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京都風土記『花そとば』 第26話

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   Web小説    はなそとば 文字 正

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              第二部 山端の巫女(やまはなのみこ)   26

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      四  春の賦 (はるのくばり)   



 ここに、秋子から借りた一冊の古本がある。
 借りてからもう十数年、借り忘れでもなく返さないでいる。河井寛次郎の『火の誓い』という一冊だ。後、数年すると紅蓮の赤シャツを着せてあげたい。その姿で一緒に散歩でもしよう。長らく生きてみて、そろそろ一つに生まれ還る、そんな年齢の古本である。
 返却を迫る質(たち)ではない。もう返さないことに決めた。

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 そもそもこの一冊が秋子との馴れ初めであった。これこそが絶えない潮騒の独り占めのようで、今さら返せないのである。未だ返せない事情が、じつはもう一つこの本にあるのだ。
 河井寛次郎の『・・・これこそ病む事のない自分。老いる事のない自分。濁そうとしても濁せない自分。いつも生き生きとした真新しい自分。取り去るものもない代りに附け足す事もいらない自分。学ばないでも知っている自分。行かなくても到り得ている自分。 起きている時には寝ている自分。寝ている時には起きている自分。『火の誓い』・・・』という下りである。

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 この辺りの寛次郎が言い聴かせる問答が何ともじつに奥が深い。真っ向から渡り合うには、分かち合うだけの想像力が問われ隔たりを埋め尽くす間を慎五郎は自覚せねばならなかった。
 そうした自覚を導くには、さしづめ道元禅師の言葉「自己をはこびて万法に修証するを迷いとす。万法すすみて自己を修証するはさとりなり」に突き当たることにもなろうから、いずれ秋子に案内を頼み、駒丸家とは結び付きの深い修学院の赤山禅院にでも訪ねて、千日回峰行の大阿闍梨による八千枚大護摩供の加持・祈祷の比叡術など請い学べねばならないと考えていた。

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 赤山禅院(せきざんぜんいん)は比叡山の西麓にある延暦寺の塔頭である。
 慈覚大師円仁の遺命により888年(仁和4年)天台座主安慧が別院として創建した。本尊は陰陽道の祖・泰山府君(赤山明神)、かけ寄せの神として、また、京都の表鬼門にあり、王城鎮守、方除けの神として信仰が厚い。拝殿屋根に瓦彫の神猿が京都御所を見守っている。
 この方除けの神として、古来信仰を集めた拝殿の屋根の上には、京都御所の東北角・猿ヶ辻の猿と対応して、御幣と鈴を持った猿が安置されている。
 「あんた、猿にでもならはるつもり・・・」かと、
 秋子はきっとそう冷やかしてから承諾しようかと、問答の一つでも仕掛けてくるに違いないのである。そこに説き伏せの備えがいる。何かとてんごしたがる質であるから秋子との問答を、慎五郎は用意し、まずその門をすり抜ける必要があった。

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 「禅院の猿と、寛次郎が自宅に置いた猫とが問答する」
 と、さて軍配や・・・いかに、とでもなろうか。だが、おそらくこれは理屈なく即決する。
 手に何も持たない寛次郎の猫に、やはり軍配が挙がる。猫は一言も口を開かずとも猿に優るのではないかと慎五郎は考えている。しかし、比叡山延暦寺の千日回峰行においては、そのうち百日の間、比叡山から雲母坂を登降する「赤山苦行」と称する荒行がある。これは、赤山大明神に対して花を供するために、毎日、比叡山中の行者道に倍する山道を高下するものである。
 かけ寄せの神仏として人を招くとは、屁理屈がどうにも鼻や耳に障る。かけ寄せは、五十寄せとも五十払いともいい銭をかけ寄せ、五と十のつく日に集金や支払いを行うというもので、京都をはじめ関西では集金日を五十日(ごとび)と隠に称する商いの手習いが産まれ、これを赤山明神がかき寄せた。神仏に仕える身が民衆の銭集めを先導するとは、この本末転倒の屁理屈を、禅院は法衣で平然と語り過ぎる。禅院の猿が手にする御幣と鈴は、銭かき寄せの無慈悲な旗に過ぎない。
 自らの巧(うま)さを人に悟らせぬのが、本物の名人だ。知るものは言わず、言うものは知らずという。物事を深く理解する人は、軽々に語らないものである。
 磨きあげ積みあげた研鑽と技術をひたすらと庶民の幸福へと捧げ、市井の人であり続けた寛次郎とは、民衆の民芸に心優しい職人であり、それがための哲人であった。そうした彼の作品は、未来の民芸への温かい視線に培われた。
 明治という洋風偏向の真下(さなか)、日本民芸に新たな装いを加え、和を厚くするなどして風前の灯であった陶芸の弱さを補強してみせた。

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 「色彩もなく、手には何一つなく、眼を上げて何をかを招く、この男が置いた語らない猫」
 改めてしんみりとそ思う慎五郎は、そっと出窓を開くと、青のなかに白さをつよくしばるような高い空に向かってそのまゝ眼を西の彼方に遠くした。
 慎五郎は、そう思った秋の日のことを眼に泛かべた。
 鯖雲のふらりと流れる空である。そこに、眼をそうさせていると、自らが足を運んだ35年間の京都への道を想い起こし、しだいに初めて駒丸秋子と出逢った五条坂や、二人して歩いた京の都の細道が想い泛かぶのだが、五条坂の出逢いの記憶と鮮やかに結びつくもと言えば、それはやはり秋子の篠笛であった。
 「野の花のごとく・・・か」
 あのとき、ひょいと笛の音がどこからか聞こえてきた。最初は祇園の祭囃子かと思ったのだが、しかしその手の鳳輦(ほうれん)に踊る節音とはどことなく違う。
 慎五郎はいつのまにか佇み、しばらく野の風に揺らされる心地で神妙な笛の揺すぶり遊(すさ)ぶ音を聴かされていた。踊るでもなく、雅びるでもなく、侘びるでもなく、鄙びるでもなく、錆びるでもなく、市井の明暗から漏れ響く五感の音とはどことなく無縁のようで、どうにも裸体にさせられる。柔らかくはあるが人への手加減などない、それは逆しまに吹き野晒しに荒ぶ風神であった。

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 レイモンド・ロウィーの小鳩をたゝいた指先と、人への手加減を感じさせない野に逆しまに吹き荒ぶ風神を操るような篠笛の指先と、二つの白い指先が、高野川の春の流れに浮かんでくる。たしかにあのときは、野の風に揺り動かされる心地がした。
 僕はショート・ピースに火を点すと、いつもその燻ぶりが眼に顕れてくる。
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「まだあどけない15歳ほどの娘が・・・」
 あの手の篠笛をどう習い覚えたのかは不明であるが、宮大工の孫である秋子が宮家の影響を受けたことは間違いない。しかも、あのとき「野の花のごとく」という表現はそもそも可笑しいと、秋子にはクスクスと笑い返され、会釈とでも思ったのか軽く弾かれた。世間摺れした少女ではなかった。
「それでは、キリストはんの、あの聖書のフレーズといっしょや」と、
 そうあっさりと、機嫌良く微笑まれて、す~っと脇に置かれてしまったのだ。
 だが、そう言われてみると、逆にそうされた去(い)なし方に薀蓄(うんちく)の一味がある。慎五郎には益々讃美歌のように聞こえた。
 京都という市井の形成には、多くの社寺や宗派が深く関わっている。
 そうした仏派の中でも真宗は、プロテスタントと類似するではないか。京都人の質素・節約といった生活倫理の源泉を、その真宗の教えの中に見い出せば、市井にあって多様の商いに従事し、それぞれの家業を全うすることこそ凡夫の仏道と説いた蓮如の教えは、プロテスタンティズムの倫理が資本主義の精神を生み出したとするウェーバーのテーゼと、二つは結ばれて似たるものとして重なるのだ。
 実際、京都の気質にはそうした宗教の基層があるではないか。またこの基層の上に、秋子のいう言葉もある。どうもそう感じたのだが、またそう感じさせる少女の妙に揺らがされた。
 宮家なら営みの目線は常に大君なのであろうから、キリストとなれば讃美歌そのものである。
 秋子の笛はシンプルな旋律ではあったが、微妙な抑揚をよく拾うと、深々と静謐(せいひつ)の漂うその曲の調べは「野の花のごとく」風にそよぐ草むらの野花そのものであった。

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 「美(うるわ)しのさくら咲く林ぬち・・・」
 自然とついて出た歌詞を呟くと、これは都内桜美林中学の秋子は到底知らないであろう古い時代の校歌なのであるが、慎五郎の父正次郎がよく口吟(くちずさ)んでいた歌で、ふと過ぎる思い出のその記憶とも秋子の篠笛の音は慎五郎の脳億でピタリと重なっていた。
 篠笛は旋律であり、旋律と詞を切り離せる人はいいが、慎五郎は切り離せない。そう秋子には説明した。するとどうだろう彼女の笑顔やるや、それまで笹ゆりの慎ましき常態だった筈の顔が、まるでカサブランカが突然咲いたような別顔の綺麗で鮮やかな艷めきをみせた。
 「笛を愛でるにも、そんなルールがあるのですね」
 と、一転して上品に切り返し、魂でも行き来させるかのように声を弾ませたのだ。
 秋子はさも虫の歌声を楽しむように、笛の音を楽しもうなんて、風流な人ですねと能(よくした)言葉遣いでそう言った。しかし慎五郎はそう仕切られたことに思わずハッとした。秋の虫を籠で楽しみ、風流に愛でようとするのは都人の十八番(おはこ)ではないか。それでは上手に慎五郎が仕返しされたことになる。だがそれだけでは秋子の嬉しい仕返しは終わらなかった。
 篠笛を仕舞い入れようと秋子が手にした西陣の筒袋の直ぐ脇に、目敏(めざと)くみると三品の湯呑が黒漆の丸盆の上にシャンと佇んでいる。その佇まいが洗練を感じさせた。
 門外漢の慎五郎が眺めても、その陶器である湯呑は、その場に似合う景色を創りシャンとした姿勢で佇んでいた。世事抜きに正直そう思えたし、ありていの直感として素直にそう感じた。何か簾(すだれ)越しに中庭を見るような風通しのよさを感じさせたのだ。
 そうした慎五郎の視線を鋭く感取った秋子は、篠笛を仕舞い終えようとした手をピタリと止めて、さも嬉しそうな笑みを零しながら、丸盆ごと慎五郎の手前にす~っと引き寄せた。瞬間、互いの頬と頬とが擦れそうになり、慎五郎にはたしかにそう思われたので、一抹の危うさを感じ、咄嗟に彼女の頬を片手で遮ろうとした。
 しかし彼女の所作は、片手をスルリとくゞり躱(かわ)し、はしゃぐような素早さで瞬く慎五郎の顔を横に向かせると、さらにその耳元に頬を寄せて密やかに囁(ささや)いた。
「これ、秋の賦(くばり)という名のゆ・の・み・・・」
 と、だけ囁かれて、秋子のつるんとした指先は湯呑の中をさしていた。
 そう促されて湯呑一つを強ばる手のひらに乗せられてみると、意外にその陶器の肌触りは軽やかで、仄かな温もりを帯びていた。しかも万辺なく枯れた秋景色を眺め見渡すと、誰にでも分る描かれ方、あるいは巧みな削り方で、湯呑の底に澄み透る羽をしてくつばる一匹の蟋蟀(こうろぎ)が、さも草場の陰で啼くかのように棲んでいた。そして一言、湯など注いで殺さないでと言った。

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「そうか、湯を入れると、蟋蟀が死んでしまうよねッ!・・・」
 と答え返すと、一度小さく頷くが、さらに首をさりげなく左右に振った。
「死にはるのも、そうやけど・・・、湯ゥ注ぎはると、黄蘗(きはだ)の釉薬が効かへんようになるんやわ」
「えっ、効かなくなる・・・?。綺麗に効いているようだけど・・・」
「そうやないわ。この釉薬なッ!、菩提樹の涙やして、私(うち)それ入れてるさかいに、湯ゥ入れはると菩提寺の声消えてしまいはる。そしたら、ほんに可哀そうや・・・」
 今、その湯呑の蟋蟀が、慎五郎の書棚の硝子ケースの中に棲んでいる。書斎のそのケースだけは常秋の国だ。春開く小さな硝子戸の密かな楽しみがある。
 「いつもよりうまく作れた気がする」
 と、あの時、じつに福々しい笑顔で陶器を手にして、寛次郎作品の魅力を伝えることに夢中にみえた秋子の姿が愛らしくある。しかしそんな彼女と出逢ってから、また方々を訪ね歩くまでの間、寛次郎という男の作品を見定めるようになる慎五郎には、そこに至る半世紀ほどの長々しい見極めにのめり込む道程があった。
 床屋に行ってバリカンで刈り上げた後、慎五郎は五厘の頭をスウスウさせながら書店の片隅で文庫本を手にとり、中学生だから無心で小銭を数えつゝ、さんざん迷ったすえにやっと念願の一冊を手にするくらいなのだが、それでもその一冊を箱詰めのダイナマイトのようにもち抱えて部屋に戻ってページを開くまでの出会いの緊張というものは、今でも思い出せるほどに至極ドギマギさせるものであった。

                        地中の動き

 秘密のトンネルにこっそりと足を踏み入れ、宝石箱の鍵を密かに握りしめている、そういうドギマギの繰り返しによって慎五郎は、古い時代の生き物の死がいは、海や湖の底にしずみ、砂やどろが積もった層にうずもれていることを知ることができた。
 15歳のころの文庫本とは、一冊ずつが予期せぬ魔法のようなものである。装幀が同じ表情をしているだけに、ページを繰るまではその魔法がどんな効能なのかはわからない。さまざまな領域を横断し、しだいに慎五郎は志賀直哉の『城の崎にて』や里見弴(とん)の『極楽とんぼ』岩波文庫などともに柳宗悦の中公文庫『蒐集物語』に耽った。
 少年にとってそれら白樺派の一ページ一ページが霞んだプレバラートなのであるから、それはそれで記憶の粉塵のなかを歩くようで、じつに懐かしい。いつしか白樺派云々の垣根を越えて明治・大正という時代に癒される懐かしさに共感を抱いた。
 そうさせた懐かしさと言えば、白樺派作品を読み足していくと、柳宗悦から派生して引き出された河井寛次郎とう男の存在に注目するようになったことだ。
 つまり生活に即した民芸品に注目して「用の美」を唱え、民藝運動を起こした同志たちに強く感心を抱きはじめた。

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 同志を一つ完成するには、長期の期間を必要とする。想像力を全開して構想を組立てるのに手間がかかるし、そうやって築かれる物語の基礎の部分は、丁寧に調べ尽くした現実的な細部に、支えられねばならない。良書とは何よりそうした堅苦しく思われるところから綺想に富むアイロニーが加味されることになる。
 柳宗悦という男はそういう方法を踏みはずさなかった。
 朝鮮陶磁器の美しさに魅了された柳は、朝鮮の人々に敬愛の心を寄せる一方、無名の職人が作る民衆の日常品の美に眼を開かれた。そして、日本各地の手仕事を調査・蒐集する中で、1925年に民衆的工芸品の美を称揚するために「民藝」の新語を作り、民藝運動を本格的に始動させていく。
 柳宗悦の朝鮮陶磁器や古美術を収集した幾多の話などを漁り手繰ると、民藝運動のそこから波打つ人脈の一人が泛き彫りとなって、波田慎五郎の眼の中に潜在し燻るそれが京都の河井寛次郎であった。
 阿部秋子の篠笛に乗せて、寛次郎が生きた面影を思えば、この男もまた風神のようである。そこに秋子の言葉を借りるなら、寛次郎の作品は、ゆく春の賦(くばり)、くる秋の賦を訴訟させている。


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                             第27話に続く
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   京都 赤山禅院。



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   クリック・ボタン gifA 5 gif   ひめくり古都の道
   京都 花そとば



  つきの暦  2013年1月

  つきの暦 2013 1



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