎌倉時代から室町時代にかけての京都には「座」という制度があった。これは言ってみれば、専売システムのこと。朝廷や有力な寺社などを本所として一定の利益を上納すると、営業の独占権や課税免除の特権が座商人に与えられるというシステムなのである。
 その「座」のひとつに、「麹座」というのがあったが、これは、酒に使う麹を独占的に扱う座である。京都の石清水八幡宮の刀禰を皮切りとして、北野天満宮の神人らが麹の専売権を設定して「麹座」を開いた。
 この麹座、最初のうちはうまくいっていたのだが、独占販売が長く続くと、それに胡坐(あぐら)をかいて、座衆らはやりたい放題。しだいに高くて粗悪なものが出回るようになった。
 虎彦が秋子に問うた「神と仏、戦ったらどちらが強い?」とは、この問答を指した。
 粗悪なモノが出回る、それで怒ったのが、酒屋の衆である。「もう、やってられない。麹は自分たちで作ろうじゃないか」ということに、相成る。つまり、酒屋が麹座を無視するようになった。
 麹座は幕府に駆け込み、酒屋に圧力をかけた。酒屋も、黙ってはいない。そこで酒屋が考えたのが、北野天満宮を襲撃することであった。この襲撃には後押しがある。心もとない酒屋が味方につけたのが、運送業を仕事とする馬借。そして、比叡山延暦寺の僧兵たちであった。

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 北野天満宮は、由緒ある大きな神社である。都でも格式の高い神様だ。さすがにその神様を襲うのは、気が引けるし祟(たた)りも恐い。と、いうことで頼ったのが、延暦寺の僧兵たちだった。
 酒屋衆としては「仏様が味方についてりゃあ、神様だって恐くないさ」と、そんな身挙がる思いであろう。かくして「酒麹を巡る争い」は、神様VS仏様の血なまぐさい戦いに発展してしまった。1416年のことである。
「やはり・・・、この娘は、さすがに斬(き)れる!。やはり羅国の、武士の如しか・・・!」
 秋子は虎彦の質問のど真ん中をすんなりと射抜いた。指先一つ動かさずにさらりと答えてくれた。虎彦はそこがじつに嬉しかった。爽やかでもあった。
 麹座が酒屋に襲われた、この時、室町幕府はどうしたか。麹座は、幕府にとって資金源のひとつである。しかし一方で、酒屋はこの当時「金貸し」もやっており、幕府も融資を受けていた。まあ言ってみれば、神様はタニマチ企業。仏様は取引銀行のようなものであった。迷うところもあったが結局幕府は、仏様、つまり取引銀行の方を、選んだわけだ。そして北野天満宮へ、鎮圧軍を派遣した。
 これによって北野天満宮は、半焼する。同時に「麹座」は、崩壊することになる。これはまあ、厳密に言えば、神様VS仏様ではなく、それを隠れ蓑にした、何とも罰当たりな戦いだったのだが、根本的な原因がまた何とも酒にあったという物騒の下りが、じつに人間臭い出来事であり、虎彦から見ればそこがまた興味深いところでもある。
「ところで秋子さん・・・、そもそも、臍(ほぞ)の緒(お)は、どこで切れましたかな・・・?」
 また虎彦は秋子に笑みた。そして香織を見るとクスリと笑った。
「へそのお、が切れた・・・!」
 妙で、意外な質問に、また香織は眼を丸めた。そしてその眼を虎彦の笑みにギロリと剥(む)いて見せた。
「それどしたら、義満はんどすやろか。ほんに金閣は豪奢どすさかいになぁ~・・・」
 秋風のように秋子は涼しく笑みて答え返した。何一つ迷いなく爽やかに笑みた。

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 京の都で、商人に初めて税金をかけた男がいる。
 1368年12月30日、4月に元服を済ませたばかりの男は、征夷大将軍に任じられ足利幕府三代将軍となった。足利義満である。以後、金閣に代表される北山文化の花開いた時代ということで、文化面ばかりスポットがあてられている義満時代の幕が切って落とされた。文化を開花させるにはいつの時代もお金がかかるのは同じ事だ。この時代、財源は酒税でまかなわれていた。
 その以前、税金は土地にかかるものであり「税金を納めるのは農民の役割」、これが鎌倉時代までの常識であった。この常識を見事にくつがえし、初めて商人に税気をかけたのが、足利義満である。
 時は14世紀も終わりに近づいた1393年、直轄地の少ない室町幕府は、財政基盤の弱さを何とかしてカバーしようとしていた。そこで目をつけたのが、酒屋と土倉(中世の高利貸業者)である。
 この酒屋は・土倉の多くは、比叡山の支配下にあった。当時の比叡山は莫大な荘園を持ち、傘下の寺社に連なる酒麹座・綿座などの座から場所代・営業料をとっていた。そのうえ、馬借・車借といった運送業者をも傘下に治め、京都の町をゆさぶり動かすほどの力を持っていたのである。
 義満は、この強大な寺社権力への挑戦を試みた。
 彼は、酒屋・土倉を幕府の支配下において、幕府の財源にしようとした。このプランをお膳立てしたのは、幕府のブレーンであった禅僧だった。禅宗の僧侶たちは、算勘の才もあり、しかも以前から、比叡山による利益独占を苦々しく思っていた。
 そこで義満に酒屋・土倉を支配下に置き、税金を取ることを進言したのではないか。そう思われている。現代にしてその確たる証拠は充分ではないが、寺社の力関係の理解なくして、この時代の京都は語れない。
 当然のことながら、比叡山からの抵抗はすさまじかった。
 しかし、義満は室町幕府を安定政権に導くために比叡山と戦い、ついに比叡山から酒屋・土倉を治める権利をもぎとったのである。鎌倉時代から、関所の通行にかけられた関銭というものはあったが、商品の生産に税金がかけられたのは、後にも先にもこれが初めてである。
「義満はんが・・・、都の治世に、ほんに迷惑な、道筋ィ残しはりました・・・!」
 さらに秋子は涼しく笑みた。
 どうにもよく解らない香織がその傍にいる。そして秋子はその香織の髪をさも優し気になでた。
「そうですか・・・。やはり・・・、そこからやり直しますか・・・!」
「ええ・・・!」
 そう応えた秋子の笑みを見ると、虎彦はその眼を仰いで大イチョウの彩りを見上げた。
 仄かに色づくその枝越しに見え隠れする初秋の空には斑雲がゆるやかに流れる。それはまことに伸びやかな空であるが、虎彦は大きな時代のうねりを映し出していた。そしておもむろに振り向くと、観音堂の左馬をじっと見据えた。

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「秋子さん・・・、あの左馬の額ですがねッ!。加賀に由来するモノではありませんか・・・!」
 静かに笑みてはいるが、虎彦は眼を一段と輝かせた。そしてその眼の奥には石川・兼六園の唐崎の松を泛かばせている。それは虎彦にとって重要な案件であった。
 兼六園の唐崎の松は、霞ケ池北岸にあるクロマツで、加賀藩13代藩主前田斉泰が、近江の唐崎から松の種を取り寄せて、育てたことからその名が付けられている。よく知られたことである。加賀藩においても、昔から著名な名勝と知られた唐崎の松並の風景を、領地の園内に写す目的でこの作業が行われた。
 文久年代(1861年~1863年)幕末期の作と伝えられる「兼六園絵巻」に描かれている唐崎の松はまだ幼い姿をしている。しかし、小さいながら池中に張り出した広がり、主幹が蛇行形を取りながら上に向かっている様子は、現在の姿を彷彿とさせる。
 金沢は虎彦が過去に何度も訪れている土地だ。松の種を、植えた年月を、正確に確定することはじつに難しいことだが、虎彦の眼では、斉泰候が13代藩主に就任してそれほど経過していない、1830年代頃ではないかと推定する。樹齢は約170年くらいほどと計算され、その後、剪定・整枝を繰り返し仕立てられ、現在では低く枝が池面を覆うように広がり、兼六園の中でも特に枝ぶりの見事な樹姿となった。そう考えている。
「・・・・!」
 秋子はそう語る虎彦に耳を傾けてはいたが、眼を一度パチリとさせてからは、しばらく口を閉じた。



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                             第46話に続く
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  きょうの細道    C 11 gif


  
   京都・伏見 城南宮。


  
   京都・伏見 淀水路(京都競馬場近く)。



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   京都 花そとば



  つきの暦  2013年2月

  つきの暦 2013 2



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