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京都風土記『花そとば』 第32話

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   Web小説    はなそとば 文字 正

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              第二部 山端の巫女(やまはなのみこ)   32

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  ゆめ泡 動1 gif

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      八  夢の歯車 (ゆめのはぐるま)   



 たしかに、(むべ)の、小さな花が秘めてもつ力を覚えた。そして、ぼんやりと、道が二つに割れて見えた。しだいにそれが、過去と未来の道だと分かった。さらにその道には、深い青の淵があり、そこより弾け出た緑珠の荒魂が慎五郎の首筋をなでるように揺らした。
 緑の珠は弾けたが、そこにはまた静かな森の奥深くに咲くように、むべの花が泛いている。

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「しかし・・・、この懐かしさは、一体何・・・?」
 手先までが秋子の篠笛にまだ揺らされている。しかもどこか聞き覚えのある潮騒の揺らぎだ。
「どうも・・・、僕がむべの花に触れてはいけないらしい。何となくそんな気がした」
 花は幽かにしか見えないが、しかしその花影が覆うようにして、青い淵が消えた。そこで、たしかに慎五郎は夢を見ていたことに気づいたのだ。だがまだ途中であるのかも知れない。耳奥で秋子の笛が揺れ続けている。その笛の音は、明らかに慎五郎が見憶えている山端の風景を強引なほど曳きつけていた。

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 金縛りにする、そんな夢の中では、すっかり慎五郎と秋子とが逆転したごとくに入れ替わっていた。
 いつしか秋子が江戸気質の東京人になっている。
 しかし夢から醒めてみれば、そう夢に想う慎五郎の理由も明快だった。
 この夢の話を秋子にすれば、きっと「うすらぼんやりとした欲求にまかせて私を慰みものにしちゃいけない」と彼女は言うだろう。秋子は理論的である。
 たしかに慎五郎は一時期、中途半端に狸谷に暮らす秋子の世界に興味を持っていた。その間の慎五郎は、秋子が仲睦まじく狸谷の住民らと交流できる姿に、別の負の感情である嫉妬すら覚え、自身でも考えようの及ばない、ある悪質な眼差しを向けた意識で胸を染めていたのだ。慎五郎は「自身でもはっきりとしない欲求で秋子を知ろうとしていた」のだ。
 夢はその間の、慎五郎の妙な感情をあぶり出していた。しかし、そうした負の感情を抱かせ、それを糧とさせて生きようとさせる秋子こそ、かけがえのない慎五郎の「奇貨」なのである。そう思えたから「私はこの女性と一緒に暮らさなきゃならないのだ」と決心した。それゆえに今、祖父富造の日記をもとに、阿部家を引き継いだ秋子の心情を解きほぐしている。
「ああー、あれは太郎冠者(たろうかじゃ)の桜!・・・そうか、そうか」
 さりげないが夕実の言葉の音感のようなものには凍てつくように鋭いものがある。新たに感じるものがあった。慎五郎は、できるだけ正直に、できるだけ偽りなく山桜を感じてみたかった。

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 室町時代の狂言「墨塗」の中では、「男心と秋の空は一夜にして七度(ななたび)変わる」という表現がある。これはそもそも、男のほうが女より浮気しやすいということだ。紫式部の「源氏物語」にあるようにじっと忍耐強く待つ女と対照的に男は気の赴くままに次々と女心をくすぐっていくが、それが男という動物の本性なのであろう。しかし時代を経るに従い、狂言は面(おもて)をもつ能樂とは違い、人間の顔そのもので写実性豊かな狂言として滑稽色を強めるようになった。可笑しみの裏にこそ眼には見えない四次元の本質はある。

       炎の動き

「人とはやはり、他では収まりきらないモノであろう・・・」
「自分が傷つくと心を痛め、傷つけるモノには怒る人になる」
「今度、夕実には、能樂の鉄輪(かなわ)を、見せてやろう・・・」
 大名狂言の墨塗は、遠国の大名が都より国元に帰ることになり、在京中の愛人のもとへ太郎冠者を伴って暇乞いに行く。女はひどく悲しみ、涙を見せて嘆くのだが、実は水をつけて偽りの涙を流していた。ここまでが「序」という無拍子である。この一次元から二次元へと狂言を進化させる。
 次の「破」から拍子が加わると、それを太郎冠者が見抜き、太郎冠者はそっと墨の水入れと取り替える。しかし、女はそれとは知らず泣き続けていた。最後は「急」に転じて加速させ、やがて大名は女の顔が黒くなるのに驚き、別れの形見にと鏡を手渡すのだが、すると鏡に映し出された自分の顔の墨塗をみて、女は怒り、逃げる二人の顔に墨を塗りつけて、仕舞いには、三人とも墨塗りの顔になるという筋立である。しかしそうした筋の、その残り滓、妙に持ちこたえられない中心、慰めにもならない断片を感じさせる。

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「この墨塗の序破急(じょはきゅう)を、抽象させる例えが能楽の鉄輪なのであろう」
 それは「女」と云うには禍々(まがまが)しく、「鬼」と云うにはあまりにもモノ哀しい。人間が、心を墨色に染めた物語である。これを観て、坊主はまだ喜べる、というのであろうか。鉄輪とは、自分を捨てた夫を呪い、鬼と化す女の言語譚(たん)なのだ。今日の歌舞伎語りではない。迂闊(うかつ)だと、人はそこを遊蕩(ゆうとう)な見世物にするものだ。
「丑(うし)の刻(こく)参り・・・・あの桜が、夢のお告、神託なのであろうか?」
「あれが狂い咲きとして見えることが、デペイズマンであれば、私は今、異国へと送られていることになる」
 慎五郎には、女の面(おもて)が見せる鬼のようなすさまじさ、鬼の形相の面が垣間見えるのだが、秘すれば花という、裏面には、恋しい男を慕う女のせつなさもある。いずれも同じ人情ではないか。その情念には灼熱に身をよじりたくなるような怨念と、その灼熱をいったん避けて人情の効く風情に入るような残念とがある。慎五郎はまだ暫くは瓜生山の見てはならぬような山桜を、焼香を灯すような眼で愁傷に細くみつめていた。

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「時節を待つべしや、まずこのたびは帰るべし、・・・か」
 真ん中には中庸(ちゅうよう)だけがある。表も裏もない。それが人間なのだ。だが、怨念(おんねん)となれば、それはまた別モノのような気がする。怨念とは、ひと度その人の裡(うち)から浮遊すると、後は人智では及ばない幽鬼のような存在として妖気を放つ新しい生命の生まれ変わりであるのかも知れない。その鬱屈した動きの型を表現しようとするものが猿樂に至る能樂であるとしたら、鉄輪がそうであるように、風姿花伝の人は中庸にして過甚ならず、変化(へんげ)は未完で閉じるしか手立てなどない。心にそう慎五郎が見改めると、一樹の桜はもう墨染めていた。
 樹木は老いてからがだんだん凄まじい。そういう老人力の樹というものは昔から世界には数多くあるけれど、慎五郎が接した範囲でも老人になって何でもないような樹はもともと何でもなかったわけで、たとえば屋久島の縄文杉、米国カリフォルニアのジェネラル・シャーマン、米国ホワイト山地のブリスルコーンマツ、メキシコのエル・アルボル・ デル・テューレ‥‥そのどれもがみんな凄かった。呪鬼というのか、みんな深々とした妖気のようなものを放ってくる。これこそが正統の妖気である。

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「能は、枝葉も少なく、老木(おいき)になるまで、花は散らで残りしなり・・・・か」
 こう世阿弥(ぜあみ)には見えた、その父の観阿弥(かんあみ)は死の十五日前にも、駿河の浅間(せんげん)神社で、奉納の能を一心不乱に舞い立っていた。それは動かず、控えめな舞である。これが世阿弥のいう「まことの花」である。この花の伝わりが「風姿花伝」、人の動きと心の動きをしるした「舞道理論」なのだ。
 これはまた父観阿弥から与えられた「花の形見」なのであった。父観阿弥が到達した舞道の極致をのべている。「その風を受けて、道のため家のため、これを作する」「これを秘して伝ふ」とあるから、伝家の奥義でもあったのだ。そんな眼をして桜をみると、白さから墨染めた山桜には身振りや手振りがあった。
「秘せねば花なるべからずとなり・・・という」
 狂い咲きして慎五郎がながめる山桜の齢(よわい)はまだその老木という域ではない。壮年前期の一樹なのだ。世阿弥はいう「上がるは三十四、五までのころ、下がるは四十以来なり」と。そうして行く末を見極める時期なのである。慎五郎は、世阿弥のいうこの青年の若さが消えようとするその年域にいた。

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「この分目(わけめ)を知ること、肝要の花なり・・・その分目とは、一体?」
 この先、どう秘すれば花と成るのか、どう行えば精神の修成をたどれるのかと思うが、そうかこれは不惑の窓なのかと、より夢中になったその時、玄関先で家内を訪う馴染みのある大きな声が聞こえた。
「何んや居てはるやないか、平気なもんや」
「今日のは、また、えらい大きな荷(やつ)やさかいに、それもまたえらいに遠い処からや」
 一条寺郵便局員の波多野照夫である。波多野は老いるにつれて「平気」ということをしきりに言うようになったという。秋子がそんなことを語っていた。

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 どうやら見当のつかない横着が平ちゃらになっていくのであるが、定年で一度局を退いたが再び嘱託として配達員をやっている。腰を据えてこの男の都合に係わると、慎五郎が知らない気楽というものが何故(なぜ)か次々に広がっていく。秋子のよく知る現役のころは、貴き血筋のアンシャン・レジームさを見せびらかす嫌な質(たち)の男であったが、最近は様子がまるで違うらしい。その通り、静謐(せいひつ)なバサラのようなものを感じさせた。どうしてかと訊(き)くと、還暦の時分に愛宕山で採った毒キノコに祟(や)られたという。そんな話は妙な夢の後だけに、巻きこまれて慎五郎が頭を冷やすのには丁度よかったが、波多野はそんな珍しい話を長々として帰って行った。

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「人生というものには、やはり偶然が関与するものだ」
 波多野という男の変化がそうであるように、慎五郎と秋子とが二度目に出逢った縁も偶然だった。それは東京の夜中に街を歩いていて、ふと見渡した公園の何に目をとめたかという偶然である。
 いつ、どこで、どんな女に出会ったか。慎五郎は生まれてきてからこの方、数多(あまた)ある女を見てきたことになる。秋子はその一人なのだ。最初の出逢いが京都の五条坂であった。だが二度目に出逢った秋子は、意外な東京の公園の外灯に赤いフィルターを取り付けていた。それは慎五郎には、一連の星座をかたどる銀河のうちの星姫の一つに出会うような偶然であった。
「あれが、ちょっと冬めく冷たい公園の夜陰なら、偶然はなかったのであろう」
 そう思うと、一瞬、慎五郎はハッとした。
 あのとき秋子は夜桜の公園にいたのだ。たしか4月の中旬で満開を通り越した花はもう人知れず見向かれることのない青葉まだらの季節なのである。秋子はその散り残る桜木を赤く染めようとしていた。秋子はあのとき、出会ってみなければ決してわからない結晶的な雰囲気というものを実験しているのだと言った。偶然は、そうして特別な夜の思想までをも慎五郎に与えた。このとき慎五郎は二度目の秋子が吹く笛の音を聞いた。
「あれはそう、何かの深奥を感じた、あのキリコの形而上絵画にも似た感覚じゃないか・・・」
 どうしてキリコなのかは解らないが、慎五郎の眼は未来都市の静寂に光と影だけを泛き上がらせていた。


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                             第33話に続く
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   京都 八坂神社 初能奉納。



  
   京都 薪能。
 京の初夏の宵を彩る「京都薪能」。平安神宮。空が暮れゆくのに合わせて光を増す炎が能舞台を浮かび上がらせ、観光客や市民が舞台で繰り広げられる幽玄の美。




   そうごリンク
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   京都 花そとば



  つきの暦  2013年1月

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Sotarou Miuma
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